5. 神の怒り、神罰
魔法学校の図書館で見つけた、神話の本。
魔導王国にとって神は絶対的な禁句なので、神話に関する本が残っていること自体珍しい。
この本を見つけた時には、読んでいるのがばれたらと何度も後ろを振り返りながら、強い興奮と共に、書棚の影でこっそり読み進めていたものだ。
書かれていたのは古い神々の数々の逸話。
古くから信仰されていた豊穣神エレーミアン、
光の神ルーチェ、
そして、この世界を形作った創生神アヴ。
その神々が行ってきた奇跡がこの本には書かれている。
私がその中でも惹かれたのが ――― ルーチェ神の怒りだった。
遠い昔から、神々の怒りに触れた生き物たちは、
幾度も、その神罰により、滅ぼされたという。
その後神を模して造られた人間たちは、
神の意を背くことはないよう、
最初からその恐怖を植え付けられていたらしい。
それでもなお、その戒めを自らの力で破り、
神に背いて神の怒りを買った人間の都市が、
はるか昔、北西の森林地帯にあった。
遥か空のかなたから振りそそぐ、星々の轟音。
火を纏い、その重さで地上を焼き尽くす、星々のかけら。
神の怒りに触れたその都市は、
今は跡形もなくなり、
巨大な湖と化してしまっている。
その都市の名を ”ゴルドー”、
その神罰の名を『メテオストライク』と呼んだ。
私は単なる昔話だと信じていた ─── あの日までは。
この本に書かれた『メテオストライク』の光景は、
『フローティング』で使う光属性魔法の色とどこか似ていたのだ。
――――――
父上の火炎旋風が消え去ったあとに残っていたのは、もう邸宅とは呼べない残骸だった。
崩れた塀、砕けた壁、焼け落ちた梁。
あちこちで火がまだくすぶっている。
人がいた痕跡は、もうどこにも残っていない。
私はただ、虚無になっていた‥‥‥。
信じられない、
信じたくない。
考えたくない、
感じたくない。
胸の奥に開いた真っ暗闇の穴の中へ、感情も思考も全部落ちていく。
こんなの、あるのか‥‥‥。
何もかもうまくいくことなんてないのかもしれない。
運命なんていつも気まぐれだ。
どんな良くても勝率8割、つまり5回に1回は失敗。
綻びは必ずある。
誰だって、そんなの感覚で知っている。
大事なことは勝つことじゃない。
大負けをしないこと。
そんなの、分かっていたはずなのに。
それでも私は自分の力ならどうにかできると、
自分が一生懸命取り組んで最高の結果を出せば、
運命の導きがあり、結果がついてくると信じていた。
今までも、そうやってうまくいってたじゃない!
なのに、どうして?
何が間違ってたの!?
どうして肝心な時に!
目の前では、魔法軍の魔術師達が、
燃えた邸宅の後始末を後回しで、
巻き込まれた衛兵の手当てや、
残骸の中の生存者の捜索に追われていた。
彼らは、
まるで ”自分達が被害者である” かのように、
顔に疲労の色を浮かべ、不平を口にしているのだった。
その瞬間。
心の底に沈んだ何かが、ぐらりと音を立てて揺れた。
なんなの!?
なんでこの人たちは!
私の家族を助けるためにはまるで動いてくれなかったのに!
母上やダリーユが、怯えながら死を待つしかなかった時には、誰一人として手を差し伸べなかったくせに。
私達が何をしたというのかっ!
お前達の家族の命を奪ったとでもいうのかっ!!
手足が震え、
頭に血が上り、
視野が極端に狭まっていく。
力いっぱい握りしめた拳から血の気がなくなり、
もともと色素の薄いてのひらからは、更に青白くなっていく。
つい昨日見た、
ダリーユの泣き顔、
父上の、久しぶりに見れた笑顔。
「私怖くて~~ 泣」
「‥‥そうか 笑」
その記憶が、激しく腹の底を煮立たせる!
黒いマグマのような憎悪が沸き上がり、
私の身体の全てを焼き尽くしながら、
胸の奥を内側から引き裂いていのだ!
許さないっ!!
私からすべてを奪い去った奴を、絶対に許さないっっ!!
