片耳の森人
──霊人。
それは、この世界に八種ほどいる超自然的な存在であり、それぞれが八つの属性を司る【精霊】から派生し誕生したと云われる──六つの種族からなる存在。
彼ら、もしくは彼女らは人間とは比べものにならない規模からなる魔力の“器”を持って誕生するも、その代わりに──というわけではなかろうが、それぞれが対応する一つの属性しか適性を持つ事ができない。
火の精霊“サラマンダ”から派生した、その巨体に加え触れた水を蒸発させるほどの熱量を誇る【灼人】。
水の精霊“ウンディーネ”から派生した、いかにもな鱗や鰓、鰭といった魚類の特徴を持つ【海人】。
風の精霊“シルフ”から派生した、とても生物と思えないほど悠久の時を生き弓の扱いに長ける【森人】。
土の精霊“ノーム”から派生した、その小さな体躯に過剰なほどの筋力を有し鍛治を得意とする【鉱人】。
氷の精霊“フラウ”から派生した、もこもこな毛皮のお陰で極端なほどに冷気への耐性を持つ【雪人】。
雷の精霊“ヴォルト”から派生した、さも鬼のような角に雷の力を集めて電磁力で空中を翔ける【霆人】。
これが、この世界に現存する六種の霊人だが──ここで一つの疑問が頭に浮かんでくるかもしれない。
精霊が八種なのに対して霊人が六種なのは何故か。
実を言えば──かつては八種だった。
先述した六種の霊人に加え、光の精霊“ウィスプ”から派生した、いつも淡く優しげな光に包まれていたと云われる【明人】と、闇の精霊“シャドウ”から派生した、あわや死人か何かと勘違いしてしまうほど暗然な魔力を纏っていたと云われる【宵人】の二種である。
これらは、ほんの十五年ほど前まで存在していた。
そもそも霊人という種が誕生したのは、この世界に遥か太古より神々に生み出された精霊たちが、『もっと人間や獣人たちと密接になりたい』と考え、その身体を他の種族に近づけていったのが始まりである。
殆どの属性の精霊たちは同調したが、その中で光の精霊たるウィスプと闇の精霊たるシャドウの二種は他の精霊たちと方向性の異なる考えを持っており──。
曰く、『聖女様以外と密接になるつもりはない』。
曰く、『魔族以上に興味を惹く存在はいない』。
ゆえに、あくまでも精霊として存在するべきだと。
八種の存在を確認された事もある霊人の種類が六種へと減少したのは、これが理由だと考えられている。
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閑話休題──。
(……やはり、か……)
クラリアは、かつて見た聖女の姿と目の前の少女を重ねてしまっているらしいガレーネに対し、これといって驚いているようにも焦っているようにも見えず。
むしろ、『無理もないだろうな』と言わんばかりの諦めからくる溜息さえこぼしかねない具合である。
何しろ、ガレーネの属する森人は人間などとは比較にもならないほどの長命種であり、それに加えて魔力量も魔法の扱いも人間や獣人といった他種族に勝る。
その殆どが十五年前までの魔族との戦いに身を投じていた為、聖女レイティアの姿も他種族に比べれば見る機会も多く、ゆえに姿を重ねてしまったのだろう。
クラリアは、そう考えていた。
しかし、だからといって聖女の生存やフェアトが勇者と聖女の娘である事実を聖女や六花の魔女の許可なしに伝える事はできない為、何とか誤魔化そうと口を開きかけた時、高価そうな椅子に腰掛けていたガレーネが森人特有の身軽さを活かして机を飛び越し──。
「レイティア様!! 生きておられたのですね!?」
「ちょ、えぇ……?」
重要な会話をする事もある為か、この執務室は防音仕様になっているらしいのだが、それでも大きくよく通る声で聖女の生存を喜ぶとともに、ガレーネは自分より一回り小さなフェアトの両手をぎゅっと握った。
その一方で、フェアトは途方もなく困惑している。
それも無理はないだろう。
目の前の精悍な面立ちの森人の勢いもそうだが、つい先程の聖神々教の神官と違って自分の事を『聖女レイティア』なのだと決めつけて詰め寄ってきたから。
(どうしたら……そうだ、クラリアさんに──)
