第23話:宮本玲奈
――動画を見終わった瞬間、深いため息が漏れた。
広報と人事が仕上げた「若手エグゼクティブ紹介動画」。
そこに映っていたのは――スーツ姿で涼しい顔を浮かべる直也。麻里とフレンチレストランで語らうシーンまで、映画のワンシーンのように編集されていた。
……もう、完全に「アーティストのプロモーション」だ。
これじゃあ、本当の直也の姿は一ミリも伝わらない。
※※※
人事からはすでに聞いている。
GAIALINQ発表以降、五井物産へのOB訪問の申込みは激増していると。
就職希望者も倍増、問い合わせメールは止まらず、説明会は既にキャパオーバー寸前だという。
そこに、こんな“見栄え重視”の動画を流したら――どうなるかは火を見るより明らかだった。
「……完全に勘違いする学生が殺到するわね」
とくに女子学生。
「イケメンエグゼクティブに会いたい」なんて動機で応募してくる子が、確実に増える。
いや、それどころかインターンの枠すら奪い合いになってしまうかもしれない。
私はモニターを見つめながら、胸の奥に苛立ちと不安を抱えていた。
だって――この動画は、直也の激務をまったく表現できていないからだ。
毎日深夜まで資料を精査して、SPVやJVの複雑な条項を一つずつ潰していく姿。
土日を潰して投資家との会合に時間を費やしている姿。
時には自分の健康を犠牲にしてでも、前に進もうとする姿。
本当の直也は、そうやって血を吐くようにして戦ってきた。
それを、この動画は全く切り取っていない。
ただ、「華やかで、スマートで、余裕がある若手執行責任者」。
それだけを見せている。
「……これじゃあ、直也が軽く見られてしまう」
私の胸に苦い感情が広がる。
※※※
もう一つ、心配なことがある。
こういう動画を使えば使うほど、地方で汗をかいているプロジェクト傘下のメンバーがどう思うか、だ。
地熱発電所の現場で、泥にまみれながら自治体の担当者に頭を下げている若手。
温泉街の反対意見を一軒一軒回って説得している現場のスタッフ。
彼らがもしこの動画を見たら――。
「俺たちが必死で現場を回っている間に、上ではワイン片手に笑ってるのか」
そういう反発が生まれない保証なんてどこにもない。
むしろ、その火種を作ってしまったのではないか。
私は、腕を組んで画面を睨みつけた。
直也は、アーティストじゃない。
スターでも、ポスターの中の人物でもない。
――誰よりも重い現実と向き合い、それでも立ち続けるリーダーだ。
その姿を、本当は伝えるべきなのに。
※※※
「……はぁ」
またため息が漏れる。
この動画が公開されれば、世間はきっと喝采する。
学生も投資家も、きっと「すごい」と言う。
けれど、私は知っている。
本当の直也の姿を。
だから余計に、こうした虚飾が怖くて仕方なかった。
※※※
――まただ。
今日も打ち合わせで資源セクターのフロアに寄った時だった。
同期で同じくGAIALINQの末端に配属されている友人が、声を潜めるように私を呼び止めた。
「……玲奈、ごめん。ちょっと愚痴を聞いてくれる?」
彼女の顔は疲れ切っていた。
資源セクターからプロジェクトにアサインされたメンバーで、現地派出組は、自治体担当者に頭を下げ、地熱開発に不安を抱える観光業者の声を聞き取り、昼食すらまともに取れず現場を駆け回っている。
そんな日々が続いているのだ。
「現場は現場で必死なんだよ。温泉街の人たちに理解してもらうの、ほんと大変で……。でも、こっちで汗かいてる最中に“VeryVery”とかの記事見せられると、さすがにしんどくてさ」
彼女の苦笑いに、胸が痛んだ。
でも、次の言葉が救いでもあった。
「……でも、直也が本当に必死なのは分かってる。彼は絶対ポジションの上であぐらかいてなんかいないのは分かっている。私は信じてるよ。でもそうじゃない人が多い」
そう言ってくれたからこそ、余計に悔しさが込み上げた。
※※※
――その直後だった。
休憩室の前を通りかかると、30代の先輩社員たちの声が耳に入った。
テーブルの上にはコンビニ弁当。箸を動かしながら、半ば吐き捨てるように言っている。
「若き最高執行責任者様はいいよなぁ……」
「俺たちはこうして弁当かき込んで現地派出組と連絡取り合っているってのに、あっちはスタジオ撮影で雑誌にグラビア掲載、そりゃ、ニコニコだろうな」
……胃が、ぎゅっと痛んだ。
それは違う。全然違う。
直也がどれだけの責任を背負い、どれだけギリギリまで働いてきたか――私は知っている。
記事や動画では伝わらない、血のにじむような現実を。
でも、彼らの目に映るのは「華やかな写真と記事」だけだ。
その裏にある犠牲や苦闘なんて、見えない。
拳を握りしめながら、私は足を止めた。
……言い返したかった。誤解だと説明したかった。
でも、言葉が出なかった。
※※※
席に戻りながら、悔しさで胸がいっぱいになった。
直也はそんな人じゃない。
ポジションにあぐらをかくなんて言葉とは、最も遠い人だ。
むしろ誰よりも自分を削って戦っている。
私は知っている。見てきた。
だからこそ――こんな誤解にさらされるのが、悔しくてたまらなかった。
同期の彼女が信じてくれていることが、唯一の救いだった。
でも、世間の目は容赦がない。
――守らなきゃ。
直也を、誤解からも、やっかみからも。
私は胸の奥で固く誓った。




