第40話:神楽坂梨奈
――父の死は、本当に突然だった。
遺書もなく、引き継ぎの準備もない。残されたのは莫大な遺産と、会社の全経営権。形式上、それらすべてが私に降ってきた。
お通夜も葬儀も、私は心から望んでいなかった。
父に対する複雑な感情――愛情よりも憎しみや諦めの方が勝っていたから。
それでも「国内大手ブランドのオーナー一族」として、否応なく大げさな、格式ばった式が整えられた。
参列者の顔ぶれは、政治家、財界人、業界の大物ばかり。
私にとって「父を弔う場」であるはずが、実際は「会社を支えるための舞台装置」にしか見えなかった。
――そして、その中で。
経営幹部や、長年の取引先である五井物産の重役たちが、すぐさま動き始めた。
「後継の体制を早急に固めねば」
「代理店契約の安定化が最優先だ」
「ブランドの存続こそが最大の弔いになる」
彼らの口から出るのは、会社、契約、株主、利益――そんな言葉ばかり。
誰一人として、私に「大丈夫か」と声をかけてくれる人はいなかった。
酷い父だった。
一度も親としての愛情を感じた事はなかった。
酷い母だった。
母は、弟と私を置いて他の男のところへ行った。
可哀想な弟だった。
弟は病弱のまま幼くして逝ってしまった。
残された私は、ただ一人でここにいる。
なのに。
彼らの視線の先にいるのは、私ではない。
彼らにとって私は「経営権を持った器」でしかなかった。
胸の奥がドス黒く渦を巻いていく。
全部、敵だ。
みんな私を利用するために寄ってくる。
――なら、全部壊してしまおうか。
私はスマホを取り出した。
そこには、私を「ギャル社長」として面白がり、ファッションリーダーとしてフォローしてくれる数万人のフォロワーがいる。
今の私に残された、本当に自分のものと言える唯一の場所。
指が勝手に動いた。
「会社のため? ブランドのため? 株主のため? ……そんなに言うなら、総代理店、別に五井じゃなくてもいいんじゃない?」
その一文をSNSに投稿した瞬間、胸の奥にたまっていた憤りが少しだけ軽くなった。
――そして数時間後。
私の投稿は、またたく間に拡散されていた。
「ギャル社長が動いた」「後継者が爆弾発言」
そんな見出しがネットニュースに踊り、フォロワーからは賛否両論のコメントが飛び交った。
業界はざわつき始め、五井物産の幹部たちは慌てふためき、ウチの経営陣も真っ青になっている。
私はベッドに横たわりながら、通知音の鳴りやまないスマホを見つめた。
すべてが敵に見えた。
だからこそ、この炎上すらも、自分にとっては武器になり得ると思った。
――いい。
だったら、この騒ぎを利用してやる。
これからは私が、私のやり方で、この世界を壊してやるのだから。




