第十話 中世:4
商人達の所に向かう。マリーは所詮魔法使いだ。むちゃくちゃにレベルアップした俺の身体能力の前にマリーはなす術無く俺を見失う。とはいえあそこまで一人で来れたマリーの事だ。今頃魔物の血や足跡を追跡しているだろうな。しかしホブゴブリンの群れやコボルトの群れに何回もエンカウントして殺すのがめんどくさくなって途中から木を登り、後ろにジャンプしたり、真横に飛んだりととにかく不規則に木を渡って行った以上、かなり手間がかかっているはずだ。
そんなこんなで元の場所に戻った。
「おお、ショージ殿。首を長くしてお待ち致しました。さあ早く例の物を!」
何故だろう。このセリフを聞いているとゲームみたいに感じるんだが。
「ショージ殿、貴方のおかげで娘が助かります。本当にありがとうございます」
ミーナの父親にラッシュサマーを手渡し礼を言われるとすぐさま錬金鍋のある馬車に篭ってしまった。それだけ鮮度が重要なんだろう。そう思いながらライアンのいる馬車に入る。
「ライアン。帰ったぞ」
「ショージあの道は大丈夫だったか?」
「ああ。それよりも聞きたいことがある」
「どうした?」
「魔法学園ってのはどんなところなんだ?」
「騎士志望の私にそれを聞くか……まあいい。魔法学園は名前の通り宮廷直属の魔法使いを志望する若者達が通う学校だ」
「宮廷直属の魔法使いを輩出するってことは魔法学園の教師は優秀なのか?」
「流石に詳しいことはわからんが、魔法を教えるだけあって優秀な者が多い。少なくとも私のように凡庸ということはない」
「なるほどな」
確かにマリーはライアンよりも冒険者としては優秀だよな。ゴブリンよりも強敵なはずのコボルトをあっさりと倒したことや気配を消して俺を尾行していたことからそのことが窺える。
「しかし何故魔法学園の事を私に尋ねてきたんだ?」
「ついさっき、魔法学園の教師に俺の使う魔法のことで絡まれたんだよ」
「それはそうだろう。一子相伝の魔法を見て魔法使いが興奮しない訳がない」
「それはわかっている。わかっているんだがやたらキャラが濃くてな。うんざりするほどに濃かったんだよ。そのせいで奴の情報を集めたくなってお前に聞いたんだ」
正体不明のまま放置しておくと気になるじゃないか。要は探求心に火がついてしまったんだよ。
「キャラが濃い魔法学園の教師か…………待てよ。ショージ、先ほど絡まれたと言っていたな?」
「そうだが、何か関係あるのか?」
「だとしたらあの方かもしれない」
「あの方?」
「マリー・ヴィザード・ダグラス。ダグラス伯の跡取り娘だ」
伯爵の跡取り娘ねぇ。のじゃのじゃうるさいし、あんなフリルつけまくった魔法少女の服着ている奴がとてもそうには見えないな。
跡取り娘ってのは一人娘とは違う。ここがファンタジーに染まっているとはいえ中世文化の世界だ。
一人娘ってのは格上の貴族に嫁いで二人以上子供を生むか、優秀な貴族を婿にするかのどちらかの選択肢がある。だが跡取り娘は違う。跡取り娘は父親や母親などから後継者だと認められている娘の事だ。現代とは違い中世は余程の事がない限り娘を後継者にすることはない。何故ならば一人娘の場合、嫁がせて男の孫を後継者にするか婿を後継者にするかのどちらかを取れば後継者問題は解決してしまうからな。
「そのマリーの特徴は?」
だから俺はその可能性を少しでも潰す。あんな痛々しいマリーが貴族、それも伯爵の跡取りなどと信じたくないんだよ。むしろパン屋の娘でいいじゃん。俺のメニューコマンド的にもそっちの方がありがたいんだよ。
「語尾にのじゃを付ける。牛のような乳。フリルをつけた服を常に着ている」
ビンゴォォォーッ! いや待てそれでも別人の可能性がある! あるに違いないんだ!
