第18話:神宮寺麻里
――歴史的な瞬間だと分かっていた。
日米双方の主要ステークスホルダーが一堂に会する、GAIALINQキックオフミーティング。
会議室の空気は張り詰め、各国から集まった幹部たちの視線が壇上の直也に集中していた。
……と、その直前。
「直也!」
イーサンがにやりと笑いながら声を張った。
「いい感じで雑誌に取材されたらしいじゃないか! 麻里から雑誌を送ってもらったら見てみたぞ。カッコ良く写ってるよ!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、場内がどっと笑いに包まれた。
GBCの役員も、AACの代表も、州政府ファンドの担当者まで笑い声を漏らしていた。
関係者には仕方がないのでまとめて購入した雑誌を『参考資料』という形で送付しておいたのだ。
私は横目で直也を見た。
彼はわずかに頬をかき、照れくさそうに苦笑しながらも、すぐに表情を引き締めていた。
――こういう時、動揺を見せない。やっぱり強い人。
※※※
報告は淡々と、しかし確かな響きを持って進んでいった。
まずは米国JV。
出資比率に基づく組織体制はようやく固まり、現地のマネジメントラインも動き始めた。州政府や地元CVCの協力もあり、今後は現地採用の人員増強が焦点になるという。
続いて日本。
「最大の懸念点は、自治体の理解です」
直也の声が落ち着いて会議室に響いた。
「特に温泉地を抱える地域では、地熱発電と観光産業が対立する構図が避けられません。地域との対話、そして持続可能な共生の仕組みを、丁寧に築いていく必要があります」
会場が一気に真剣な空気に変わった。
誰もが理解しているのだ。数字だけでは動かないものがあることを。
そしてSPVについて。
「現時点では書類上の対応が中心ですが、統括の枠組みは整えつつあります」
直也が視線をこちらに寄越す。
私は小さく頷いた。
そう――ここは私と玲奈が奔走した部分だった。細かい条項のすり合わせ、米国側との言語・法制度ギャップを埋める作業。地味だが大切な基盤。
ようやく「大きな問題はない」と胸を張れる状態にまで仕上げることができた。
※※※
ミーティングは粛々と進んでいった。
最後に直也は締めくくった。
「今後、最も注力すべきは日本JVの現場調整です。特に五井物産の資源セクターの皆さんには、既に現場においてご尽力を頂いておりますが、引き続きお力添えいただければと思います」
資源セクターの担当役員が静かに頷いたのが見えた。
――そう。ここからが本番。
華やかな記者会見やメディアの光の裏で、一番大変な汗を流すのは現場の人たち。
でもその全てを束ねるのが直也だ。
※※※
会議室を後にしながら、私は胸の奥に熱と焦燥を同時に感じていた。
直也が壇上に立つと、世界が彼を中心に回り始める。
誇らしい。だけど、焦る。
――彼を、誰かに奪われるわけにはいかない。
その思いを胸の奥深くに押し込みながら、私は深く息を吐いた。
※※※
数字は揃った。組織も整った。SPVの枠組みも形になった。
けれど――問題は現場だ。
地熱発電の導入にあたり、必ず立ちはだかるのが地域との調整。
特に観光地、地元温泉街の理解だ。
「地熱開発を進めれば源泉が枯れる」「観光客が減る」といった不安が必ず噴き上がる。過去の事例を見ても、それが一番の火種になるのだ。
私は会議室を出た廊下で、亜紀と玲奈と肩を並べた。
亜紀が深刻な声で言った。
「……やっぱり、現地に行くしかないわね。机の上で数字を積み上げても、地域の人たちは納得しない」
玲奈もすぐに頷いた。
「特に秋から冬にかけては、温泉街の書き入れ時です。そこで“工事で湯量が減るんじゃないか”なんて噂が出れば、一気に反対が広がる。自治体の首長も板挟みになるでしょう」
その言葉を聞きながら、私は無意識に拳を握っていた。
イーサンや直也のように、国際的な舞台で堂々と交渉するのも必要。
でも――こういう泥臭い現場で信頼を勝ち取ることこそ、本当の意味でプロジェクトを進める力になる。
「……行きませんか? 実際に現地に」
気づけば、私の口から自然に言葉が出ていた。
「地域の人に直接会って、説明して、話を聞く。AIやデータセンターの話なんて遠い世界のことだと思われてるはずだから。私たち自身が足を運んで、誤解を解かなきゃ」
亜紀が私を見て、少し驚いたように目を細めた。
「……麻里さん、そう言ってくれるのはありがたい。正直、DeepFuture AIの人は“現場には来ない”って思ってたから」
私はかすかに笑った。
「直也を守るためなら、どこにだって行きます。泥にまみれるのも、冷たい風に吹かれるのも、全然構わない」
玲奈が小さくため息をつき、けれどすぐに真剣な顔に戻った。
「じゃあ決まりですね。秋から冬にかけて、一度視察を兼ねて現場に入る。自治体の首長や観光協会、温泉組合にもアポイントを取って。……大変な交渉になるでしょうけど」
私は頷いた。
冷たい空気の中で、源泉の湯気が白く立ち上る光景が頭に浮かぶ。
その場で、地域の人たちにどう説明し、どう信頼を積み重ねるか――そこにこのプロジェクトの未来がかかっているのだ。




