第32話:心を持っていかれる(神宮寺麻里)
――熱狂。
それ以外に言葉が見つからなかった。
ライブハウスの空気が、直也の歌で完全に飲み込まれていた。
「もう1曲! もう1曲!」
女子高生たちのコールが止まらない。
先生が慌てて前に出る。
「み、皆さん! 一ノ瀬さんはお忙しい方ですから――」
そう声を張るけれど、歓声は収まらなかった。
私も思わず亜紀と玲奈と顔を見合わせる。
「……どうするの、これ」
「いや、もう無理でしょ止めるの」
そう言っているうちに――。
「……じゃあ、もう1曲だけね」
にこやかにマイクを取った直也の声に、会場が一気に爆発した。
歓声、拍手、悲鳴に近い喜びの声。
私は心の中で(この人は……どこまでやるのよ)とため息をついた。
※※※
「誰か、『打ち上げ花火』を一緒に歌ってくれる人はいるかな?」
直也の一言で、ステージ前に何十本もの手が一斉に伸びた。
「はい!」「私!」「歌いたい!」
その光景は、もうオーディション会場のようだった。
その中で選ばれたのは――保奈美の親友、真央ちゃん。
小柄な体でステージに上がり、少し緊張してマイクを握りしめている。
「大丈夫。オレが隣にいるから」
直也がやわらかく声をかける。
その瞬間、真央ちゃんの表情が少し和らいだ。
イントロが流れ始める。
ピアノの音に重なる観客の手拍子。
最初は真央ちゃんのパートだ。
緊張しているみたい。
でもなんとかBGMについていく。
となりの直也が優しい表情で手拍子している。
そして、直也の声が乗った。
――低く、柔らかく、けれど確かに響く声。
そして直也のパートだ。
女子高生たちの歓声が爆発する。
私は思わず息を呑んだ。
「ちょっと……これ、米津玄師そのままじゃない?」
隣の玲奈が小声でつぶやき、亜紀が呆然と頷いている。
会場の女子高生たちは、すでに夢中だった。
直也の声に、真央ちゃんの緊張した声が少しずつ重なっていく。
最初は震えていたけれど、直也が寄り添うようにハモると、不思議と安定してきた。
サビに差し掛かった瞬間――。
「パッと光って咲いた〜♪」
直也と真央ちゃんの声。
それに、会場全体の女子高生たちの声が重なる。
「花火を〜見てた♪」
まるで大合唱。
ライブハウスの空気が震え、照明が瞬くたびに歓声が上がる。
手拍子のリズムは完璧に揃い、観客席は一つの巨大なコーラスになっていた。
私は思わず腕を組み、笑いながら首を振った。
「……もう、完全に直也の独壇場ね」
横で玲奈が苦笑いし、亜紀は呆れながらも手拍子をしている。
最後のフレーズを歌い切った瞬間――。
爆発のような拍手と歓声。
真央ちゃんは顔を真っ赤にして、でも最高の笑顔を浮かべていた。
直也はそんな彼女の肩に手を置き、やさしく頷いている。
――あぁ。
また全部、持っていった。
女子高生も、先生も、スタッフも。
この瞬間、誰もが直也の“歌う姿”に心を奪われていた。




