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朔はかえって心が落ち着いた。

 門前がなにやら騒がしい。


「何事なのでしょう」


 朔を案じ、心のなぐさめにと絵物語を持ってきた古参の女房・由が、不安げに眉根を寄せた。


「何か、また知らせでも届いたのかしら」


 ざわざわと胸を騒がせる朔のもとに、芙蓉が少し困った顔をして現れた。


「大変申し上げにくいことなのですが」


 芙蓉がそんなふうにするのは珍しいので、朔はきょとんと彼女を見た。


「この屋敷に仕えている者たちを、雇いたいと申す方々がいらしているのです」


「まぁ」


 朔は目を丸くした。他所で評判の女房を、自分の姫付にしたいと求めることがあるのは知っている。朔の父は名門の姫にふさわしい教育をと、素性たしかな上に琴や筆などが堪能な者を選び雇っていた。それを知っている者たちが失脚の事を聞いてすぐ、我が屋敷に招き入れようと、都からこちらに人をやったのだろう。


 失脚の知らせから一夜のうちに、そのような者が来るというのは恐ろしい。まるで追いはぎのようだと、由が憤慨した。


「いったい、それはどこの使いの者たちですか! 失礼にもほどがあります」


 一言文句を言ってやろうと、由は勇ましく立ち上がった。


「そんなに怒るものではないわ。物語の中の姫の、なんていったかしら。そういう浮き草のようになってしまった姫が、いらっしゃったじゃない」


 鼻から煙が出そうなほどに怒る由の姿に、朔はかえって心が落ち着いた。


「その姫から離れていった女房たちは、後で姫が素晴らしい殿方と結ばれ引き取られたと知って、残っておけば良かったと後悔したのでしたわね」


 芙蓉が続けば、怒りを全身にみなぎらせていた由が、キッと芙蓉に顔を向けた。


「私は、どのようなことがあっても、姫を置いてどこかへ行くなどいたしませんよ」


 プリプリと怒ったまま、由は無礼な者の相手をしてくると言って、出て行ってしまった。


 芙蓉がそっと息を吐き、朔の顔を覗く。


「姫様」


「由があんなに怒るから、なんだか冷静でいられたわ」


 あっけらかんとした朔に、芙蓉が安堵に目元をゆるめた。


「まさか私が物語の姫のようなことになるとは、思いもしなかったわ」


「本当に……」


 どう言葉を継いでいいのかわからない芙蓉に、朔は小さくかぶりを振って、彼女の手を取った。

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