第14話:一ノ瀬保奈美
――直也さん、大丈夫かな……。
最近の直也さんは本当に忙しい。
テレビ番組に出演している姿、記者会見で大勢の記者に囲まれている姿。誇らしい反面、胸の奥ではずっと不安が膨らんでいた。
――また限界まで仕事を続けて、突然倒れてしまうんじゃないか。
その恐怖が消えない。
※※※
今日も、帰宅は夜の遅い時間だった。
玄関のドアが開く音を聞いた瞬間、私はほっと胸を撫で下ろした。
「おかえりなさい、直也さん」
出迎えた私の横顔を見て、直也さんが少しだけ疲れを滲ませながらも笑った。
その笑顔を守りたい。だから私は、今日も一日をかけて準備したのだ。
――新鮮なサンマ。
季節の旬なものを食べて、少しでも体力を付けて欲しいと思った。
台所の換気を気にしながら、わざわざ七輪を出して丁寧に焼き上げた。脂がじゅっと弾け、香ばしい匂いが家中に広がった。食卓には、白いご飯と八丁味噌によるお味噌汁、そして卵焼きを並べた。できるだけシンプルに、体に優しいものを。
「うわ……すごいな。いい匂いだ」
直也さんが箸を手に取り、一口目を食べた瞬間、表情が明るくなった。
「美味しいなぁ。この季節はやっぱり、サンマ食べておかないとね。ご飯が進む。本当に、美味しいよ」
その言葉に、胸が熱くなる。
――良かった。これで少しでも元気になってくれたなら。
※※※
食事が終わる頃を見計らって、私はそっとデザートを出した。
「今日は……久しぶりに作ってみたんです。直也さんの好きな、焼きリンゴ」
シナモンとバターの香りが漂う皿を見た瞬間、直也さんの瞳がぱっと輝いた。
「……ありがとう。懐かしいな」
フォークでひと口すくい、口に運んだ直也さんが、子どものような笑顔を浮かべた。
その顔を見て、私の胸はじんわりと温かくなった。
(――大丈夫。私が支えるから。絶対に、直也さんを守るから)
そう心の中で強く誓いながら、私は彼の隣で静かに微笑んでいた。
※※※
――食卓に並んだ皿が、すっかり片付いた頃。
直也さんは、まだ湯気の残る湯呑を手に取り、ほっと息をついた。
その顔を見て、胸が温かくなる。けれど同時に、不安が消えない。
「……直也さん」
私は、つい声を絞り出していた。
「本当に……絶対、無理しないでね」
彼は少しだけ目を細めて、私を安心させるように笑った。
「大丈夫だよ、義妹ちゃん。もう少しすれば、一旦落ち着くはずだから」
その声に嘘はない。けれど、やっぱり私は信じきれなかった。
だって――彼はいつだって、限界を越えてでも走り続ける人だから。
ふと、直也さんが首を回しているのに気づく。
少し硬い表情。肩が凝っているんだ、とすぐに分かった。
「……ちょっと待ってね」
私は立ち上がり、彼の背後にまわった。
軽く拳で肩を叩く。こつん、こつん、と規則的な音が響く。
「どう?」
「ん……悪くない」
その短い言葉に、胸がじんわり熱くなる。
今度は指先に力を込めて、肩の凝りをほぐすように揉みほぐした。
硬い筋肉が、少しずつ柔らかさを取り戻していくのが伝わる。
彼が、わずかに息を吐いて楽になっていくのが分かった。
「ふふ……少しは楽になった?」
「……あぁ、ありがとう。だいぶ軽くなった」
その言葉を聞いた瞬間、どうしようもなく胸が高鳴った。
私は衝動のままに、そっと直也さんの背中に腕を回した。
後ろから、ぎゅっと抱きしめる。
温もりが伝わってくる。心臓の鼓動が重なる。
「……本当に、無理しないで。絶対約束して」
耳元でそう囁いた。
彼の背中越しに感じる息遣い。
その大きさ、その温かさ。――私にとって、直也さんは何よりも大切な人。
だから絶対に、守りたい。壊れてほしくない。
直也さんはしっかり頷いてくれた。
それで、やっと少しだけ安心した。