第30話:新堂亜紀
――イベントは大成功だった。
トークセッションも質疑応答も大盛況で、生徒さんたちの顔が本当にきらきらしていた。
その余韻のまま、「最後は音楽で交流を」という流れになり、カラオケタイムに入った。
もちろん、ここはライブハウス。
普段のカラオケ屋とは比べものにならない音響と照明に、生徒さんたちは大興奮。
「えー! すごい!」「マイク、声が全然違う!」
最初に手を挙げた子がステージに立つと、歓声が上がった。
最新のヒット曲。流行りのアイドルグループ。K-POPのカバーそしてアニソン。
――正直、私は半分も分からなかった。
玲奈も麻里も同じようで、並んで座りながら「……ねぇ、知ってる?」と小声で確認し合う始末。
でも、生徒さんたちはノリノリだ。
いつもの教室じゃ絶対見られないはじけた笑顔で、次々とマイクをリレーしていく。
保奈美ちゃんの親友たち――真央ちゃんや美里ちゃんも、楽しそうに声を張り上げていた。
そんな中、聞こえてきた一言に耳が止まった。
「直也さんとも歌いたいなー!」
声を上げたのは保奈美ちゃんの友人たち。
あっという間に周りの子たちも「そうだそうだ!」と盛り上がりだす。
「きゃー! 直也さんと一緒に歌いたい!」
「絶対カッコいいでしょ!」
――来た。
私は額に手を当てた。
こうなるのは、なんとなく想定していた。
先生が慌てて間に入る。
「一ノ瀬さんはとてもお忙しい方ですから……今日は皆さんが主役ですよ」
けれど、生徒さんたちのテンションは収まらない。
「えぇ〜!」「ちょっとだけでも!」
会場全体がざわざわと揺れている。
隣で玲奈が小さくつぶやいた。
「……これは、もう止められないかも」
麻里は腕を組んで「ふむ」と笑みを浮かべている。
私は内心でため息をついた。
――ほんとに、どうするの直也くん。
そして。
「……じゃあ、少しだけね」
背後から落ち着いた声が響いた瞬間、会場が大きくどよめいた。
直也くんが立ち上がり、ゆっくりとステージに向かっていく。
「きゃー!」「本当に歌ってくれるの!?」
生徒たちの歓声が一斉に弾けた。
私は思わず玲奈と顔を見合わせた。
「……え、ちょっと待って。直也くん、最近の女子高生の歌なんて、ほんとに歌えるの?」
玲奈も不安げに唇をかんでいる。
麻里も心配そうだ「そもそも、直也ってカラオケなんかするのかしら?」と肩をすくめた。
心配と期待が入り混じる空気の中――ステージ中央に立つ直也くん。
その姿に、会場の熱気はさらに高まっていった。
――曲名がモニターに表示された瞬間、思わず声が漏れた。
「……え? ライラック?」
隣の玲奈も麻里も、目を丸くしている。
五井物産の広報担当まで「えぇ……?」と絶句していた。
先生方まで目を見合わせてざわつく。
「直也くん、ほんとに……それ歌うの?」
信じられない思いで口にすると、当の本人は落ち着いた笑みを浮かべてマイクを持っている。
保奈美ちゃんは一番分かりやすかった。
びっくりしたように目を大きく見開き、まるで「嘘でしょ?」と言いたげに口を押さえている。
※※※
イントロが流れ始めた。
ライブハウスの音響に乗って、あの軽やかなメロディが響く。
「……マジですか」
思わず口に出してしまった。
ライラック。
女子高生世代なら誰でも知っている曲。
私だってさすがに耳にしたことはある。けれど――まさか直也くんが、これを選ぶなんて。
「ちょっと、ほんとに大丈夫?」と玲奈が小声でつぶやく。
「音程もリズムも難しい曲よ?」と麻里も肩をすくめた。
でも――。
直也くんの声が、静かに会場に広がっていった瞬間。
私も、みんなも、ただ息を呑んで彼を見つめるしかなかった。




