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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第三章 水の章
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8. 王国の追っ手

「おい! そっちへ行ったぞ!!」


「いや、こっちは来てない! 奴らどこへ行った!?」


森の中で、北部都市リベルタの者と思われる男どもが、怒鳴り合いながら私たちを探し回っている。


北へ伸びる街道からだいぶ西に逸れたこの森にまで、追っ手がかかっていた。

東に1時間少し歩けば北部都市連合の中で一番王国に近いリベルタという街に着く。


わざわざ街道から離れて通り抜けようと思っていたのだけど甘い考えだったみたい。

最初から包囲網を張っていたみたいで、すぐに見つかってしまった。


私たちは今、樹の上に身を潜め、彼らが通りすぎるのをじっと上から見守っている。

彼らは、兵士だけじゃなくて傭兵や賞金稼ぎまで参加していて、

たかが我々2人を追い込むには異常なレベルの人数だった。


王国、王家の威信をかけて、絶対に逃さないという意気込みが伝わってくる。

私たちを見せしめに処刑して民の怒りの矛先をそちらに向けるつもりなのだろう。


もう驚きはしない。

家族をああいう形で失ったあとでは、王家がどこまでやるかなんて、嫌というほど思い知らされていたから。


「イリィ‥‥様、どうしますか?」


同じ枝の横にいるディストルが、小声で聞いてくる。


「『様』もいらないって。もう私は侯爵家じゃないし、オルペ家のアイテールではなくなったんだから」


自分の言葉なのに、少しだけささくれを感じる。


「そう、おっしゃいましても‥‥‥」

「禁止だから!」


思わず少し大きめな声を出してしまった。


何度言っても、ディストルの敬称、敬語がなかなか無くならない。

本当にもう!


ディストルには父上の手紙を見せて、

これからは家名を捨て、イリィと名乗ることも伝えている。


私はこれからはただの魔術師イリィとして、

父上や皆の期待を裏切らない様に生きていく。


この決意だけは曲げない。


「それはさておき、ロウの偵察結果だと少し街道近くに戻った方が良いかもしれないかなー」


雰囲気を和らげるために、わざと軽めな口調で言う。


ロウはまだ敵にばれていない。

私たちから少し離れたところで偵察活動をしてもらっている。


意思疎通は魔力回路を使ったイメージ共有。

距離が500mぐらいなら難なくやり取りできる。


ただ近くに魔術師が居れば気付かれるし、

上位の魔術師だとこっそり内容を盗み見ることもできる。

出来るだけ魔力波の指向性を上げ、連絡は短くして、指示は暗号を使うようにしていた。

今や魔導王国の属国となったリベルタに、魔術師が派遣されていてもおかしくない。


そんなとき、かなり微弱な魔力波だったけど、自分の魔力回路にイメージが飛び込んできた。


‥‥‥。


「んー、やっぱ、このまま北西に突き抜けよう」


「えぇっ!? 敵を後ろから追う形になりますよっ!?」

「うん、それでいい」

「!?」


ディストルは納得できない表情を浮かべていたけど、それ以上何も言わずに従う。

そういうところは彼らしい。


私たちは樹を降り、敵からつかず離れずの距離を取って、後ろから追いかけていく。

敵は前しか警戒しておらず、追跡自体は何のリスクもなかった。


数十分かそこら経ったぐらいだろうか、


「おい、いねーじゃねーかよ! こんな絶壁、誰も降りれねーだろ!」


こちらの位置からはよく見えなかったが、この先は崖になっているようだ。


「っかーしーな。確かこっちに向かって逃げていったと思ったんだけどな~」

「引き返して途中どこかに隠れていないか探すっぞ!」

「他の奴らに先を越されたら、俺らの報奨金がパーで、ただ働きになっちまう!」


捜索隊は後ろ、つまり私たちの方に戻ってくるようだ。


「イリィ様、どうします? 戦いますか?」


ディストルが小声で後ろから声をかけながら、

覚悟を決めて、腰に下げたショートソードの柄を握っている。


私は同じ瞬間、さっきより明確なイメージ共有の魔力波を感じる。


‥‥‥遠い昔に皆で遊んでいた‥‥あのままだ。

‥‥‥えっ、崖を飛び降りる!?


