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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第二章 土の章
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19. 大地の割れ目

最初それを目にしたとき、

私は一瞬、世界の終わりに立っているのかと思った。


大地が突然、幅150メートルぐらい裂けていて、その割れ目が南北に続いている。

両端ははるか遠く、ここからではどこにあるのか見つけることもできない。


間近になったときに改めて、その異様さに気づかされる。

崖はほぼ直角に落ち込んでいて、その底は上からのぞいただけでは見えない。


途中の岩の突き出しとか考えると俯角75度ぐらいなので、tan75度≒4から150×4=600メートル以上は深さか‥‥。

落ちたら間違いなく命はない。


「これからどうするの?」


フローラが恐る恐る底を覗き込みながら聞いてくる。


「これから底まで降りるつもり」


一瞬の間‥‥。


「ええぇ~?そもそも底に何があるの?」

「それは私も降りてみないと分からないかな~」

「正気!?」


私は肩をすくめる。


王国の図書館で読んだ文献には、

コルトラッシュ大断崖の底には、土の守り神に護られた土の神殿があって、土の魔力がそこから地脈を通じて各地に流れているとのことだった。


そして亀裂はその神殿を中心に毎年数十センチずつ広がっていてるとか。


この圧倒的な光景は、

何万年もかけて形成された、

壮大な歴史ロマンの結果という。



「まず私が『フローティング』で底まで降りてみるから、皆はここで待っていてね」


ダビが保護者ばりに心配してくる。


「師匠、本当に大丈夫ですか!?」


私は軽く手を振り、

心配性の皆のためにも、万が一のときの合図だけ決めて、そのまま崖から飛び降りるのであった


『フローティング』


体がゆっくり浮き上がる。

そして静かに、崖の底へ向かって降下を始めた。


ところどころで少し岩が出っ張っているので、何回かに分けて、下へ下へとゆっくりと降りていく必要がある。


下に降りるにつれて、

日が差し込まなくなり気温が急激に下がってくる。


ぶるっ!