若干の涙目とともに笑顔で顔を近づけてくる森人を何とかしたいフェアトは、おそらく知り合いなのだろうクラリアに助けを求めるような視線を送った。
すると、クラリアは無言で首を縦に振ってから。
「……ガレーネ。 彼女は聖女様ではない」
「え? ち、違うの……? でも──」
フェアトとレイティアがイコールではない──という事実を真剣な表情で告げたものの、ガレーネは未だに目の前の少女こそが聖女だと思っているらしく、もう一度とばかりにフェアトへ視線を戻したのだが。
「そう言われると少し背が低いような……それに、あの時みたいに圧倒的な光の力も感じないし……もし本当にレイティア様なら精霊たちも反応を──えっ?」
「?」
ここで、ようやく今も脳裏に浮かぶ聖女の姿と目の前の少女との間にある決して小さくない違いに気がつき始めたガレーネは、ブツブツと小声で呟きつつ薄い唇に指を当てフェアトを見定めていた──その時。
「う、嘘……勇者様と聖女様の──子供……?」
「「!?」」
その言葉を耳にしたフェアトやクラリアより更に驚愕の表情を浮かべたガレーネも合わさり、この執務室は三人の驚きによる奇妙な沈黙に支配されてしまう。
「ね、ねぇ、その反応は……まさか、本当に……?」
「……っ、クラリアさん……これは、どういう」
しばらくの静寂の後、口火を切ったのは他でもないガレーネであり、フェアトたちが『しまった』と思う間もなく再び詰め寄ってきた事により、フェアトも先程と同じくクラリアに助けを求める旨の声をかける。
「……聖女様は光にのみ適性を持っておられると聞いていたから、ガレーネが会話可能な風の精霊から情報は得られないと思っていたんだが……すまない」
すると、クラリアは先程の虚空を見つめたまま固まっていたガレーネの事を考えれば、おそらく彼女の派生元である風の精霊との言葉のいらない会話の末にフェアトの正体を知ってしまったのだろうと推察した。
これでは、ありとあらゆる霊人に素性を看破されてしまうのではと思うかもしれないが──それはない。
実のところ、こうして精霊と会話できる霊人というのは限られており、その数で言えば全体の一割以下。
霊人へ姿を変えた時点で──もしくは霊人として誕生した時点で精霊との関係は途切れてしまい、およそ九割以上は会話すら不可能になってしまうのだとか。
その中でも特に優れた素質を持つ者だけが霊人のまま精霊との関係を保ち、その類稀なる魔力を精霊の力で更に強めたり魔法の精度を増したりできるらしい。
ちなみに他種族の場合は、あくまでも精霊を『認識できる』というだけで基本的には会話などできず一方的に何かをお願いする代わりに、こちらは魔力を提供するという、ある程度は理に適った共生関係にある。
余談だが、例外として聖女レイティアや勇者ディーリヒト、もしくは魔王カタストロやアストリットなどの強者たちは、この世界でも有数の『霊人ではないのに精霊と会話ができる稀有な存在』だったようだ。
ましてや、風の精霊シルフは大の噂好き。
精霊たちの間に流布する『聖女の生存』や、『勇者と聖女の娘』などという特ダネを知らぬ筈もなく。
ガレーネに、フェアトの素性を囁いていたのだ。
「そっ、それじゃあ、レイティア様は……!!」
「……生きていますよ。 どこで、とは言えませんが」
フェアトが勇者と聖女の娘だと確信したガレーネは次に、『聖女の生存』を確かめようとフェアトに顔を近づけ、もはや隠す意味はないと判断したフェアトは溜息をこぼしつつも母親である聖女の生存を明かす。
流石に、どこで暮らしているのかは話せないが。
「そっか、そっか……! よかった……!!」
「わっ、ちょっと……あぁ、もぅ……」
する、ガレーネはクラリアに『聖女様ではない』と告げられた時とは全く異なる心から嬉しそうな笑顔を浮かべ──フェアトに思わず抱きついてしまう。
当時、『世界の希望』と言えば【勇者】だったのは間違いないが、『人々の希望』として据えられていたのは【聖女】であり、ガレーネは聖神々教の信徒ではないものの、やはり聖女の死というものは人々の心に深く重くのしかかっているのだろうと分からせた。
だからこそ、スタークやフルール以外に抱きつかれても特に嬉しくないフェアトも、どう見ても頭一つ分は高いガレーネの髪を撫でてあげているのだろう。
