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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第三章 水の章
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1. 懐かしのルクソン

森を抜けた先には、開墾された広大な麦畑が広がっていた。

青々とした大麦が、春の風に揺らされ、さざ波のようになびいている。


最近では川近くで稲作も始められていたが、相変わらず、この地方の主食は水の心配の少ない麦だった。


麦作は三圃制が基本。

春耕地で大麦を植え、秋耕地で小麦を育て、休耕地で土地を休ませながら牛や豚などを放牧する。


牛達がしっぽを揺らしながら、麦畑の中を点在する牧場でゆっくり草を食んでいる。


――― 平和な景色だった。


けれど、その穏やかさが、かえって胸を締めつける。


森を抜けてからもルクソンの街は、まだまだ遠くて、はっきりとは見えない。


刑の執行まであと何日なんだろう。


暦が一般的でないこの世界で、詳細な日付なんて街の公式機関に行かないと分からない。

専門の占星術師か公式の書記官が管理している。


どうしよう。


どうしよう‥‥‥。


私のせいで ―――。


何度も、何度も、

頭の中で同じ言葉がぐるぐる回る。


今できることは?

見過ごしていることは?

絶対やらないといけないことは?


色んな考えが生まれては消え、いつまでもうまくまとまらない。

まるで自分の頭の中に、霞がかかってしまったかのよう。


「クゥーン」


ロウが小さく鳴いた。

浮かない雰囲気で、何度もこちらを見上げてくる。


いつもなら横をビタっと付いてくるロウも、

何度も先走っては、止まってはこちらを振り返っていた。


私の気持ちが、伝わっているのだろうか‥‥。


父の苛ついている顔が、

母の気が動転して金切り声を出している様子が、

妹のダリーユが泣いている姿が浮かび、

頭から離れない。


ここから街まで半日ちょっと。

焦ってもし仕方がないことは十分分かっていたけど、

これはもう理屈ではないのだった。


私はただ早足で、ルクソンへの道を歩き続けている‥‥。



結局、

ルクソンの街壁の門に辿り着いたときには、もう日が傾きはじめていた。


ルクソンの西に位置するアリ山脈の山の背に、太陽が差し掛かりはじめている。

日の影で薄暗くなったうっそうとした街壁の棘が、その不気味さを一層演出していた。


門の前には大勢の人だまり。

長い列ができていて、門の中に入る順番を待っていた。


‥‥‥こんなの見たことがない。


私が街にいた頃、ルクソンの門は基本的に素通しだった。


警戒‥‥‥している?


私は列の最後尾にいる男に話しかけてみる。

話しかけた人は、隣を歩く大きなロウの姿にぎょっと驚いていたものの、親切に事情を教えてくれた。


「この間から急に厳しくなってね~。ひとりひとり街に入る人をあらためているんだよ~」

「なにかあったんですか?」


「なんでも反逆者の魔術師が来ることを警戒しているんだって。こんな厳しい警備をしなきゃいけないなんて、どんな凄い魔術師なんだろうね~」


胸が、ドクンと跳ねる。


う、うーん、どうしよう‥‥‥まさに私だ。


魔術を使って中に入りこもうとしたら一発でバレるし、

素知らぬ顔で紛れ込もうとしても、

この間逃がした兵士から顔がバレているの可能性がある。


顔は魔法で整形すれば変えることもできるが、女一人というだけでも怪しまれる気がしていた。


あとロウをどうするかも問題。大きな銀色の狼を連れて行ったらあまりに目立ちすぎる。


うーん‥‥‥ここはやはり、ロウと協力しての陽動作戦か~。


陽動作戦というのは引っかからない場合もあるけど、

こちらが捕まるリスクも少ないので試してみる価値は十分ある。


私はロウと、

どの位置でどうやって騒ぎを起こすのかとか、

大きく伸びで合図をする等、

イメージを共有して綿密な準備を始めるのであった。


――――――


そして私は、冷や冷やの内心を隠し、堂々とルクソンの街に入る行列に1人で並んでいる。

前に並んでいる少し頭の薄い、どっしり気味の商人のおじさんが、興味深そうに話しかけてきた。


「お姉さん、行商かい? その割には荷物少ないね~」

「いえ、この街で商売している親戚の所に寄って行こうと思っていまして~」

「えぇ!? 独りで来たのかい!? 」


へ、変じゃないよね?


