第5話:宮本玲奈
――直也、あなたって人は……。
麻里さんの「自宅での会食要求」を聞いた瞬間、動悸が激しくなった。
あり得ない。プロジェクト交渉の場で、そんな個人的な条件を持ち出すなんて。私は即座に反発しかけた。
でも――。
そこに至る前段で、直也がすでにイーサンと合意を取り付けていた事実。
DeepFuture AIが技術的な主導権を持つのは認める、その上でSPV直轄のステアリングコミッティを設置し、技術的な意思決定をイーサンに任せる。
これ自体は実に巧妙だった。
イーサンが、会議体のリーダーに据えられれば、必然的にAACの大田代表も加わらざるを得ない。GBCからも最高責任者が出ざるを得ない。グリゴラも同様だ。
結果として、技術面での検討は更に高度になり、権威ある意思決定が担保される。
DeepFuture AIが「削られた」とは言えなくなるし、AACやGBCとの共創体制も形になる。
正直、私は唸らざるを得なかった。直也のこういう先を読んだ高度な調整能力――本当に感心する。
……だからこそ、だ。
その直也が、麻里さんの不条理な“プライベート要求”をあっさり受け入れるなんて。
私の中の理屈が、ぐしゃりと押し潰される感覚だった。
もちろん、直也はただ飲んだわけじゃない。
「保奈美ちゃんの了承が条件」――それを前提にした上で、亜紀さんと私も同席する形にする、と。
仕事人間らしい理屈ではあるけれど、麻里さんと“二人きり”にならない配慮はきちんとされていた。
こうなればもう納得する他ない。そう思った。
でも――。
これで直也の家に足を踏み入れるのは、直也と暮らしている保奈美ちゃん自身を除けば、麻里さんと亜紀さん、そして私。
その構図を思うと、胸の奥に複雑なざわめきが広がった。
「……麻里さんとはシリーズA、Bで決着するのは難しそうですね」
思わず独り言のように口をついた。
聞こえていたのだろう。亜紀さんが、冷静な声で応じてきた。
「シリーズCまでは見越した方が良いわね。その辺は改めて協議しましょう」
互いに視線を交わした一瞬。
――あぁ、これは本気で同盟関係を固めないとマズい。
胸の奥でそう呟き、私は唇をかすかに噛んだ。