16. 村長の提案
土塁の中にはレンガを積み重ねただけのあばら家がバラバラな配置で並んでいた。
ここだけ見ればなにも目新しいものはなにもない。どこにでもある貧しい村だ。
この村の村たる所以はその奥にある山側の崖にある。
山側の斜面が、まっすぐ包丁で切り取られたみたいに垂直な崖になっている。
その崖に、洞窟が ―― いや、家が、縦に何層も並んでいた!
洞窟を掘って、住居にしている。
しかもただの穴じゃない。ドアも窓も付いている。
外側には木の板の廊下と階段が張り出し、フロアが四層に分かれて繋がっている。
ドアの布飾りは色鮮やかで、刺繍まで入っていて……麓のシリィの街並みよりよほど豪華だ。
「見てっ、洞窟の家がある! すごい!」
はしゃいで思わず声が出てしまう。
「だなーっ! こんなの見たことねーな!」
ゲイルも目を丸くしているのであった。
「でもこんなところで洞窟なんて掘って大丈夫なのかなー。火山性地震も多いはずなのに」
「か?、かざんせー? よく分かんねーが、ちゃんと鉄とかで補強してるみてーだぞ」
「おおっ、ほんとだ! 多分、土属性魔法も使っている!」
これだけ住居が充実しているということは、村自体が相当儲かっているのだろう。
儲けているところには悪い虫がつく‥‥。きっと目をつけられてしまったのだろう。
私たちはつい足を止めて、その造形に見入ってしまうのだった。
しばらくこの洞窟談議に花を咲かせていて、ふと気付くとさっきまで案内してくれていた男は消えてしまっていた。
いや、どちらが火口への道かなんて知らないぞ?
「火口への道はどっちなんだろう」
きょろきょろあたりを見渡すが、それらしきものは見あたらない。
「やっぱ山の方なんじゃねーか?」
入ってきた入り口の他に、出口は見当たらない。
本当は近くの村の人に聞きたかったが、昼という時間帯が悪かったのか誰一人外を歩いていなかった。
しょうがなく俺達は崖の洞窟の家の方に向かうことにした。
家の中から豆を焼くおいしそうな匂いが漂ってくる。家の中に人は居るようだった。
洞窟の家の中から、人が居そうな家を適当に選んでドアをノックする。
「すみませーん」
「は~い!」
ドアの奥から元気な女の人の声が聞こえてきた。
そのままドアが勢いよく外に開く。
「ぬぉ!」
俺はもう少しでドアに顔をぶつけるところだった。
普通の家だと玄関は内開きだが、さすが洞窟だ、中のスペースを有効活用するために外開きになっている。
「あら、ごめんなさい。‥‥‥やだっ、美少年じゃない!」
出会っていきなりの不躾発言にちょっと気圧される。照れと、居心地の悪さが一緒に到来する。
綺麗な赤毛でちょっとふっくらした、いわゆる肝っ玉お母さんといった雰囲気の人。
年はゲイルと同じくらいだろうか。にこにこ笑っていて、こちらも良い人オーラが全開である。
魔術師は皆美男美女揃いだ。
そして皆、年をとらずいつまでも若々しい姿でいて、その姿のまま亡くなっていくのだ。
これは特別な血筋を持っているという訳ではなく、魔術師は自分の身体を操作することに長けていて、小さい頃から魔法の練習を兼ねて自分の気に入らないことを軽く直す。
その~なんだ‥‥‥まあ、有り体に言ってしまえば整形だ。
ちなみに肌の色とかキメの細かさとかにおいとか体の属性は変えられない。あくまで形を変えるだけだ。
そういうこともあって魔術師の中において、見た目の美醜はあまり価値を持っておらず、価値があるのは魔力の強さで、それを推し量るための血筋が全てなのだ。
「何のご用事?」
「あの、旅の者なんですが、火口への道を教えていただけますでしょうか」
「あーはいはい。迷子なのね」
「えーっと‥‥‥はい‥‥‥」
正直、まだ子供扱いをされるのカチンとするのだが、話がややこしくなるので大人しく黙っている。
