2. 負傷の騎士団
「ここに治療ができる者がいると聞いた! すまん! 助けてくれ!!」
それはよく晴れた日のお昼過ぎだった。
修道院の中庭に差し込む光はやわらかく、風は穏やかで、
いつも通りの静かな午後になるはずだった。
そんな静かな女子修道院に、男の野太い声が響き渡った。
ここは女性シェルターの役割も兼ねていて、男子禁制の場所。
久しぶりに聞く、低く、太く、押しつけるような声に、私は身体をこわばらせてしまう。
「なっ! なにごとですか!?」
フローラが慌てて飛び出していく。
「す、すまない。でも緊急なんだ。うちの団長を助けてほしい!」
入り口の方からいろんな人の慌てた声が聞こえてくる。
私はゆったり読書をしていたときだった。
突然聞こえてきた声に、驚き、警戒はしたけれど、関わる気はさらさらない‥‥。
私は、今、そんな心の余裕はないのだから。
せっかく積み上げてきた心のピースが、また崩れてしまうかもしれないから。
聞こえないふりをして、私は自室に閉じこもる。
私は関係ない‥‥。
私はどうせ何もできないのだから‥‥。
しばらくしても、扉の向こうでは相変わらずざわざわしていて、一向に騒ぎが収まる様子はなかった。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
声が小さくてよく聞こえないが、フローラがなにか話しあっている。
‥‥がんばれ、フローラ。
私はただ彼らが納得して、このままこの場を去ってくれることを願っている。
だけど ―――
『分かってる! でもヤバいんだ!!』
再度、悲痛な叫び声が修道院中に響き渡った。
フローラも運が悪い。
今日はシスターがこの街の宣教師のもとに出向いていて不在‥‥。
フローラはここのNo.2なのでこの場を仕切る責任がある。
でもきっと、彼女にはなにも判断できないだろう。
修道院は規律とシスターに従って、神の教えを学ぶ場。
何かを決めたり破ったりする経験はあまりないはず。
他に誰か‥‥。
‥‥‥。
無理よね。私がやるしかないじゃない‥‥。
私は本をぱたんと閉じ、静かに部屋の外に出たのであった。
入り口には多くの人が集まっていて、皆少し離れた場所から状況を見守っていた。
フローラひとりが、男衆数人を相手に孤軍奮闘している。
入り口では血で汚れた7~8人のフル装備の騎士達が、肩を支え合いながらどうにか立っていた。
返り血なのかケガなのかは一見ではわからないが、疲労困憊のところをみるとほとんどの者が負傷しているよう。
「えっ、で、でも‥‥‥シスターの許可がないと、男の人を入れるわけには‥‥‥」
「頼むっ! それどころじゃないんだっ! 団長が死んでしまうっ!!」
私は男がたくさん固まっている姿を見て、一瞬身体が硬くなりかける。
でも‥‥あれは‥‥‥、それどころじゃない。
数人で肩を支えている団長と呼ばれる人は、血の気が引いて真っ青になっていた。
どうにかしないと、この人たちは死んでしまう‥‥。
はぁーーー。
私は心を落ち着かせる。
そしてそっとフローラに近づき、後ろから助け舟を出す。
「フローラ‥‥‥困っているようだから、食堂に連れて行ってあげたら? あとで神に赦しを請えば、許しは得られると思うから‥‥」
フローラは振り返って、私にパーッと明るい顔を見せたあと、
「そ、そうね。皆さん! 困っている人を助けて差し上げましょう!」
と私の提案にすがってきたのであった。
一瞬後ろで見ている人たちの間にどよめきが広がったが、
フローラの言うことに反対できる人もまたいない。
おずおずと前に出てきた他の修道女の助けも借りて、皆で騎士達を食堂まで連れて行く。
それからは無我夢中。
なりふりを構っている余裕なく、借りている修道服を血まみれにしながら、女4人がかり、騎士ひとりを運んでいく。男を運んでいるというより、鎧を運んでいるという方が近い。
フルアーマーってこんなに重いものとは知らなかった‥‥‥。
魔法はさすがに使えない‥‥。タキオン教信者が集うこの場では。
皆、なんでこんな大変なことしなきゃいけないの!?という顔をしていたが、フローラの決めたことに表立って逆らう人はいなかった。よくも悪くもこの場所は規律がすべて、そして今規律となっているのはフローラだ。