「途中まで一緒に来てくれた人はいたんですけど、そのままナムルの方まで行ってしまって‥‥」

「あ~そうなのかい。いくらルクソンの周りは治安が良いからって、独りは危ないから気を付けなよ~」

「ありがとうございます☆」


キュリアさん直伝の媚びもバッチリ決めておく。

彼に効いたかどうかは分からないけど、

彼の眉が少し下がったのは確認できた 笑

知り合いは一人でも多くしておかないと。

それに彼のおかげで、少しは緊張が和らいだ気がする。


その後商人のおじさんと話すこともなく、ただひたすら待ち続ける。

列は少しずつ前に進んでいくものの、一人当たりにかける時間が長いのかなかなか先が見えないのであった。


「早く入れるといいよねぇ~。どんなチェックしているのか分かんないけど遅いよね~」


再度前のおじさんが、手持ちぶたさに話しかけてきた。


「そうですよね~」

「本当、このままだと夜になってしまうよ‥‥‥」


彼は深いため息をついて、壁の上の空を眺めている。

空の色はあっという間にオレンジ色から赤紫色に変わろうとしていた。

嫌な考えがふと頭によぎる。


ま、まさか、


「夜になったら打ち切られて、門を閉めてしまうんですか? それはちょっと困りますけど‥‥‥」

「いや~、さ、さすがにそんなことは無いと思うけど‥‥‥」


彼も自信がないみたいだった。


もう並び始めてから1時間以上は経っている。

そして夜の帳が時間を追うごとに、急速に迫ってきているのだった。

まだ自分の前に20人は並んでいる。


よっぽど丁寧にやっているのか、あらためをしている衛兵の数が全然足りていないようだ‥‥。

列を整理している他の衛兵も、疲れてかなりイライラしている。


――― ここらがタイミングかな。


もう少し前に進んでからでも良かったけど、

本当に打ち切られてしまったらたまったものじゃない。


ちゃんとロウが見てくれていることを信じて、

私は思いっきり両手を上に伸ばして、大きな伸びをする。

これが合図だった!


「ドゥンッ」


遠い向こうの方から爆発音が響き、火の手が上がる!

”ロウ、ナイス!”

思わず心の中で叫んでいた。


「な、なんだっ!?」「!?」


衛兵たちは驚きの声を上げ、炎が上がった方を警戒している。


ただ誰一人持ち場を離れてでも確認しにいかない。

どうしたらいいか逡巡しているようであった。


”もー! ちゃんとしなさいよっ!”


私はもう一度、不自然なぐらい何度も、空に両手を伸ばしてロウに合図を送る。


”もっと大きいのをもっと!”


「ドゥ、ドゥーン」


先ほど炎の上がった付近で、一段と大きな火の手が上がる。

以心伝心とはこのことじゃない?ロウは私の意図を組んでくれた。


衛兵の隊長らしき男が、目尻をひきつらせながら、門の外に出て来る。


「お、お前ら!様子を見てこい!」


彼は、列の整理をしていた部下たちに、大きな声で指示を出す。


なのに部下達は、露骨に顔をしかめて動こうとしない。


「えー!?!? 隊長はっ!?」

「隊長が来ないと、俺らだけじゃどうにもできないっすよっ!」


街の衛兵隊は隊長・副長以外、みな魔術師ではない。

自分たちだけで、魔術師に突っ込んでいこうとする、無謀な輩は少ない。


「‥‥わ、分かった」

「ルーライズお前ひとり残れ」

「他の奴は俺と一緒に見に行くぞ!!」


隊長らしき男は、怯えた目で周りを見回しながら、

ほとんどの部下を連れて、火の手が上がったほうに確認しに行くのだった。


気弱な隊長で本当に運が良かった。

少しほっとしたもののまだ衛兵は残っている。

まぁ一人だけど‥‥‥。



それから残された彼にとっての本当の地獄が始まる。


「おぃ!いい加減にしろよ! もう俺は2時間以上待っているんだぞっ!」


ただでさえまわっていなかった確認者が一人になったものだから、

待っている人達の不満は一気に爆発していた。


列のあちらこちらからクレームが残ったルーライズという男に集中する!


「なにちんたらやってんだよ! そもそも俺が先週も来たのお前知っているだろうが!」

「家で家族が待っているんだから早くしてーーー!」


皆殺気が凄まじく、傍から見ても気の毒だった。

こちらの方に分があると分かると、途端強気になるのは世の常。

群衆はもう統制されず、列すら崩れ始めようとしていた。


それこそ彼が身の危険を感じていたとしても、責められるいわれはない。


彼はそれでも、当初はボディチェックや持ち物チェックを律義にこなしていたが、

ついに ―――


「わ、分かりました! 今日はもう時間がないので魔力チェックだけに切り替えます!!」


と、宣言してしまったのだった。


その瞬間、待ってましたとばかりに、

行列の皆から歓声と盛大な拍手が沸き起こる。


私の前にいた商人のおじさんなんて、


「よぅっ! ルーライズ男前! 将来は隊長だね!」


って掛け声まであげていた。


”なんか‥‥‥ごめん”


行列の人々は、次々と門の中に入っていく。


街門の中は四方に魔法の炎を盛大に焚いていて、かなり明るくなっていた。

衛兵の彼は通り過ぎる人に、念入りに『マジックスキャン』をかけていた。


正直、目の前を通り過ぎるときは、緊張で心臓がバクバクしていたけど、

前にいた商人のおじさんと、「本当よかったね~」と雑談しながら通ったのが良かったのか、

見とがめられる気配はまったくなかった。


こうやって私は無事ルクソンの街門を通り過ぎることができたのだった。

第一関門クリアっ!



中は街灯に照らされた、懐かしのルクソンの街並みが目の前に広がっていた。


石畳のメインストリート。

両側にずらーっと並んだ三階建ての石造りの家々。


胸が、少しだけじんと痛む。


あの窓から ―――

人々が手を振ってくれていた。


初めて凱旋した日のことだ。


たった一年半前。

それなのに。


今は ―――


誰も私を歓迎しない。

それどころか、見つかれば投獄される。


夜風が心の中に空いた隙間を、吹き抜けていくのだった。


この日は夜遅くなる前に、女一人でも泊めてもらえる宿を見つけ、

ようやく久しぶりに屋内で一息つく。


ただ、ゆっくりしている暇は私にはない。

明日は、どうやって私の家族に会うかを、考えなきゃいけないのだった。

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