王都への影響
ところ変わって──。
時は、フェアトが騎士団の詰所へ向かう為に王城を後にし、スタークと別行動を開始した辺りまで遡る。
大門の方へ消えていった妹を見送ってから、その逆の方向に位置するシュツェル近衛師団の詰所へ向かうべく、リスタルの案内でスタークは歩を進めていた。
道中、双子が初めて王城を訪れた時と同じように女中や衛兵、神官や魔導師がリスタルに対して深く頭を下げて畏まりつつも、どうやら事情は把握しているのか特に干渉しようとはせずに通り過ぎていく中──。
ふと、スタークは何かが引っかかっていたようで。
「……なぁ、リスタル」
「? なぁに?」
何気なく王女を呼び捨てにした事で、それを耳にした者たちが『ぎょっ』とするのも気にせず、リスタルはスタークの方を振り返り可愛らしく首をかしげる。
ジカルミアに住まう者なら誰もが『きゅん』としてしまう、そんな王女の仕草にもスタークは特に心が揺らぐ事なく無表情なまま彼女を見下ろして口を開き。
「お前、学院だか何だかには通ってねぇのか? それとも王族は学院とかには通わねぇってだけなのか?」
朝早くから自分たちのような流れ者の相手をしている王女を見て、その年齢を考えれば通学している時間帯なのではないか──と、スタークにしては珍しく母親から聞いていた一般常識を思い返して問いかける。
「……あぁ、えっと……」
「……?」
すると、リスタルは何やら言いにくそうに──もう少し正確に言うのなら言いたくなさそうにモゴモゴとしていたのだが、それを見たところで鈍感なスタークは彼女の機微に気がつかず、ただ首をかしげるだけ。
近衛師団の詰所に近づいているからなのか、その周囲に人通りは殆どなくなり、ちょうど今フェアトが歩いている閑散とした城下町と同じようになっている。
そんな奇妙な静寂に支配される中、意を決したリスタルは足を止めつつスタークの方を振り返ってから。
「学院には、ちゃんと通ってたんだよ。 ただ、ジカルミアで色々あってからは休学になってて……そのせいで学生たちは皆、【伝】越しに授業を受けてるの」
「あー……そういう……」
学生であるという事自体は間違いないが、もはや口にしたくもないほどの存在であるらしい通り魔の影響により、リスタルの通っていた王族及び貴族のみが在学する学院は学生たちの安全を第一に考えて休学中であるようで、【伝】を通じて授業を受けたり与えられた課題をこなしているのだと簡潔に明かしてみせた。
一方のスタークは、リスタルが不明瞭にした部分に通り魔の存在が当て嵌まるのだろうと察し、いかにも気まずそうに栗色の短髪を掻くにとどまっている。
「……こうなってるのは学院だけじゃないんだ。 平民の子供が通う学舎も、未来の騎士や近衛兵を育てる為の養成所も、他国に輸出する為の魔導接合を施した魔物を生み出す工房も、その全てが休止してるの──」
そんなスタークをよそに、とても十歳とは思えないほどの流暢さで通り魔が王都に与えている悪影響によって発生している教育機関や商業における滞りを説明していたのだが、ちょうどそれを語り終える頃──。
「それもこれも、ぜんぶ……っ、う、うぅ……!」
「……」
「えっ、す、すたーく……?」
突然、薄い胸の辺りに手を当てて呻き始めたリスタルの姿を見たスタークは珍しく瞬時に少女のトラウマの再発を悟り、その竜をも討ち倒す極端なほどの剛力を限界まで加減しつつ目の前の少女を抱き寄せて。
「あたしが──あたしらが何とかしてやる」
「え……?」
その桃色の髪を優しく撫でながら、かの通り魔の討伐を約束する旨の言葉を口にした事で、リスタルは涙で濡れた翠緑の瞳でスタークを見上げ二の句を待つ。
「学院だか工房だかも知らねぇが、ここに住むやつらを苦しめてる原因は……あたしらが何とかしてやるからよ。 もう少しだけ我慢してくれねぇか、リスタル」
そんな王女の不安を解消するかのように、スタークは決して通り魔の事を口にせぬまま自分たちが解決してみせる──と、一見すると根拠のない自信にも思える言葉とともに、リスタルを抱きしめている腕にもう少しだけ力を込めつつ笑顔を浮かべてみせていた。
その表情は、かつての『世界の希望』に似て──。
「……ほんと? ほんとに、なんとかしてくれる?」
