4. 脱出大作戦
らちがあかない父上との対話をあきらめ、ディストルと脱出計画の詳細を練り上げる。
私が考えついたのは、オルペ邸の地下室に繋がるトンネルを、見つからない程度の小さな魔力で少しずつ掘り進める作戦。
そこにディストルの提案で、場所をガイドするため、地下室で定期的に金属を打ち鳴らしてもらうことになった。
トンネルを掘る魔法はそんなに難しくなく、普通に唱えられるのなら、ものの数十分でこの街のどこからも繋がることが出来る。
でも今回は見つからないことの方が重要。
うまく行けば1~2日で繋がるはず。
間に合うことだけ祈っていた‥‥。
私ははやる気持ちを抑え、再び夜を迎えるのを待って、オルペ邸の外に戻ってくる。
衛兵の監視は基本的に外に向けられていたので、帰りは『ヘイスト』を使って、比較的楽に脱出することが出来た。
少しだけ近所の屋根までの跳躍距離が足りず、少し『フローティング』を使かうはめになり、少しだけ騒ぎになる。
さすがに光魔法では『マジックスキャン』に反応してしまい、笛をならされ、騒ぎになりかけたところだった。無事振りきって逃げ帰る。
大丈夫!
まだ運はこっちにある!
私はそんな勝手な希望にすがるのであった。
次の日改めて、
トンネルの入り口となる地下室がある家を、不動産屋をはしごして探し回る。
なかなか特殊な条件で手こずるかと思ったけど、幸いにも午前中には、2階建て地下室ありの良い家を見つけることができた。
ついている!
運命の流れがこっちに来ている!!
部屋の鍵の引き渡しに行ったその足で、市場まで行き、パンとかクラッカーとかすぐに食事できるものや、魔力を回復させる効果があるという噂のマジックポーションを大量に仕込んできた。
大量の荷物の他に、宿に置いた荷物と共に借りた家に戻ってくる。
もう最大効率の最短ルート競争をしてたら、
優勝してたんじゃないかと思うぐらいの詰めこみ具合 。
我ながら笑ってしまうほどの、無駄のない動きだった。
そうして、日没前にはトンネル作りの準備が完了する。
"よしっ、できれば明日の夜までには開通させる!"
私はそのまま自分の髪を団子にしてまとめ、汚れても大丈夫な格好に着替えて、
地下室に向かう。
少しでも早く、
今はその思いしか私にはない!
『ピッツ×メタル』
「ドゴォっ」
魔法を唱え終わるのと同時に、地下室の壁を突き抜け、
長さ1mぐらいのトンネルが目の前に現れる。
その壁は土壁にそのまま吹きつけたかのような、
でこぼこした鋼板でコーティングされている。
一応最初だけ慎重を期して、外の様子を見に行ってみたけど、
街を行きかう人達も衛兵たちも皆気付いている様子はなかった。
これなら大丈夫。
地下室に戻った私は気合いをいれる。
ここからオルペ邸までは600~700m。
あと600回以上同じことを繰り返すのだ。
それも見つからないように絶妙な魔力量で‥‥。
気が遠くなる作業だった。
それでも私は、一歩ずつ、慎重に、ひたすら掘り進めていく‥‥‥。
――――――
「‥‥‥コーーーン」
もう何回目の魔法のあとか分からないけど、
金属を叩く音が土の壁の奥から聞こえてくる。
‥‥ようやく。
こんな辛い作業になるとは、想像を遥かに超えていたのだった。
ここまでたどり着く間に、魔力が豊富な私でも、途中2度ほど魔力切れを起こしベッドに倒れこんでいる。
闇の中を手探りで歩いているのと、なにも変わりない。
道標が聞こえてきただけで、小喜びしても別におかしくないじゃない 笑
こちらの掘削音が聞こえたのか、
ディストルも合図を出す間隔を、短くしてくれた。
間違えない。
この方向で良いはず。
その答え合わせをするかのように、
合図の音が洞窟全体が震えているかのように、
大きくなり始めてきていたのだった。
私は疲労感で意識が飛びそうになりながらも、
最後の最後まで同じ作業を繰り返す!
そしてようやく、そのときは訪れた。
「ドグァ、ガラガラガラ」
突然崩れたレンガが目の前に現れ、
暗闇に慣れた目には辛すぎるほど、急に明るくなる!
細めていた目がようやく慣れてきて見えてきたのは、
ディストルのほっとする優しい笑顔だった。
「ただいま 笑」
「お帰りなさいませ 笑」
「アイテール様、全身泥だらけですよ 笑」
「頑張ったからね!」
私は、ディストルに手に持った手拭いで顔の泥をふかれながら、誇らしげに胸を張った。
皆のためになにかを出来るって、こんなに気持ちを揺さぶられることはない。
「早かったですね~」
「夕方ころに壁の向こうから音が聞こえてきたときびっくりしましたよー、もうそんな近くまで来たのかと」
「ということはもう夜中? 皆、眠りについてる?」
「いえ 笑」
「皆、もう待ちきれず、脱出の準備を整えていますよ。噂をすれば、ほらっ!」
地下室の扉が開いて、
荷物をまとめた使用人の人達が、
待ちきれない表情を浮かべて、続々と現れてくる!