『フローティング』
私の身体がゆっくりと宙へ浮かび上がる。
視線は、ずっと壁の向こうの王城へ向けられていた。
お前だろう。
張本人はお前だろう。
憎き輩はお前だろ! お前が張本人だろ!!
城壁よりも高く浮かび上がった私は、
その先にいるはずの男を見据え、
ほとんど咆哮するように叫ぶ。
『ミディエーーール!!!!』
『ミディエーーーーーール! 聞こえるかーーーーーーっ!』
『お前だけは、おまえだけは!!」
「絶対に生かしておけない!!!』
その頃になってようやく、下にいた魔法軍の魔術師たちが異変に気づき、私を見上げ始めた。
どうなってもいい。
もう、私がどうなろうと構わない。
あいつだけは!
ミディエルだけは!
ゼッタイに殺すっ!!!
それが、オルペ侯爵家最後の一人となった私の使命。
『メテオストライク!』
少し前までは神の怒りなんて単なるおとぎ話で、
そんなの誰かが想像で描いた荒唐無稽な夢世界だと思っていた。
でも『フローティング』を習得した時ぐらいから考え始めていた。
これを反転させたら何が起きるか?
その答えはその神話の本の中に描かれていた。
魔法回路が眩しいばかりに白く光り輝き、
フローティングの逆パターンを中に埋め込むように描いていく。
それは全てを引き寄せる、絶対的な穴に向かって、全てが吸い込まれていくイメージ。
空間そのものが、世界の向こうに引きづりこまれていく。
これが、空の彼方から神の怒りを呼び寄せる魔法。
神罰を、この世に具現化する術。
光の魔力だけでなく、火や土の魔力も限界まで注ぎ込む!
自分の魔法回路が、その圧倒的な圧力に悲鳴を上げる。
軋み、裂けそうになる。
私はどうなったっていい。
私は止めない。
魔法が発動したのと同時に、下にいる魔術師が慌てて『アンチマジック』をかけてくるのを感じた。
遅いっ!
私はもう、遥か彼方に浮かぶ星々の欠片の一つが私の魔法に応え、
こちらに向かって流れ始めたのを感じていた。
こうなればもう魔法の発動を継続する必要はない。
この魔法はきっかけを作るためのもので、
一度全てが動き始めたら、もう誰にも止められない。
まさに神の怒り。
神罰ともいえるべき魔法だった。
神の意志は、誰にも止められないのだ。
遠い東の空から、複数の流れ星が飛来してくるのが見えた。
それは凶兆を告げるかのように、禍々しい赤色に輝いている。
一方の私は、役目を終えた鳥が翼をもがれていくかのように、
地上から数十の『アンチマジック』を受け、少しずつ高度を失っていくのだった。
私は必死にあがき、
暴れ、
残った魔力を自分の魔力回路に無理やり注ぎ込む。
けれど、いくら魔力が豊富だろうが、数十の魔術師の力には勝てない。
そんなの、分かっている!
意味がないことは、分かっている!
それでも私は両手を空に伸ばし、
神に、
運命に、
私の意思を叩きつけずにはいられない。
まだ、見届けていない!
神の怒りが、
運命の鉄槌が、
あの男を叩きのめすところを!
私は見届けなければならない!
あの世で皆に、
あの男を、
道連れにしたことを伝えるために!!
ほとんどの魔力を使い果たし、急速に高度を落としていく私が最後に見たのは ―――
まるで小さな太陽が現れたかのように、途方もなく明るく燃える複数の火塊が、長い尾を曳きながら東の空からこちらに向かって落ちてくる光景であった‥‥‥。
――――――
後から聞いた話では、地上に居た魔術師達の活躍で城への直撃は避けられたものの、複数に分裂した破片がルクソンの都市の至る所に飛来し、いろんなところで火災と破壊をもたらしたと聞く。
特に王城はその被害の度合いが最も大きく、
しばらくは復旧作業に専念しないと、住むことが出来ないほどであったそうだ。
それでもミディエルはまだ生きている。
のちに風の便りで聞かされることになる。
四元素魔力が全て揃っていたら、この街ごと消炭にすることが出来ていたのに。
少なくともあの時の私は、本気でそう思っていた。