「こんな奴か?」
悪あがきに馬車の外に出て棒で土にマリーの似顔絵を書いてみる。レベルアップによる恩恵なのか、マリーの顔を思い浮かべながらずっと書き続けられる事が出来て、思わず自分でも「キモチ悪ッ!」と叫びたくなるくらいにリアルに出来てしまった。
「よくここまで正確に描けるな……間違いなくこの方こそマリー・ヴィザード・ダグラス本人だ」
マジかよ。ここで他人でしただったらどれだけよかったことか。ロードしてやり直してもどのみちあいつと出会うのは避けられない。むしろここにいる可能性だって否定出来ないんだ。ここにいないだけまだマシだろう。
「そうか。ありがとうライアン。そのマリーについてだが何か知っているのか?」
「知っているも何もマリー女史は元A級冒険者だ」
は? それじゃ待てよ。C級以上の冒険者ならあそこは魔物がいなきゃ庭みたいなもんで、A級冒険者なら魔物がいても庭みたいなものだ。これまでマリーが着いてこれなかったのは身体能力が俺に劣っていただけだとしたら……いずれここに来る。いやもう来ている! 急いで馬車の中に入るが手遅れだ。
「見つけたのじゃ師匠!」
出た。出てしまったよ。抜群のモデルスタイルに姉御肌溢れる雰囲気に加えてライアン並みに整った顔だというのに服のセンスがまるでなっていない。残念にも程があるこの女が出てしまった。
「し、師匠? ショージ、マリー女史にあれを教えるのか?」
「見せるだけだ! 誰がなんと言おうと一子相伝の魔法は赤の他人には絶対に誰にも教えん!」
この道を響かせるほどに大声で叫び、商人達にも警告する。もしここで快諾してしまったら我も我もと言わんばかりに弟子入りしようとして鬱陶しいからだ。
「それなら儂が師匠の養子になれば良いのじゃ! 一子相伝の魔法なのじゃから養子でも可能なはずなのじゃ」
「何をトチ狂ったことを言ってやがる。本当に魔法学園の教師なのか? 俺は15歳だ。いくらなんでも年上を養子にすることは出来ん!」
更に言わせて貰うと日本では養子を得るには25歳以上50歳未満の夫婦が6歳未満の子供に対して出来ることだ。二つも条件を満たしていない以上確実に養子を得るなんてことは出来ない。
「えっ、15歳? 入学したての生徒達と一緒かそれ以下なのじゃ……」
「あれだけ顔が老けているのに亡くなった時の父どころか私よりも2歳も年下なのか?」
マリーとライアンがあり得ないと言わんばかりに互いに見つめ合う。というかライアン、17だったのか……しかもライアン親父も若いな。35あたりで死んだのか? この世界ならあり得る。
「お前ら、俺をいくつだと思っていた?」
「40。そのくらいでなければ一子相伝の魔法なんて授けるはずがないからの」
「同じく40。冒険者達を指揮していた時は父よりも貫禄があって見えたからな」
この場合誉めているんだろうか、などと疑ってしまうあたり自分の器量の狭さが窺える。見た目も功績も40相当に見えてしまうんだろうと納得し、顔を引きつらせながらも話を変えた。
「とにかく俺の年齢ではマリーを養子にすることは出来ない。一子相伝の魔法を教えて貰おうなんて考えは諦めろ」
「それなら師匠と結婚して義父上に一子相伝の魔法を教えて貰えば──」
「俺の家族はこの世界にはいないから無理だぞ」
マリーの提案に対してバッサリと切り捨てる。この言い方だと死んだように思えるが、一切嘘は言っていない。何せ俺の父親はこんな中世ファンタジー世界じゃなくもっと文化が発達した世界にいるからな。
「えっ? それじゃぁ……」
「そう言うことだ。さあこの話は終わりだ。約束通り見るだけなら構わんがそれ以上のことはしてやれない」
敢えて誤解を招くような返事をしながら妥協点を求める。後々追及されるが最初はそれだけで充分だろう。話せる時に一気に話せば良いだけだしな。
「わかったのじゃ。師匠の魔法は見て覚えるしかないのじゃ」
一人称は儂、語尾にのじゃ、見た目はモデル、服装は魔法少女と属性が多すぎて何と言ったら良いのかわからぬ名伏し難き女性マリーが肩を落としてその場に座る。……っておい!