その後、少し落ち着いたのかフェアトから離れたガレーネを見たクラリアは、『話を戻すとしよう』と口にしつつ手を叩いて二人の注目を集めてから──。
「……まぁ、そういうわけで彼女は聖女様ではないんだ。 かつて聖女様とも親交のあった貴女なら、そう思ってしまうのも無理はないと考えていたんだが……」
「……うん、びっくりしたよ。 瓜二つなんだもん」
フェアトの素性がバレてしまうかもしれない──と言った理由が、かつてガレーネがレイティアたちとともに何度か魔族と戦った過去があったからだと明かすと、ガレーネは『そうだね』と首を縦に振りつつ、まじまじと聖女と瓜二つな少女の姿を改めて見つめる。
やはり、どこからどう見ても聖女そっくりであり。
娘だと言われれば、『なるほど』となってしまう。
「……あの、クラリアさん。 ここに来た理由は?」
「っと、そうだったな」
そんな彼女の視線が耐えがたかったのか、フェアトは集会所を訪れて所長のガレーネと会う事になった理由を聞いていない事実を口にし話題を変えんとする。
「ガレーネ。 貴女の左耳を削り取ったのは──」
「……ジカルミアの鎌鼬だけど……それが何?」
それを受けたクラリアが頷きつつ、おそらくガレーネの左耳を削ったのが通り魔の仕業だと知っていながら、あえて確認するように問いかけた事でガレーネは途端に切れ長の目を据わらせて声音すらも低くする。
霊人という種は獣人と比較しても別に自尊心が高いわけではないが、それでも正体さえ悟れずに片耳を削られるというのは屈辱以外の何物でもないのだろう。
一度は躱す事ができているのだから、なおさら。
「──その正体が判明したんだ」
「っ、本当!?」
そんな目に彼女を遭わせた通り魔の正体を掴んだというのだから、ガレーネが目を見開いて整った表情を驚愕の色に染めてしまうのも宜なるかなというもの。
「で、でも精霊たちでさえ通り魔の正体は分からなかったのに! 一体どこの誰が──っ、まさか……!」
彼女の言葉通り、この王都に棲まう精霊たちの俯瞰的な目ですらも通り魔の正体を掴めていない事を、ガレーネは風の精霊たちを通して把握していたのだが。
精霊にさえ不可能な事を可能にする──そんな事ができるのは、そう考えた彼女が反射的に視線を向けたのは他でもない勇者と聖女の娘たるフェアトであり。
「えぇ、まぁ……正確には私の姉さんが、ですけど」
「姉さん、って──姉!? もう一人いるの!?」
彼女から視線を向けられたフェアトは頷きつつも看破したのは自分の姉だと告げたものの、あまりにあっさりと告げられた信じられない衝撃の事実に、またしてもガレーネは驚いて切れ長の目を丸くしてしまう。
一人だけでも、こんなに驚いたのに──とか。
姉の方もレイティア様に似てるのか──とか。
「まぁ、それはまた後にしよう。 とにかく今は、ここに残っている冒険者たちと協力して通り魔を討つ事だけを考えたい。 その為の話し合いをしたいんだが」
そんな風に捲し立てずにはいられないガレーネの心情を察したクラリアが、スッと二人の間に手を差し込んで距離を保たせつつ、かの通り魔を討伐する事にだけ専念したいのだと至って真剣な表情で語りかける。
「そ、そうだね。 それが本当なら一刻も早く行動に移さなきゃ。 これ以上、被害が増えるのは私も嫌だからね。 君と……君のお姉さんも力を貸してくれるの?」
それを見て我に返ったガレーネも、この集会所の長であると同時に最年長でもある自覚を持って首を縦に振り、フェアトへと視線を移した後、『勇者と聖女の娘が協力してくれるなら百人力だ』と思いを馳せて声をかけると、フェアトも真剣な面持ちで首肯し──。
「もちろんです。 その為に王都へ来たんですから」
自分たちが旅へ出た目的、騎士団に同行して王都まで来た目的を思い返して──そう、宣言してみせる。
その後、集会所に残っていた二十人ほどの冒険者たちも含めた話し合いは非常にスムーズに進んでいた。
……飲み込みの遅い姉がいないから。
とは、できれば思いたくないフェアトだった。
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