それは大胆なイメージであった。

でも、その無茶苦茶さに妙に見覚えがある。

ああ、そうだ。これは ―――。


「いや、このまま突破する! 私を信じてそのままついてきて!」

「えっ!?」


戸惑うディストルの手を引っ張って敵に向かって走り出す。


『ヘイスト』


「おわっ! いたぞっ!」


真正面から突っ込んでくる私たちに、敵がようやく気づいて叫ぶ。

でも、もう遅い。


「跳ぶよ!」


私はディストルの手を引いたまま、敵の頭上を跳び越えた。


「!?!?」


敵は急いで振り返り追いかけてくるが、

私のスピードには到底追いつけない。


そのままあっという間に森の切れ目まで到達する。


目の前に広がるのは、

遠い向こうに見える白く雪をかぶったロック山脈と、

その眼前に広がる数十キロにわたる一面深い緑の大針葉樹林。


時間があったらしっかり眺めていたくなるほどの絶景だった。


ただ今は止まっている暇はない!

すぐ数m先は地面が切れていて急峻な絶壁となっている!

たぶん、高さは百メートル近い。

落ちたらひとたまりもない。


それでも私は速度を落とさない。


「イ、イリィさまぁ~~!?!?」


ディストルの声がきれいに裏返る。

その情けない悲鳴に、こんな状況なのに少しだけ笑いそうになった。


「飛んでっ!」


「えええぇぇぇぇぇ!!?!??!?」


私はそのままディストルの手を思いっきり引き、崖の下へと飛び降りる!


その時どこからかロウも追いついて一緒に飛び降りてきた!

ロウ、ナイスっ!


『ひょえぇぇぇーーーー』


ロウが楽しそうに落ちていく一方で、ディストルは目を閉じて絶叫していた。

ものすごい勢いで風が我々の横を吹き抜けていく!

ディストルの流す涙が吹き飛ばされている。


下を見ると、遠くに見えていた木々もぐんぐん近づいてきて、

あっという間に地面が目の前に近づいてくる!


『ぶ、ぶつかるううううう!』


ディストルの情けない叫びが森に響きわたる。


多分それは数秒の自由落下時間。

木々にぶつかる ――― その寸前。


『フローティング』


私は、ディストルとロウと自分の三人に空中浮遊の魔法をかけた。


とはいえ、勢いまでは一瞬で消えない。

樹の上の細い枝が、私たちの身体を支えきれず、ボキボキと派手な音を立てながら折れていく。


――― どうにか止まれたのは地面まであと数十cmの所だった。


あっぶなぁ~~。

もうちょっと遅かったら、魔法が間に合わず地面に激突していた 笑

ディストルなんかは白目をむいて気絶していた。

一方でロウは、宙に浮いているのが楽しいのか、尻尾をぶんぶん振って手足をばたつかせている。


この温度差はなに? 笑

私たちは残りの距離を、魔法を終了しながらゆっくり降りてくる。


捜索のために降りてくるとしても相当遠回りする必要があるから、これで撒けるはず。

大きく息を吐く。


これも全て‥‥‥幼馴染のリオが導いてくれたおかげ。


そう。

最初魔力回路にイメージの共有が来たときはなにかの罠かと疑った。

でも罠の割には捜索隊の配置を事細かく共有してきて、実際その通りに配置されていた。


そして最後の決め手は、小さい頃にスパイごっこ遊びで使っていた秘密の暗号を使ってきたこと。

これは俺とリオともう一人の幼馴染みエミリーの3人しか知らない暗号だったし、伝えてきたメッセージが懐かしい3人だけの思い出だった。


”飛べ! スパイ2号、健闘を祈る!”


その言葉を思い出した瞬間、胸がぎゅっと熱くなる。


リオが相当危ない橋を渡ってまで助けようとしてくれている。

そのことに申し訳なさと同時に気持ちの高鳴りをおさえきれない。

リオはいつも味方でいてくれた。


きっとシリィ近くの乗合馬車のときも。

ルクソンの実家に忍び込むときも。

私の見えないところで、彼はずっと手を貸してくれていたのだろう。


あのイケメン風にかっこよくポーズを決めているリオの顔が頭に思い浮かんで、

すると胸の奥の熱がそのまま鼻の奥まで込み上げてきて、きゅうっと痛んだ。


"ラジャ! スパイ1号、幸運を!"


私たちはリオが作ってくれた時間を無駄にしないよう、そのまま大森林の中を北へ向かって走り出した。


この広大な針葉樹林を抜ければ、その先に待つのは北の嶮山ロック山脈。

そして ――― 大瀑布ローツだ。

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