思わず体が震える。

皆を連れてくるときは、厚着するように言わなきゃ。


あっという間に光がなくなって、

周りが薄闇に包まれていくのであった。


『ファイア』


手のひらに、小さな火を灯す。


火に照らされて、赤焦げ茶色の崖の壁がよく見える。

地面を神様が両手で割ったかのような、真っすぐな荒々しい崖が続いている。


だが、肝心の真下は手が影になってあまりよく見えない。

結局、底がいつ訪れるかはよく分からないまま、

私はゆっくり降りていくのであった。


更に下に潜るにつれ、周りは急速に暗くなっていく。

手のひらの火の玉ぐらいでは、近くしかほとんど見えない。

‥‥不安に思いながら20分ほど経ったぐらいだろうか、


それは突然目の前に、何ともない地面の底として現れた。


底は崖の上と同じような何もない赤い土。


あまりの普通さに、ちょっと拍子が抜ける。


「けほっ、けほっ」


少しだけ土の粒子が細かい。

着地するときに大量に土埃が舞い上がり派手にせき込んでしまう。


ここは自分の手のひらの火以外にまったく光がない空間。

動物や植物の生存が許されない死の空間だ。

重い空気と静寂の檻に閉じこまれて、大地の底に閉じ込められたような感覚になる。


周りを軽く歩き回ってみたけど、特に危険なものは存在しない。


ぶるぶるっ。


寒さだけでない震えが背中を走っていった。


なにかにせっつかれるように、

どこからか飛ばされてきた木片を見つけ、火を移すのだった。


小さな焚火が生まれた。

ほんのわずかな温かさ。

いつまでも揺らめくほのかなひかり。


それでもどこかホッとする自分がいる。



確認を終えた私は、すぐに上へ戻ることにした。

なにかあった訳ではないのに、

皆の元に戻れると思うと気持ちが軽くなる。


つい魔力を強く流してスピードをガンガン上げていくのだった。


「ビューーーーーー」


凍える風が自分の周りをどんどん下に通り過ぎていく。


さ、寒い‥‥‥。


これは本格的に防寒着を着込まないと風邪をひくかな~。


そして、崖の淵に到着したとき、

心配して覗き込んでいた二人の目とぶつかる。


「イリィ! どうだった!?」

「師匠、どうでした!?」


その後崖の上まで戻った私を、二人が声をそろえて迎えてくれた。


「何もなかったよ。ただ下は寒いから、厚着した方がいいかも~」


私は努めて明るい声で答える。

皆の不安を煽ってもしょうがないもの。

二人の顔から緊張が少し抜ける。


そして私は手を叩いた。


「さっ、皆で荷物降ろしていくよ」


フローラと協力して、ラクダや荷車も含め全部の荷物を断崖の底までおろしていく。

ここが到着点じゃない。私たちはここから北にあるという大断崖の中心へ、

あの暗闇のなかを、数日かけて移動していくのだ。


最後の荷物を降ろし終わったときには、もう日が暮れ始めていた。

底ではラクダが不安がって、鼻を盛んに震わせている。

私たちは相談して今日は休み、明日出発しようということになった。

明日は丸1日、『ファイア』を唱え続けないといけないということだから‥‥‥。


そして翌日、

暗闇の旅が始まった。


――――――


次の日の朝? 皆を起こして軽く食事を取ったあとラクダにのって出発する。

私は常時『ファイア』を発動して周囲を照らしている。ロウも一緒に頭の上に『ファイア』を浮かべて皆を先導してくれている。

それでも照らせるのはせいぜい足元ぐらいで、数十メートル先は真っ暗闇で何も見えない。

なにが現れるか分からない中、私たちはただ足元だけを見て進むしかない‥‥‥。


砂を踏む音。

ラクダの足音。

時折聞こえる誰かの呼吸。

それ以外は何もない。


みんな口数が極端に少なくなっていた。

なにも見えないというのは、ただそれだけで恐怖。


左右には高さ何百メートルの崖がそびえていて、私たちの逃げ道をふさいでいる。

理屈では分かっている。


崖は動かない。

闇もただそこにあるだけだ。


それでも、

圧迫される、

見えないというだけで、

世界がこちらに迫ってくるような感覚になる。


今何時なのか想像すらできないのも、結構つらいものがあり、

いつまでも、いつまでも、

同じところを歩かされている気になっていた。


「あと、どれくらいなの~?」

「‥‥‥」


本日4回目のフローラの問いかけ。


誰も答えない。


そんなの分かるなら苦労しない。

分からないからただ歩みを進めているのだから。


「はぁ~~~‥‥」


4回目となると少しずつイライラが募ってくる。フローラに悪気がないのは理解している。


でも私は説明したよね! 丸1日はかかるんじゃないかと!

そりゃ、まっ、こんな真っ暗闇の中いつまで進まされたら不安になるのは分かるよ。

でもさー、分からないって言っている相手に聞くのはなんなの!?

私だって正直不安なのに。


「場所ぐらい先に把握しとくべきだったんじゃないの?」


それでも私は反応しないようにしていた。

だって無駄な議論にしかならないから。


「そうすれば崖の上を行けたはずなんだから。計画ミスじゃない?」


この一言で、

私の心のダムは完全に決壊した。


はああああああーーーーーー?!?!?!


『あのねぇ!!!』


あまりに大きな声を出したせいで、

壁に声が当たって何重にも反響している。


「な、なによっ!」


フローラは突然の大声に気圧されながらも、負けじと声を上げてくる。


さあファイトッ!というその瞬間だった。


突然遠い向こうの方から光の帯が差し込み始め、

それはあっという間に私たちのところまでたどり着いて、


世界の様子を一変させる!


