第22話:頑張りすぎの紹介動画(新堂亜紀)
――あぁ、やっぱり見なきゃよかった。
広報と人事が編集した「若手エグゼクティブ紹介動画」。
玲奈と一緒に会議室のモニターで再生を始めた瞬間から、私はイライラが止まらなかった。
……だって、出来すぎなのだ。
まずは執務室のシーン。
書類に目を通しながら、AIの進捗データをチェックして、端的に指示を飛ばす直也くん。
その横で私は資料を差し出し、細かい部分をフォローしている。
画面越しでも、その息の合い方は完璧だった。
「……う〜ん。これは……正直、絵になるわね」
玲奈が悔しそうに呟く。
私も同じ気持ちだった。
堂々とプロジェクト全体を仕切る直也くんの姿は――格好よすぎた。
それに横で補佐する自分の姿が映っているのは、ちょっとだけ嬉しかった。
……が。
問題はその後だ。
※※※
画面が切り替わる。
大手町ロイヤルパレスホテル「スワン」。
超高級フレンチのテーブルで、麻里と向かい合う直也くん。
シェフの料理を前に、自然にワインを傾けながら会話している。
その映像を見た瞬間、私の胃の奥がぐっと熱くなった。
「……何これ」
思わず声が出る。
麻里が微笑みながら言う。
『直也の好きなワインは……確か、DRCリシュブールよね?』
「……は?」
私の眉が跳ね上がる。
直也くんが少し照れたように頷き、ソムリエが頷いてボトルを開ける。
麻里は涼しい顔でグラスを掲げている。
――何、この「全部知ってます」感。
ムカつく。
ほんとにムカつく。
隣で玲奈も机に拳を置き、低く唸った。
「……あれは完全にわざとよね」
そうだ。
絶対わざと。
でも映像としては――絵になってしまっているのが、なおさら腹立たしい。
Agentic AIの最新動向について語り合う場面なんか、正直、ビジネス国際会議の一幕みたいで、悔しいけど見栄えが良すぎる。
※※※
動画が終わる頃、私は両腕を組んで深いため息をついた。
「……これ、学生とか絶対勘違いするよね」
「ええ。間違いなく “直也ファン” がまた増えますよ」
玲奈の声も苦々しい。
本当にその通りだ。
プロジェクトを正しく伝える動画のはずなのに、変に直也くん人気を煽る仕上がりになっている。
広報が妙に頑張りすぎなのだ。
お前は電報堂か!という感じ。
そして、あの麻里との会食シーン――。
私は自分の胸の奥をぎゅっと掴まれるような気持ちで画面を睨みつけた。
……嫌だ。
無関係の誰かが、直也くんに興味を持つのなんて。
そう思いながらも、私はまたため息をついた。
――あの人は、どこまで行っても様になるから困るのだ。
※※※
――「今晩は、直也くんは?」
私は仕事を切り上げようとしたところで、隣でPCを閉じていた玲奈に声をかけた。
GAIALINQの進行がようやく定常フェーズに入りつつある。
直也くんの顔色も以前より幾分穏やかに見えて、少しほっとしていた矢先だった。
玲奈は椅子の背に軽く身を預けながら答えた。
「直也、ようやくプロジェクトが安定してきたからって、この間に “旧知の人との会合” を入れるって言っていましたよ」
「旧知の人……?」
私は一瞬で背筋が冷たくなった。
思わず身を乗り出して問いただす。
「ちょっと、まさか麻里さんじゃないでしょうね?」
――だって、あの人なら有り得る。
世界的パートナーの代表で、しかも直也くんの “元カノ” 。
私としては油断できない。
と、その時。
「呼んだ?」
背後からひょいと声がして、私は思わず肩を震わせた。
振り返ると、麻里が涼しい顔で立っていた。
こちらの動揺なんてお見通しだというように、軽やかに笑みを浮かべている。
「私もね、聞いてみたんだけど――直也、詳しい事全然教えてくれないのよ」
麻里は両手を広げて肩をすくめてみせた。
「ただ……まぁ、学生時代からの付き合いもあるし、それに加賀谷さんからのご紹介とかもあるらしいわ」
加賀谷さん――経産省OBにして、あのグリゴラの執行役員。
加賀谷さんには私たちも全くお世話になってばかりで頭が上がらない。
もしそのご紹介なら、優先せざるを得ない。
私はため息をついた。
「……そういうことなら、仕方ないわね」
そう、分かっている。
ビジネスで動いている直也くんにとって、会合の一つひとつが次に繋がる。
でも本当は――プロジェクトが定常進行してきている今の時期くらいは、ゆっくり休んでほしい。
積み重なる資料、止まらない会議、絶え間なく舞い込む取材依頼。
やっと定常進行に入ったこのタイミングでこそ、身体を休めるべきなのに。
ままならないものだ。
彼が求められる場所があまりに多すぎて、私たちがいくら願っても、それは叶わない。
――だからこそ、私が見守らなきゃ。
心の奥で小さく誓いながら、私は静かに吐息を漏らした。




