29. 淋しい旅立ち
結局、それ以降ダビはテントに戻って来なくなった。
私はロウと二人で、ただ皆を待ち続けていた。
梅雨の時期に入ったらしい。
テントの外では一日中雨がしとしと降り続いていた。
この時期の雨は霧雨で、テントの中まで湿気に潜り込んでくる。
まるで空気どのものが湿っているかのよう。
テント特有の黴臭い匂いが、じわじわと充満していた。
もう何日も風呂に入っていない。
月のモノの鉄臭い匂いも相まって、自分の身体され湿った土のような匂いがする気がした。
自分まで、この廃墟に生えた黴の一部になってしまったみたいだ。
人の気配が何もない森の中。
焼け落ちた修道院の廃墟。
ここで、来るかどうかも分からない人を待ち続けるのは ―――
魂を、少しずつ削られていくような辛さだった。
私は、何かすることも、
何かできることもない。
ただ、また来てくれると信じて待つだけ‥‥。
ダビは多分、フローラの手引きで街の宿を確保できたんだと思う。
2人と最後にあった日から既に三日は経過していたが、なんの音沙汰もなかった。
最後に会った日から、もう三日が経っていた。
三日というのは、本当に長い。
朝。
不安と一緒に目を覚ます。
昼。
来るかどうか分からない人を、ただ待つ。
夜。
また不安を抱えたまま目を閉じる。
それを、三回。
たった三回のはずなのに、
永遠みたいに長かった。
冷たい石の床の上で、
体の芯どころか、
心の芯まで、
凍りついてしまったような気がする。
いっそ風邪になって倒れたら、心配して来てくれるんじゃないか。
そんな馬鹿なことまで考えてしまう。
自分でも、情けなくて笑ってしまいそうだった。
私は、このディケイの街から出発して、
ロギースで4ヶ月過ごし、
大断壁コルトラッシュに無事たどり着いたこの旅が、
本当に楽しくて仕方なかった。
フローラ・ダビと色んな人に出会い、
そして皆で仲良くなり、
たくさん笑いあったのだ。
皆本当に良い人達だった。
ディケイではフリュンゲル様の治療やお茶会もあった。
ロギースではイリィ一座を立ち上げて、
あれこれ悩みながらも、うまく軌道に乗せた。
新年のお祝いもかなり盛況で、
あのあと何度も、街の人から感動の言葉を聞かされたもの。
コルトラッシュの光の結晶が降り注ぐ光景を見たとき、
あの場にいた全員が、子供みたいな顔で空を見上げていた。
あの時のことを思い出すと、胸の奥がじんわり温かくなる。
フローラにも、ダビにも、
私は数えきれないほど助けてもらった。
こんなに深く付き合った友人なんて、
今までいなかったかもしれない。
私は ―――
お互い、分かり合っていると思っていた。
通じ合っていると、思い込んでいた。
‥‥‥でも。
もしかすると、彼らの中では、
私はもう ”昔の人” になってしまったのかもしれない。
その考えが、ふと胸の奥にすとんと落ちてきた。
不思議なほど自然に。
ああ。
もう終わったんだな。
テントの外から、
木の葉が溜まった雨滴を、
ポチャンと下の水たまりに落としている音が、
聞こえてくる。
「くぅ~ん」
ロウが座り込んだ私の顔に頭をなすりつけてきた。
ロウの硬くなり始めた毛並みが、私の頬を撫でる。
いつの間にかあふれ始めた思いで、
白銀の毛を濡らしてしまう。
頭では、既に納得しているのに、
心は、おだやかなはずなのに、
それなのに、
目から流れ出るものは、
ぬぐってもぬぐっても、
なぜか止められない。
はぁ~~~~~~~っ。
胸の奥から漏れてくる、長い溜息。
最近の私は本当に泣き虫だ‥‥‥。
「ロウ、ありがとうね‥‥‥」
私はロウの頭を優しく撫でた。
ロウも、だいぶ大きくなった。もう子狼とは言えない。
冬が終わり、毛は立派な大人のものに生え変わろうとしている。
気づけば、
また一つ季節が過ぎようとしていた。
――――――
私は一週間泊まっていたテントにメモを残して、旅立つことにした。
- フローラもダビも大好きであること
- 二人が家族になって幸せになることが私もとても嬉しいこと
- いつか生まれた赤ちゃんの顔を見に来させてほしいこと
- 本当に、本当に、楽しい四人旅だったこと
- 最後に挨拶できなくて申し訳なくそして淋しく思っていること
メモを書くことで自分の気持ちに踏ん切りをつけることが出来たような気がする。
空には梅雨の合間の晴れ間が広がっている。
空気はじめじめしたままだったけど、
青空のおかげか、少しは私の気持ちも楽になった。
良い旅立ちのタイミングだ。
私もいつまでもこうしていられない。
次向かうは、
ルクシオン魔導王国王都 ――― ルクソン。
私の故郷。
もし可能なら、久しぶりに実家に顔を出してもいい。
私は早くに魔法学校の寮に入ったせいで、両親との交流はあまりなかった。
小さい頃はよく父親と遊んでいた記憶があるから、なおさらその断絶が象徴的だった。
今回を機会に、ちゃんと仲直りしてもいいかもしれない。
妹のダリーユも元気にしているだろうか。
魔法事故にあったあと、色々世話してくれたのがダリーユだった。
私はロウと一緒に、森の中を走る街道をひたすらルクソンに向けて北上していく。
どれくらい歩いただろう。
一日ほど経った頃、ディケイとナムルに分かれる分岐路が見えてきた。
もうルクソンを出たのが数年前のように感じるけど、
実際はまだ一年も経っていない。
遠い昔のことのようでなにか、懐かしい。
ふと私は、分岐路のそばに立て看板があるのを見つけた。
「あれ、こんなの前あったっけ?」
皆が居るつもりでつい声を出してしまうけど、もちろん誰からも反応は無い。
私は、なんとなく気恥しくなりながら、
私は看板の文字を読んだ。
‥‥‥!
――― 文字通り、顔から血の気が一気に引く。
胸の奥が、氷を押し込まれたように冷たくなる。
呼吸が浅くなり、息が苦しくなる。
もう、いても立ってもいられない。
私は次の瞬間、
ルクソンに向けて走り出しているのだった。
ロウが驚いたように吠えながら、必死に後ろを追いかけてくる。
『通告
オルペ侯爵家はルクシオン魔導王国への反逆の咎で断絶とする。
当主イグリッシュ・オルペ始めオルペ家家人は、使用人も含め、全員極刑に処する。
刑の執行は本月末日と定める。』
第二章は以上で終了です。
本章もお付き合いいただき誠にありがとうございました!
第三章の執筆も頑張ってまいりますので、少々お時間をいただければ幸いです。
それではまた!