「ちょっと待て。何故ここに座る?」
「師匠の魔法を見る為なのじゃ。こうしてくっついていればいずれ見せてくれるはずなのじゃ!」
「そう言う問題じゃねえよ。依頼人に迷惑をかけるだろうが!」
自分の事は棚に上げておいて迷惑であればほざき喚く輩、それが俺だった。
「依頼人なら先ほど話し合って儂を護衛としてE級冒険者の待遇で雇っているから問題ないのじゃ!」
さっき話し合っていたのはそれか……というかこうなることを見越していたな。
「ライアン、お前から反対意見は?」
「依頼人がそう言うのであれば文句はない」
そうだった。そういう奴だったよこいつは。生真面目でお上の命令には逆らわない典型的な騎士って現代日本からすれば絶好のカモ、社畜奴隷の予備軍だもんな。公務員に一番向いているとも言えるが。
「そう言うことなら問題ないが魔物が出るまでお預けだぞ?」
本当ならマリーに罵倒の一つや二つしたかったがしたところでマリーを困らせる訳でもなければ意趣返しにもならない。ただ自分がスッキリしても何の生産性がなければ動けないのはゆとり教育が残した遺産だろう。
「そんなヒドイのじゃ!」
「酷いわけあるか。本当に酷かったら見本も見せずに 『この馬車を収納魔法で収納してみせろ。さもなくば破門だ』 とか言うはずだ」
「収納魔法?」
「酷い輩ってのはそういう風に事前知識がない状態でやらせるんだぞ? それと収納魔法は一子相伝の魔法のうちの一つだ。嫌でも見るようになるから覚えておけ」
「師匠は鬼じゃ……」
俺のあんまりな言い分にマリーが項垂れた。しかしこれだけメンタルが弱い魔法使いも珍しいな。いや、キツく言ったけど俺が入部する予定の部活に比べればあれでもまだマシなはずだ。
「ところでマリーは何故魔法学園の一教師として働いているんだ? マリー程の経歴の持ち主なら教師よりも経営者の方が合っているはずだが?」
中世時代は封建制度全盛期とも言える時代だ。そんな時代の文化、文明の中にあるこの世界も同じように貴族もあり格差もある。ライアンのように上の身分に従うのが当たり前の所だ。そんな所にいくら伯爵を継いでいないとは言え次期伯爵のマリーが経営陣ではなく一教師として所属している。経営陣だったら「教鞭を振るう」なんて表現はせず素直に「経営している」と答えるはずだ。つまりだ、ダグラス伯爵以上の権力者が経営陣にいるかマリーが好き好んでやっているかのどちらかだ。
「国は、教師の苦労を知らずして学園経営なぞ出来る訳がないから経営者は皆教師から選ぶように推奨しているのじゃ。儂も領地経営の助けになると思いそれに従っていたのじゃが……思いの外、新しい魔法を研究するのが面白くて教師を止められぬのじゃ」
「それで俺の一子相伝の魔法を?」
「うむ。師匠の魔法は非常に興味深く、革命的なものじゃ。これが一子相伝でなければ確実に世の中に広めていたかもしれぬが、師匠が一子相伝と言う以上無駄に広めたりはせずそれを応用して魔道具にでもしてみるのじゃ」
魔道具ねぇ。わからないことがあればすぐに聞くのが良いんだがそうもいかない。ライアンが魔道具について追及しないことから魔道具が身近にあるものであると推測できる。ここで聞いたらいくらなんでも不自然で怪しまれる。例えるなら、現代人が掃除機を見ても何も思わないが江戸時代の人間が掃除機を見たら驚くだろ。あれと一緒だ。ようは魔道具を知らないと一般常識もない怪しい人物にしか見えないってことだよ。
しかし魔道具と言うからには魔法を組み込んだ道具なんだろう。マリーの発言からしてもそう予測出来るしな。
「出来ることならそうしてくれ。立場上教える訳にはいかないからな。収納魔法を見て魔道具作りのヒントを得るくらいなら一子相伝云々は無効だからな」
「師匠……!」
俺の言葉に感動のあまり涙すらも見せるマリー。騙して申し訳ないとは思うがいずれ真実を教えてやるからそれで勘弁して欲しい。そうでないとマリーの涙を見た罪悪感に押し潰されてしまう。
それではまた一週間後にお会いしましょう!