俺はいつになったら元の俺に戻れるのか‥‥‥。
「火口への道は危険だから村長の許可がないといけないわよ」
「そうなんですか」
「村長の家はそのわきの階段を上った最上階の家だから行ってみるといいわよ」
「ご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、それじゃ気を付けてね☆」
媚びているわけでもなく、本当に語尾に☆が付いているかのようなフランクな口ぶりだった。
この村は良い人が多いような気がする。だからこそ余計に、砦みたいな厳つい囲いが不釣り合いに見えてしまう。
俺達は言われた通りの道をたどり村長の家らしきところにたどりつく。さすが村長の家だ。
ほぼ等間隔に並んでいる他の家とは異なり、最上階はフロア全部が村長の家として利用されているようであった。
入口付近に門番らしき男まで立っている。俺は緊張して恐る恐る声をかけた。
「あの、すみません‥‥‥」
「さっきの紹介状の人だね! どうぞどうぞ!」
「あっはい。失礼します」
用件を伝えなくともあっさり通されて拍子抜けだった。
紹介状って、こんなに強いのか。
‥‥それとも、何か ”別の理由” があるのか。
初めて洞窟の中に入る! 中は天井が低いものの構造は比較的普通の家とあまり変わらないように感じる。
ただやはり洞窟ということで採光に苦労している。
部屋全体がかなり薄暗くなっていて、要所要所蝋燭の灯りで明りを補っていた。
入ってすぐの部屋がそのまま執務室兼応接室になっていて、村長らしき人が机に向かって書類仕事をやっている。
「ちょっとこの書類を先に終わらせてもらうね。そこのソファーで少しだけ待っていてもらえるかな」
「いえいえ、お気遣いなく」
ほんの数分、二人でソファーに座って大人しく待っていた。暇なので周りをきょろきょろ見渡していた。
村の規模にしてはなかなか高価な調度品が揃っているようだった。
やはりかなり潤っている。
村長はようやく手を止め、机を離れ俺達の前のソファーに腰かけてきた。
「待たせてすまなかったね。ガルから話は聞いていると思うけど」
「えっと、どなたからですか?」
「ガルって紹介状を持ってきた男の名前だよ」
あーあの物見やぐらの若者か‥‥。
「何も聞いてません‥‥‥」
「えっ!? もしかして案内もされてない?」
「されてないですね‥‥‥。入って良いと言ったっきり元のところに戻っていきました」
「あ、あいつは~。いっつも人の話を聞いてない!」
なんかこっちが人の失態を密告しているようでバツが悪い‥‥‥。
「ごめんね~。じゃあ改めて」
村長の口から説明がある。
紹介状にあらかたの事情は書かれていて、火口への通行は特に問題ないとのことだった。火口は坑道の一つを通っていくことが出来るらしい。
ただ今は火山が活性化していて落盤の危険性もあるのでもう少し様子を見た方が良いのではないかということだ。
すぐには行けないのか‥‥ここまで来て足止めとは‥‥‥。気が沈んでしまうのはとめられない。
それにしてもかなりフランクな口調の村長だ。
年齢も20歳後半ぐらいだろうかとても若々しく感じる。この村自体出来たのが最近なのかもしれない。
「イル君は魔術師で、ゲイルさんは傭兵と書かれていたけど本当?」
「はい。間違いないです」「そうだ」
村長は俺たちの答えが想定通りであったことに目元をゆるませ、一拍を置いて話を続ける。
「では一つお願い事があるんだけど、単刀直入にいうね。村を護衛してほしい」
「ええっ?」「はっ?」
脈絡がなさすぎて、声が裏返った。
―― やっぱり。
紹介状が “強い” のは、単に信用じゃない。
最初から、これが目的だった。
後で知ることになるが、紹介状に含みがあったらしい。
旅人は受け入れないだろうけど、戦力なら受け入れるだろうってよみ。