何もかもうまくいって、
運命が既に引いていたストーリーを、
なぞっているかのような完璧さ。
「さっ、早く!」
トンネルの中は、
蝋燭が消えかかって暗かったため、『ファイア』で灯りをともした私自身が先導して皆を出口まで案内する。
洞窟の中は音が反響するので、皆ただ音を出さないように静かに歩いていく。
ただ皆は、心なしか足取りが躍っているかのように軽やかだった。
早く早くと、むしろ私の方が急かされ気味 笑
出口に着くと、私は次々にトンネルを抜けてくる人たちに手を貸しながら、同じ指示を繰り返す。
「みんな、このまま裏通りを通って街の外に逃げて! 」
「ばらばらに出れば、きっとそのまま街門を抜けられるから! 外に出たら南に逃げてねっ!」
つぎつぎトンネルを抜けてくる皆は、こぼれき落ちる笑顔に包まれていた。
「アイテール様! 本当にありがとうございます!」
「アイテール様は命の恩人ですっ!」
私が小さい頃から知っている顔もあったし、全然知らない顔もあった。
それでもみんなに喜んでくれる!
私はそのことが嬉しくて、少しはしゃぎ気味だった。
良かった。
本当に良かったー。
私にかかれば大体のことは、
どうにかできるんだから~~!
うまくいかないことも多いけれど、
最後はなんやかんやでどうにかなるよねっ!
――― そう、そう思っていたこのときは。
そしてそのまま皆は二人、三人に分かれて街中へと消えていったのだった。
私は最後の一人を見送ってからもしばらく、
父上、母上、ダリーユが追い付いてくるのを出口で待っている。
邸宅には執事であるディストルのお父様とディストル、
そしてうちの家族が残っていて、最後の確認をする手はずになっていた。
‥‥‥。
さすがに最後の確認にそんなに時間がかかるとは思えないのに、
30分近く待っても誰も出てこない。
なんかあったのかな?
心配になって様子を見に行こうと、
トンネルの道を戻り始めたそのとき!
「ドドーーーーン」
洞窟が崩れるんじゃないかと思う揺れが襲い、立っておられず座りこんでしまう。
奥の方から身体全体を震わす、大きなくぐもった衝撃音が聞こえてきた。
まさかっ崩れたとか!?
えっ、なんで? 金属で強化したのになぜっ?
揺れが収まるのを待って、私はトンネルの奥へと急ぎ駆けて行く。
もし誰かが埋まっているなら、助け出さなきゃっ!
そしてたどり着いたトンネルの一番奥にいたのは ――― 、
ディストルひとり。
彼は呆然と、
崩れたトンネルの壁を、
見つめていた。
「ディストルちょっと!! どいてぇーー!!」
『ピッツ』
崩落した土の塊を無理やり、取り除く。
「ドゴォッ」
その瞬間、
「ブォォーーーーーーーーー!!」
開けた穴の先から、
ものすごい勢いで火の粉を纏った熱風が、
濁流のように押し寄せるっ!
「くっ、『ウォール』」
私はとっさに、今作ったトンネルを穴閉じするしかなかった。
そうしないと私もディストルも、焼き死んでしまう。
そして穴閉じする瞬間、
炎の中に浮かぶ人影が見えた気がした‥‥‥。
なにこれ!?
どういうこと?
だれがいたっ!?
激しい悪寒が走り、
嫌な想像しか湧いてこなくなる。
私はディストルをそこに放置し、
トンネルの出口に走って戻る。
なんで!?
どうして!?!?
『ヘイスト』を使って、
暗い中無理やり走っているせいで、
あちらこちらのトンネルの出っ張りで、
腕や脚ひ複数の傷を作っていく。
早く、早くっ!
出口にたどり着いた私は、
地上に出て、オルペ邸へ可能な限り急ぐ!
道中、多くの野次馬が道に出てきていて、
『ヘイスト』を使っていてもなかなか前に進めない。
気持ちばかりが、焦る!
そしてそれが目に入って来た。
空に向かって突き上げる巨大な火災旋風。
それは私が向かおうとしているオルペ宅の方角。
遠く離れたこの場所でも、その膨大な熱で肌が、ヒリヒリと焼けていく。
どうして!?
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
自分の心臓の鼓動音が、うるさくてしょうがない。
人だかりをかきわけ、
どうにか見えてきたものは、
オルペ邸だったところから、
白く光る竜が螺旋を描きながら、
空へ舞い上がっているような、
巨大な螺旋の白き火柱。
それは地上にあるあらゆるものを焼き尽くし、呑み込み、巻き上げながら、
はるか高く空の上まで伸びていた。
"逃げられる一歩手前だったのにっ!?"
魔術師達が『アンチマジック』で威力を弱め、水属性魔法で鎮火を試みているが、
そんな彼らをあざ笑うかのように魔法の炎の勢いが衰えることはない。
こんな暴力的で圧倒的な、
とでもない魔法を扱えるのは、
父上しかいない。
間違いない‥‥‥。
"なんで!?!?"
いつの間にか団子でまとめていた銀色の髪が、ついに完全にほどけ、
上昇気流にのせられ、上へ上へと巻き上げられていく。
オルペ家伝統の赤毛で無くなった私の髪色。
それはお前がオルペ家の者でないからと、言われてるようで。
私だけ、なぜか一人、ここに取り残されている。
激しい上昇気流はいつしか雨雲を呼び寄せ、雷音と共に雨がポツリポツリと降りだしてきた。
そしてそれは、あっという間に土砂降に変わる。
街にとっては恵みの雨であったが、私には父上の涙に思えてならなかった。
激しい雨は、白色から黄色、オレンジ色と、火炎旋風の勢いを少しずつ殺いでいき、
夜の中にめらめらと輝く炎の柱は徐々にその高さを小さくしていく。
私は雨でずぶ濡れになりながらも、
それでも私は動けなかった。
ただ、呆然と。
この父上の炎の棺を見つめることしか、
なにも、
なにも、できなかった。