「あぁ、あたしに二言はねぇよ」
「……うん……うん……っ!」
それを受けたリスタルは、もう一度だけ確認するように──もしくは縋り付くようにスタークを潤んだ瞳で見上げ、スタークが『にかっ』と笑って頷いた事により、その小さな腕に力を込めて抱きつき涙を流す。
それは、リスタルが真に心を開いた瞬間だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、ややあって多少なり落ち着いたリスタルの案内で、スタークは再びシュツェル近衛師団の詰所があるらしい場所へと歩を進めていた──のだが。
「……♪」
「……」
そんな彼女の傍には、さも恋人か何かかと言わんばかりにぎゅっと自分の腕を絡ませているリスタルがおり、とても嬉しそうに顔までスタークに寄せる始末。
(随分と懐かれちまったが……どうすっかなぁ……)
フェアトが見れば、どう思ってしまうのか想像に難くない光景の中にあって、スタークは溜息をこぼす。
決してリスタルと腕を絡ませているのが嫌だとかそういう理由ではないが……それも無理はないだろう。
かたや、リスタルが仲良くしていた猫と。
かたや、リスタルが信頼する近衛兵か──もしくはリスタルの父親でもある国王陛下が並び立つ者たち。
ハッキリと言ってしまえば、この王族の少女は二体の並び立つ者たちと最も近い関係にある存在なのだ。
もし、これらを討ち取る事にでもなれば──。
いや、おそらく避けられないだろう必然の事態を前に、リスタルは一体どういう反応を示すのだろうか。
どれだけ考えても最悪の結末しか浮かんでこず、スタークは己の思慮の浅さに呆れ返る事しかできない。
リゼットという忘れがたい前例があるというのに。
「あ……あそこだよ、スターク」
そんな中、珍しく思考を巡らせていたスタークに対し、リスタルが足を止めたかと思えば──まだ少し先の方にある重厚そうな扉を指差し、その扉の向こうにこそシュツェル近衛師団の詰所があるのだと明かす。
「へぇ、あれが……あー、何とかってやつらの……」
「シュツェル近衛師団ね。 そんなに難しいかな」
「……苦手なんだよ、こういう名前を覚えんの」
しかし、やはりと言うべきか近衛師団の名を失念していたらしく何とか思い出そうとするスタークに、リスタルは若干の呆れを見せつつ苦笑しており、それを見たスタークは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
まるで恋人同士のやりとりかというような和やかな空気が流れた後で、リスタルはドアノッカーを叩き。
「私だよ、リスタルだよ。 入ってもいいかな?」
扉の向こうに何人かはいるのだろう近衛師団の面々に対して、いかにも少女らしい声音で入室の許可を得んとした時、少ししてから扉がゆっくりと口を開く。
「……リスタル様? どういったご用件で──」
口を開くといっても実際には、せいぜい返事をした近衛兵の顔が見えるかどうかというほどしか開いておらず、その返事自体にも強い疑心がこもっているように感じていたスタークの予想は──的中してしまう。
「──なっ……! 何者だ!? 貴様!!」
「どうした!? まさか通り魔が!?」
「こんな早朝にとは……っ!!」
「リスタル様から離れろ!!」
返事をした近衛兵の視界に、リスタル以外の──つまりは王族以外の何某かが映った事で声を荒げてしまったのを皮切りにして、その後ろにいたのだろう他の近衛兵たちもリスタルとスタークとの間に俊敏な動きで割って入り、それぞれの武器をスタークに向ける。
そんな近衛兵たちの表情は、とてもではないが守護者のものではなく、どちらかと言えば破壊者に近い。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 皆、落ち着いて──」
一方、近衛兵たちに囲まれていたリスタルが近衛兵たちの誤解を正す為、彼女なりに声を張り上げている中で、スタークは表情を崩す事もなく溜息をこぼし。
(……めんどくせぇ……)
ただただ、その光景を億劫に感じていたのだった。
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