4. 深夜の訪問者
「おいガキっ! 金はどこだっ!」
その夜、息苦しさを覚えて目を覚ましたら、身体の上で男が馬なりになって叫んでいた。
まだ外は夜のようだ。
蝋燭のほんのりした灯が部屋を照らしているが、暗すぎて男の顔までは判別できない。
俺はどうやら両手を頭の上で、縛りつけられているようだった。
状況が分からず混乱している。
宿屋に泊まっていたんじゃなかったっけ? 誰だこいつ?
「どこだって聞いてるだろっ!」
突然顔を左右に殴られた。手加減の無しの2発だ。
相当強い力で殴られたようで、痛みを感じるより、頭がグワングワンして、さらに何が何だか分からなくなる。
口の中が切れたようで血の味がして、耳の中から生ぬるい液体が流れ出て来た。
「おい、そいつも売りものだから、傷つけるなよっ」
どこからか他の男の声も聞こえてくる。
多分壁側に置いてある机の方からだ。机の上には俺の荷物がまとめておいてある。
「じゃーどうすんだよっ! 金は!」
「コイツの持ち物全部持っていけば、解決だろ?」
「っったく吐かせればいいだけじゃねーかよ」
こいつらの会話を聞いているうちに、ようやく状況がつかめてきた。
部屋の中にいるのは男二人、強盗だ。
どうやらその上俺は、奴隷商に売りつけられそうになっているらしい。
クマの次は強盗かよ‥‥‥。どんだけ運がないんだよ、俺。
まずは男の下から抜け出せないか、もがいてみる。
体重差がありすぎてびくとも動かない。
肉体的には子供の身体なので、大人にかなうわけがない。
ピンチではあったけど、妙に落ち着いている自分がいた。
あのクマに襲われた日から俺は自分に何が出来、何が出来ないのか色々試して理解するように努めてきていた。
こんな奴らならどうにかできる!
俺に今出来ることは、治癒とか精神・肉体を操作する心身魔法だ。
今の俺の魔力回路は、男のころよりもっと肉体や精神に近いシンボルとなっており、もっと高位の心身魔法を使うことが出来た。
この場なら何の魔法か。
単純に力で勝負するのもありだけど、もっと簡単に敵を無力化できる魔法を思いつく。
相手の精神を直接攻撃する魔法だ。
そんな便利なものがあるなら、心身魔法の方が強いんじゃないかと思う奴もいるかもしれない。
だが心身魔法は魔術師には効かない。
魔力回路の防御壁が障壁となり、うまく発動することが出来ないのだ。
結局、あらゆる相手に効く、基本四元素の攻撃魔法の方が万能だった。
但し今回は平民が相手だ。正直試したことは無いがきっと簡単にかかるに違いなかった。
「ほんとテメーはうっせーな! 早く荷物まとめろよ!」
「お前もそいつの口を早くふさげ、騒がれたら面倒だ」
相変わらず強盗二人は大きな声で口争いを続けている。他の誰かが異変に気付いてもおかしくない。
俺が騒ぐことを心配する前に自分達の口を塞いだ方が良いんじゃないか?
茶番劇の様相も呈してきて、俺はちょっと呆れ始めていた。
かなりのド素人だ。
こいつらにいつまでも、つきあっていてもしょうがない。
俺はそろそろ、この場を終わせることにする。
『ディプ、ンガッ』
それは本当に偶然で、たまたま巡ってきた不運。
ほんの一瞬でもタイミングがずれていたら、うまくやり過ごせたはずだった。
でもまさにドンピシャのタイミング、魔法を唱えようとしたときに、強盗が振りまわした腕がたまたま俺の顔を直撃する!
「おいコイツッ! 魔法唱えようとしていたぞっ!」
もう一人の男の方が俺の声に気付いてしまう!
ヤバいっ。魔術師だってバレた!
「魔術師だ! 今すぐ口を押えろ!」
「お、おぅ!!」
俺の上にいる男は馬鹿力で俺の口に何かをかぶせて押さえてくる!
く、くるしい。息が出来ない‥‥‥。
顔全体を何かで押さえ込まれているせいで何も見えない!
俺は必死に手足をばたつかせて、必死に逃げ出そうとするが、何も動かない!
魔法でどうにかしようにも、こんな状態では、魔法のイメージをまともに作ることも出来ない。
息が続かない! 俺はこんなところで死ぬのか!?
だんだん意識が薄れていくのを感じる。
こんなのってありか!
こんな漫才コンビみたいなやつに殺さて、あっさり終わるのか!
視界が遠のいていく‥‥‥。
最後の瞬間、俺はあの子の顔を思い出していた。
「助けてもらったのにごめん‥‥‥俺は何もできなかった」
――――――
そして俺は神のもとに召されて、次の世界に転送 ——— っていうことはない 笑
死んだらその時点でおしまい、俺の話もそこで終わる。
「っ!」
肺が強く収縮したあとの痛みで、私は目を覚ました。
目の前が真っ暗で何も見えない! 目の上に何か布で、強く巻き付けられているのを感じる。
俺はその布をどけようとしたが、腕が背中の後ろから動かせなかった。
背中の後ろで手枷をされている!
「んぁっ!」
どうなってんだ!って叫ぼうとしたものの、声は音にならなかった。
口の中に大量の布が押し込まれ、さらに猿ぐつわがされているようだった。
どうやらピンチが去ったという状況ではない。
どこかに俺は転がされているようだが、肌の感触からすると木の床の上にいるよう。
周りには何の気配も感じない。
いまさらながら、殺されかけた! という事実に身がすくむ思いと感じて来る。
戦場でも多くの死と隣合わせだったが、こんな思いをしたことは一度もない。
正直、俺は思いあがっていたのかもしれない、俺が殺されることはない、俺は人より上なのだからと。
でも今回の件で、俺は改めて思い知らされることになった。
あのファイアボールの下にいた敵兵たちのように、俺は殺される方でもあることを。
背筋がゾーッとして脚がガクガク震えだし、自分の呼吸が早くなってくる。
どうしたらいいんだ。
俺を殺そうとしている奴はすぐ近くにいるんじゃないか。
今まさに俺を殺そうとしているんじゃないか。
闘争逃走本能が働いて、思考が単純化して、目の前の恐怖しか考えられなくなる。
俺はしばらくの間、指先一本動かさず、ただ縮こまっていることしかできなかった。
どれくらいの時間が過ぎたのか、わからない。
口の中に押し込まれた猿ぐつわのせいで水分がとられて喉が異様に乾いてくる。
これだけの間、衣擦れ・足音などの物音がひとつもしないということは、まわりに誰もいないようだ。
ずーっと後ろ手にされているせいで肩と腕が痛い。
『(ヒール)』
声が出なくても単純な魔法なら使える。
さっき殴られたあご、縛られて伸びきった腕、体の色んな箇所で感じていた痛みがひいていく。
いま何かできることはあるはずだ。
自分が無力な子供という訳でなく、魔法が使える魔術師であるということに、少しだけ気持ちが前向きになる。
このまま殺されるぐらいだったらもっとあがいた方が絶対に良い。
まず俺は周りに何があるか把握することから始めることにした。