シルクさん、策士すぎるだろ‥‥‥。
村長は畳みかけてくる。
村は山賊に狙われていて、危険な状況だということだった。
山賊側の要求は鉱山の明け渡し。当然そんなこと、呑めるわけがない。
それも最終通告の期限はとっくに過ぎていて、いつ襲ってきてもおかしくないとのこと。
「シリィの街に助けてもらうか、自警団で撃退すれば‥‥」
「もちろん動いてる。でも今回は数が半端なくてね~。揃うまででいいんだ、力を貸してほしい。坑夫の連中も、家族の女共も、みな戦う覚悟は出来ている」
「敵は何人ぐらいなんだ?」
ゲイルが興味津々で聞いてくる。
「聞いたレベルだと、ざっと70人ぐらいかな」
部屋の空気がずぅーんっと重くなる。
その規模はもう山賊というより、いっぱしの軍隊だ。
「それは多いな‥‥‥。麓の街に助けを求めた方がいい。自力での解決は無理だ」
「それは今やっている! 頼む! 力を貸してほしい!」
俺は正直、腰が引けていた。
俺は攻撃魔法を使うことが出来ないから、何の役にも立たない。戦うには分が悪すぎる。
てっきりゲイルも同じだと思って、このまま断る流れを予想していた‥‥が、
「俺は傭兵だ。金をくれれば別に何でもやる。あとは今の雇い主がどう言うかだな」
至って淡々とした口調で、前向きな返事を返してしまう。
へっ!?
二人の視線が俺の方に向く。
胃がきゅーっと縮む。
「‥‥‥俺?え~っと‥‥‥。今、魔法使えないですし‥‥‥」
「仲介料でイル君は金貨3枚、ゲイルさんには日当金貨1枚でどう?」
村長はこれ幸いと畳みかけてくる。なぜか二人に攻められる格好となっている‥‥‥。
破格だ。
ゲイルがそちらの話に乗り換えても文句は言えない。
どっちみち今すぐ火口へ行けないならここで雇われた方がという考え方もある。
それにこんな好条件を断ったとしたらゲイルに恨まれる気がする‥‥‥。なんか前向きだし‥‥‥。
「それは魅力的だな」
‥‥‥冷静な声でさらに一押しされる。
なんだよっ! 俺を優先してくれないのかよ!
そんな甘えが顔を出す。
分かっている。ゲイルにとって俺は単なる雇い主だ。金の縁が切れたらそれまでの関係‥‥。
「んんーーー‥‥」
二人の眼光が更に鋭くなった気がする‥‥‥。
路銀も無限にあるわけではないし‥‥。
「——— 分かりました」
その瞬間、二人とも破顔して、旧来の友のようにハイタッチを交わす。
ゲ、ゲイルはこっち側じゃないのかよっ?!
「よしっ!じゃー決まりだな!」
「ありがとう!!」
なんか二人して示し合わせていたんじゃないかというほど早い展開だった。
さすがにそんなことは無いと思うけど‥‥‥、なんだかな~。
俺だけ取り残されている。
喜ぶ二人の横で、俺一人だけ釈然としない気持ちで悶々としているのだった。
そのあと、途端に暇になった俺とゲイルは村の守りを見てまわることにした。
さっきは気付かなかったが、よく見ると土手や各所に設けられたやぐらに自警団のメンバーが数人外を見張っている。
でも、そう、数人である。これだけ?
何か聞いていた話と、全然違う‥‥‥。
装備はそれなりにしっかりしているものの、なんというか、どこか抜けているような、人が良さそうな奴らばっか。動きがダラダラしていて、ちゃんと警戒しているかも怪しかった。
「うーーん‥‥プロじゃねーな‥‥‥」
仕事を喜んで受けたはずのゲイルまで唸り始めている‥‥‥。
背筋が凍る‥‥。
こんな素人集団数名で70人を相手にするのは、いくら砦に似た設備があっても無理筋じゃない!?
道理で給金が良かったわけだ。俺は言葉には出さなかったが、ゲイルの判断を少し恨んでいた。
ゲイルは人に流されやすい帰来がある。それが良いところでもあるんだけど‥‥‥。
これはとんでもない事態に巻き込まれてしまった。
そして ――
これが、前途多難な防衛戦の始まりだった。