遠い崖の上の、

さらに遠い空の向こうから、

降り注ぐ太陽の光。


それは空中に舞う様々な微粒子に反射して、輝いている。


光のカーテンが空から差し込んできて、

光の粒子がキラキラきらめきながら、

雪のように降り注いでいるかのよう‥‥‥。


暖かな光の結晶で作られた光の柱が、

はるか崖の上の方まで永遠に伸びていた。


はるか上の方は、

光のもやがかかって、

空全体が白く光り輝く。


はーーー。


誰も、声を出さない。


私たちはただ立ち尽くしていた。


太陽がこんなにも温かく、美しいなんて‥‥。


この世にこんな景色があるとは

知らなかった‥‥‥。


太陽の光のありがたさが、

身にも心にも染み渡り、

感動が身体全体を駆け抜けていった。

さっきまでの苛立ちも、怒りも、

すべてどこかへ消えてしまっていた。


私たちは何十分もそうしていたように感じていたが、

実際にはほんの数分の間だけであっただろう。


またはるか遠くから、

黒き闇の世界が、

一気に波のように押し寄せてくる。


太陽が真上にいるほんの数分だけの刹那の天国。


あっという間に

世界は再び闇に包まれた。


でも。

もう誰も怖がらない。


「ダビ、フローラ、見た?」


光が失われる直前、

私たちははるか遠くにそれを見つけていた。


「見たって、そりゃあーもう‥‥‥」


フローラも興奮が隠せない。


「師匠、遠くに見えました!巨大な岩の様な土の神殿が!」


ダビも同じ!


「このまままっすぐ行けばたどり着けるのね!」

「フローラさん、間違えないです!」


私はただ何も語らず笑顔を浮かべていた。


よし、行こう!

われらの目的地へ!


そこでフローラが手を上げる。


「あっ、そうだ」


フローラがまた何か思いついたかのようだ。


「今のでいい魔法を思いついたから使っていい?」


フローラはその繊細な魔力操作スキルで、私が思いもよらない様々な魔法を生み出してくる。

一度フローラと魔力回路を共有してフローラのイメージを見せてもらったことがあるけど、あれはフローラにしかできない。

細やかで流れるような複雑な幾何学模様が描かれていて、フラクタル構造のように詳細部分と全体部分が同じ形になっていた。

私も円環でフローラの魔力に触れ、光属性魔法を扱えるようになっていたが、単純なものでないと、とてもじゃないけど制御できない。


「また、新作?」


私は嫉妬混じりに、軽く笑いながら言う。


フローラには言ってないけど多分人生初めての挫折。

彼女に内緒で、何度も何度も、繰り返し、繰り返し、試してみたけど、どう頑張っても彼女の魔法をコピーすることはできなかった。

「魔法のことならだれにも負けない!」って自負していた私は、なかなか認めることが出来なかったけど、結局最後には、これが「私にはその才能がない」って奴なんだなと認めざるを得なかった。


肯いたフローラは、魔法を唱える。


『ライティング』


ライティング自体は単純に光を生み出す光属性魔法だ。

光だけを生み出すのはとんでもなく魔力を使うので『ファイア』で代替していた。


フローラの『ライティング』は、

私とロウの『ファイア』で生み出された光を増幅して、

それをひたすら細かく乱反射させていく。


その結果半径500メートルぐらいの巨大な範囲で、

空間自体が淡い光を放ち始めた!


「フ、フローラさん、すごいです‥‥‥。」


ダビが感動して目頭に涙を浮かべていた。


「た、ただもって、‥‥‥5分が限界かも」


フローラは少し苦笑いして答える。


たぶん魔力の消費が激しいのだろう。

繊細なイメージになればなるほど、

イメージの先の先まで魔力を流すために大量の魔力を消費する。


「じゃあ、私が光属性魔力を送り込んであげるね」


私は光属性魔力の魔力波動を、フローラの魔力回路に流し込む。

フローラの魔力回路が、一気に安定する。


「わぁーこれは楽かも♪ イリィありがとー」

「どういたしまして!」


私は肩をすくめて答えた。


お互いの弱点を助け合うのがチームである強み。

私が今使えない土水風属性魔法はダビが扱えるし、

ロウも最近は風魔法に加えて集団魔法の練習にも取り組み始めた。


このチームは最強なんじゃないかと私は思う。

この先タキオン神の力を借りることも、

少なくなってくるんじゃないかと確信していた。


視界が広がった私達はスピードを上げることができるようになり、

その日の夕方頃(想定)には土の神殿にたどり着いたのである。

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