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最終話:夫婦は永久の愛を誓い合う

 自分の生活リズムを崩されることに抵抗を覚える人は少なくない。特に、寝る前の時間は一人きりになれるプライベートな時間だ。日頃、部下や使用人に囲まれて生活しているユージーンにとって、一人になれる時間は貴重だ。

 いくら妻とはいえ、いきなり寝室を同じにして精神的負担はないのだろうか。

 すでに書類上は正式に夫婦になっているとはいえ、もともとは赤の他人だ。出会ってからの月日もそこまで長くない。お互いのことをわかり合っているとは、とても言えるような関係ではないのだ。

 そもそも、今までは別の部屋で過ごすのが当たり前だった。もし夫婦の体面を気にして彼が無理をすれば、いずれ体のどこかに不調をきたす恐れがある。

 真面目に夫の健康を心配する妻に、ユージーンは小さく笑みをこぼした。


「侯爵夫人になり、住環境の何もかもが変わったんだ。しかも君は世間の事情に疎く、信頼できる者がいない。そんなときに根掘り葉掘り聞かれても困るだけだ。答えづらい質問だってあるだろう。君がこの場所を落ち着く場所だと思ってくれるまでは自重していた。一方的に距離を近づけるのではなく、君から近づいてくるのを待っていた。しかし、君は俺に全幅の信頼を寄せてくれている。少なくとも嫌いではないだろう?」

「当たり前です! ユージーン様はかっこよくて、頼りがいがあって、気遣いにあふれた、誰よりも素敵な方です。嫌う要素なんて、どこにもありません」


 反射的に答えると、彼は嬉しそうに目元を細めた。


「そう言ってくれると、なんだか面映ゆいな。……まあ、そういうわけだ。好きな女性のことなら、なんでも知りたいと思うのは当然だろう? 逆に、俺のことで知りたいことがあったら遠慮なく質問してほしい。答えられる質問にはなんでも答えよう」

「ほ……本当に、よろしいのですか?」

「遠慮はなしだ。なんでも聞いてくれ」


 優雅に足を組み替える様は、絵画に出てくる貴公子そのものだった。ひとつひとつの動きが洗練されているせいか、どんな仕草でも様になっている。


「不躾な質問で恐縮ですけど、『悪魔に魅入られた子』と呼ばれるようになった経緯を知りたいです」

「……そうだな。君には知っておいてもらいたい。実は幼い頃、魔族に誘拐されたことがある。髪が黒に変色した原因は、自己防衛に魔力を過剰放出したためだろうと言われた。だが、いきなり黒髪に変わった俺を見て、平静でいられる人間は多くはない。今でも、領民からは『魔族の仲間ではないか』と怯えられているからな」

「そんな、ことが……。でもそれなら、ユージーン様は何も悪くないです。むしろ、被害者ではありませんか」

「もともと大きすぎる魔力を持て余していたぐらいだからな。遅かれ早かれ、こうなっていた。だから、君が悲しむ理由はないんだ。それにミリアリアは俺の髪色を褒めてくれただろう? 嬉しかったよ」

「ユージーン様のいいところはたくさんあります! ご所望ならば、毎日でも褒めます」

「ありがとう。ならば、俺も君の好きなところを思いつく限り、挙げていこう。これで、ようやく公平だな」


 ユージーンは満足げに頷いた。


(わたくしが褒めるのはいいけれど、ユージーン様に好きなところを言われるのは、別の意味でドキドキしてしまうわ。心臓が保つかしら?)


 未来の自分の命の心配をしていると、真剣な眼差しが向けられているのに気づく。

 蒼紫の瞳は熱を帯びて、ミリアリアだけを見ていた。


「君に初めて名前を呼ばれたとき、胸が高鳴った。純粋な好意を前面に押し出した、君の閣下呼びも大変愛らしかったが。やはり、名前を呼ばれるというのはいいな。もっとも、特別な君だからこそ、そう思うのだろうが」

「そ、それをおっしゃるならば……わたくしだって家族だと認められたとき、どれほど高揚したか、おわかりですか? 実の家族から見捨てられたわたくしにとって、ユージーン様はかけがえのない人です。いつも、わたくしの心をすくい上げてくださいます」


 彼の瞳が、まるで氷の奥に隠された炎のように静かに揺れる。

 一見すると涼しげな表情のままだが、その奥にある熱は一心にミリアリアに注がれている。視線に宿る熱は甘く、とろけるようで、思わず呼吸を忘れそうになる。


「愛しのミリアリア。世界中でたった一人、俺が愛し抜くと決めた女性は君だけだ。俺の愛は君に捧ぐ。どうかこの気持ちを受け取ってほしい……」

「ユージーン様。でしたら、わたくしの愛も受け取ってくださいませ。あなたがくれた愛情を、何倍にもして返したいのです。世界に彩りを与えてくださったあなたを生涯愛し抜くと誓いますわ」


 たまらず即答すると、ユージーンは苦い顔になった。

 彼は夢ばかりを見ている子どもに諭すように、静かに説明していく。


「ミリアリア。俺には君しかいないが、君は違う。まだ若いし、これからの人生でもっといい男が現れるかもしれない。俺より魅力的な男なんて腐るほどいるだろう。それでも俺は君を離してあげられそうにない。狭量な男ですまない」


 懺悔するような深刻な表情に、ミリアリアはあえて大げさに驚いてみせる。


「まあ! わたくしの愛を見くびってもらっては困ります。これほど心を奪われる相手など、ユージーン様以外におりません。わたくしの愛は海よりも深いのですよ。しっかりと責任を取ってくださいませ?」


 悪戯っぽく言うと、蒼紫の瞳が見開かれた。

 ミリアリアは妻が夫にねだるように、両手を重ね合わせて明るく話を続ける。


「どんなときでも、夫婦は助け合うもの。一緒に幸せになりましょうね」

「──ああ。ずっと一緒だ」


 熱を帯びた視線が交差する。

 小さく笑い合い、自然と顔の距離が縮まる。ユージーンが屈み、ミリアリアはぎゅっと目をつぶった。ためらうように頭の後ろに添えられた彼の手は優しく、逃げようと思えばいつでも逃げ出せるように配慮されているのだと直感した。


(……わたくしたちは夫婦だもの。今にも心臓は飛び出してきそうなぐらいドキドキしているけど、全然怖くはないわ)


 ミリアリアの覚悟が伝わったのだろう。

 ふっとかすかに笑う気配がした後、唇が優しく重なり合った。柔らかい感触に思わず息を詰めていると、彼がそっと離れる気配がした。閉じていた瞼をゆっくり開く。

 目が合った瞬間、視線がぱっと逸らされた。

 よく見れば、その横顔はわずかに色づいている。そこでようやく、緊張していたのは自分だけではなかったのだと気づいた。


(どうしましょう。幸せで何も考えられない……)


 ぼぅっとしていると、視線を戻したユージーンが目を細めて見つめてくる。

 かと思えば、かさついた指がそっと頬を労るように撫で、忘れていた呼吸を取り戻す。それに安堵したように、ミリアリアの耳元に彼が唇を寄せ、愛の言葉が囁かれる。

 君のすべてを愛している、と。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけましたら、読了の記念に★マークをポチッと押していただけますと嬉しいです。何よりの励みになります。


現在、「ループ8回目ですが、わたくしは悪役令嬢であって魔女ではありません!」を毎日更新中です。お時間がありましたら、そちらもお楽しみくださいませ。超絶美麗な表紙だけでもぜひ……!

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