皆でどうにかこうにかフルアーマーを外して、男たちのケガを確認する。
私は自分の指が震えているのを感じながら、どうにか意志の力でこの作業をやり遂げるのだった。
人の命より大切な物なんてないじゃない。本当にその一心だけ。
とにかく今は全てに蓋をかぶせるだけ。
傷は皆、剣による刺し傷か切り傷。
人同士の戦いの痕。
傷口は‥‥‥一目見て分かるほどかなり深いもの。
団長と呼ばれる男を含め、3人は特に重傷。
鎧の隙間を狙って、正確に刺し抜いている。
殺すつもりの刃だ。
どんなに私たちで血管を圧迫しても、血がどくどくあふれ、いつまでたっても止まらない。
「フローラ、お願いっ!」
どこかの修道女が沈痛な叫びをあげる。
それを聞いたフローラはうなずくと、手慣れた様子で額の前に神の護符を掲げ、神への祝詞をあげるのだった。
『天にまします我らが神タキオンよ。その万能なるお力とそのご慈悲を与えたまわん。主の癒しがこの者に救いとならんことを』
それは『神の癒し』。
神の護符が輝き、やわらかな金色の光がフローラを中心に広がっていき、騎士たちを優しく包んでいく。
中軽傷の騎士達はその奇跡のおかげで痛みがだいぶ和らいだようだ。
皆、少しほっとした表情を浮かべている。
フローラすごいっ!
私は神の奇跡を間近で見れて、少しだけ興奮していた。
この分ならきっと!っ期待したんだけど、重傷の3人はその奇跡でも回復できないらしく、症状が改善する様子が見られないのだった。
団長は顔色も血の気がなくなって青白さを通り越して薄黒くなってきており、意識はもう失われようとしている。これは一刻を争う! なんとかしないと!
「フローラ! もっと高位の奇跡を施せる人は近くにいないの!?」
「えっ!? シスターか宣教師様ならあるいは‥‥‥」
「し、神父なら先に訪ねたが、不在だった」
まだ意識のある重傷の騎士の一人が苦しげな声で教えてくれる。
「お願いだ!我らの団長を助けてくれ」
この騎士も頭を割られて、予断を許さない状況だったが、自分のことより団長のことを心配している。
団長はもう声を出すこともできない‥‥。
たぶんどこかに出かけたシスターを呼び戻す時間もないだろう。
これは、そうよね‥‥。
私は‥‥‥覚悟を決める。
この後どうなろうと、神に裁かれようと、
自己保身で助けを求める目の前の人を無視するのはやはり違う。
「フローラ、私がどうにかする! だから他の皆を部屋に戻らせて!」
「えっ? えっ!? どういうこと??」
私は魔法のイメージを整えながらフローラに声をかけたものの、
肝心のフローラはあたふたしているばかりで一向に動こうとしない。
「時間がないからっ! いいから言う通りにして!」
「でもっ、でもっ‥‥‥」
『はやく!!!』
私の語調の強さに驚いたフローラが、ようやく重い腰をあげ、みなを慌てて自分たちの部屋に戻し始める。
私はフローラの背中を見届けると、周りの様子を確認する暇もなく、魔法を発動する。
『ヒール×ディフュージョン』
その効果はすぐに形となって表れる。
騎士達の傷が完全に癒えていく。
まだ動ける力が残っている騎士たちが信じられないという顔で、私の方を見つめてくるのだった。
ただやはり重傷の3人は、『ヒール』でも難しい‥‥。
どうにかこれ以上の悪化を食い止めただけだ。
ヒールは自己回復を促進する魔法。
自然治癒で治らない症状には効果がない。
こういう重傷者の治療は、本来治療院の専門の魔術師が必要なのだ。
私は治療院でその治療を何度も受けたことがあるのでその仕組みはわかっていた。
要するに魔法による内臓の外科手術。肉体を魔法で操作する。
言うは易しだが人の肉体を操作するのは、他人の魔力回路を通して操作するので、とんでもなく難く、
はっきり言って素人が手を出していい領域ではない。
でもなにもしないと、この人たちは間違いなく死ぬのだ。
「‥‥‥やるだけ、やってみるか」
声は小さい。
でも、もう逃げない。
やるなら最後までとことんやり切る!
せめて――身体の中の出血だけでも止める。
私は重い覚悟を持って、禁じられた領域に踏み込むのだった。




