表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/83

第11話:新堂亜紀

 ――準備に次ぐ準備。


 社長から正式に「GAIALINQ」の名が承認されて以来、私の机の上は広報部から回ってくるスケジュール表と、各種メディアからの取材要請の文書で埋め尽くされていた。


 共同記者会見――日米両政府関係者も出席する、歴史的な発表の舞台だ。特に日本側は、経産省大臣に同席いただける事となった。このため広報部と毎日のように打ち合わせを繰り返し、進行台本、演出、映像素材のチェック、会場の動線まで一つひとつ詰めていく。少しでも不備があれば、この巨大プロジェクトの信頼性そのものが揺らぎかねない。


 それに加えて、想定以上に厄介なのが――直也くん本人への取材要請だった。


 NHKからは、夜九時のニュース番組に出演してほしいとの依頼。さらに、深夜帯の経済系報道番組からは「若き最高執行責任者」として特集を組みたいとの申し出。その他、各紙の一面インタビューも相次いで届いている。


 直也くんはもはや、単なる五井物産の有望な若手エリート社員ではなかった。

 GAIALINQの象徴として、最高執行責任者として、世間が彼を求め始めている。


※※※


「……スケジュールが、完全に埋まりましたね」

 資料を抱えた玲奈が苦々しく呟いた。


 私も深く頷く。

「ええ。共同記者会見に備えて体力も残しておいてもらわなきゃならないのに、これでは直也くんを潰してしまう」


 二人で頭を抱えていたその時、会議室の扉がノックされた。

 現れたのは――麻里だった。


「少し、手伝わせてもらえる?」


 思わず身構える。玲奈も同じだろう。

 彼女はDeepFuture AI日本法人代表。直也くんの“元カノ”。今も彼に特別な感情を抱いていることは、私たちも分かっている。簡単に信用できる相手ではなかった。


 だが麻里は、静かに私と玲奈の視線を受け止め、柔らかく微笑んだ。

「もう同じ船に乗っているのだから。少しは私を信用してほしいの。直也を守るためなら、私も全力を尽くすわ」


 私は一瞬、返す言葉を失った。

 玲奈が先に声を出す。

「……直也のプラスになるなら、協力はありがたいです。ただし、こちらの方針に従っていただきます」


 麻里は頷き、手際よく届いた取材依頼の山を仕分け始めた。

「全国放送は一日一本に絞るべきね。その代わり、ウェブ媒体には積極的に出て、“若きリーダー”のストーリーを拡散させる。そうすれば直也の露出を確保しながら、体力も温存できる」


 的確な判断。正直、助かった。

 警戒心は拭えない。けれど、彼女の言葉が嘘ではないことも、すぐに分かった。


 私は深く息を吐いた。

 ――そうだ。我々は「内輪」なのだ。もう疑っている場合じゃない。

 GAIALINQを成功させるために、直也くんを守るために、私たちは力を合わせるしかない。


 彼は、もうこのプロジェクトの象徴だ。

 社長が名を託し、米国の大統領が支援を誓った。

 世界が注目しているその中心に、直也くんが立っている。


 私も、玲奈も、麻里でさえも――全員が彼を支えるために集められた同志なのだ。


 机の上に広げられたスケジュール表を見つめながら、私は心の中で静かに誓った。

 ――必ず守る。直也くんを。GAIALINQを。未来を。


※※※


 ――夜十時を過ぎた。

 広報室のモニター前。私は玲奈と並んで、直也くんが出演している「ビジネス展望サテライト」を見つめていた。


 深夜帯とはいえ、視聴者の多くはビジネスマン層。経済の動向に敏感な層に向けて放送される番組だ。ここでの露出は、GAIALINQを象徴する絶好の機会でもある。


 ゲスト席には三人。

 一人は、グリゴラの執行役員の加賀谷さん。日本の半導体政策を事業者側から事実上牽引してきた為、すでに業界紙や経済番組では名が知られている。

 もう一人は、DeepFuture AI日本法人代表の麻里。今や「次期ビッグテック候補筆頭」の日本法人のTOPとして、ビジネス誌やネットニュースを賑わせている。

 そして中央に座るのが――直也くんだった。


 スーツ姿の直也くんは、いつもの会議室での厳しい表情ではなく、柔らかな笑みを浮かべていた。

 けれど、MCからの質問に答える時の言葉は実にシャープだった。


「GAIALINQは、地熱という“自然の力”と、AIという“人類の叡智”を結びつける架け橋です。LINQは、LinkとUniqueに加えて、Quintessence――精髄・本質という意味を込め、そのためわざとQとしているのです。


 自然の力と人類の叡智を融合させ、持続可能な未来を築くための象徴であり、日米の資本と技術が協調することで、持続可能性と経済合理性の両立を実現しようとするものです。


 単なる発電事業やITインフラの話ではなく、これは次の産業秩序の基盤を形作る挑戦そのものなのです」


 MCが直也の明瞭な答えに驚きつつも頷き、「なるほど!」と合いの手を入れる。スタジオにいた解説者すら感嘆の表情を見せていた。


 加賀谷常務が、グリゴラの立場から「このプランの素晴らしいところは、国の半導体政策とも連携したプランである点です」と産業政策的な意義を重ね、麻里が「AI技術の最前線から見ても、従来の『環境に優しくないAI』という見方を打開し、むしろエコエネルギーに貢献する為にAIを積極活用するという姿勢を明確に打ち出している」とコメントする。

 その中で直也くんは、二人の意見を自然に拾い上げ、さらに一歩先を示すような言葉を重ねていく。


 ――まるで三人が一つの舞台で呼吸を合わせているようだった。

 画面越しでも、直也くんの存在感は際立っている。MCとのやり取りも軽妙で、リズムが良く、まさに「メディアに愛される人物」の姿だった。


 「より良い世界を形作る為の、人類の未来の為の重要なチャレンジなのです」

 直也くんの言葉は番組出席者に大きく響いたようだ。

そしてきっと多くの視聴者にも――。


 私は誇らしく思った。

 でも同時に、胸の奥に小さなざわめきも広がった。


(……これで、また女性人気が加熱するわね)


 柔らかい笑顔に、冷静で理路整然とした答え。

 そんな直也くんを見たら、多くの視聴者――特に女性たちが心を奪われてしまうだろう。

 誇らしさと、そして少しの嫉妬。

 複雑な思いを抱えながら、私はモニターに映る彼の横顔を見つめ続けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