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スタニング・ワード(prologue)

 俺のバイト先は実に奇妙である。なにがって給料日のことだ。


 まだ高校生だから社会の事情なんてのはわからない。それでもお給料をもらえる日というのは大体が月半ばかその数日内、あるいは二十五日というのが相場であることは知っている。兄貴の愚痴とネット情報を掛け合わせた解答だとそうに違いないからだ。


 それなのにうちの店は決まって十日に明細と封筒を渡してくる。今時高校生でも預金通帳のひとつやふたつ持っているというのに給料を茶封筒入れて手渡しときた。最新鋭の設備を整えた書店のくせしてそういったところは何もかもが昭和情緒を脱しない。最近の若者としてはなんとも解せないやり方だ。


 ただ、これはこれで月の半分を待たずしておこづかいを自由に使えるメリットもある。高校生だから金額なんてたかがしれているが、ゲーセンでくだを巻いたり安い服を漁ってみたり、さして興味のない本の衝動買いだってできる。つまるところ今月の俺は豪遊し過ぎてしまった。受験という現実から逃げたとも言う。反省はしない。


 「ごめん、今月ミスちゃってさ。給料の支払いが三日遅れます」


 文章にしてたったの一行、店長からの非常な通告は俺の精神を破壊するにはあまりに十分過ぎた。財布の中身が小銭だけとかそんな可愛いレベルならいい。本気で三十円しか入っていない高校三年生がこの世界のどこにいるかと言われれば、恥を承知で俺は挙手しなければなるまい。


 そして残り三日、食べ盛りの男子高校生が三十円で過ごせるほど世の中はやさしくない。うまい棒三本ではせいぜい小一時間程度しか満たされない。


 そういうわけで、パチスロで大勝ちした兄貴に媚びを打った結果、俺の財布には悪い顔をした諭吉が入っている。だがこいつはあくまでも借金。よほどのことを除いて使うことは決して許されない。あってはならないのだ。唯一の例外があるとすれば親の都合で急に転校が決まった可愛い部活の後輩に選別を送るぐらいか。気がつけば出会いと別れの季節まで残すところひと月もない。


 両手をさすりながら俺は白い息を吐いた。二月の半ばを迎えた今日も眠気が瞬殺されるほど朝の通学はこごえる寒さだ。皆、心ここにあらずといった感じなのは早く教室に入りたいという一心に駆られているからだろう。


 ただ、それにしても周囲がなんだか妙によそよそしい。うまく言えないが、特に女子から随分と距離を取られている気がする。それも目が合えば合うほどに。


 俺、そんなに目つき悪かったかな。心の中で傷つきながら正門をくぐると俺以上に修羅の形相をした人間が通路で仁王立ちしていた。


 「やめてください!それは、それだけは!」

 「堂々と学校に持ち込むとはいい度胸ね」


 ラッピングされたハート型の箱を取り上げられてあたふたする女子生徒と、その手を引いて壁際へと連行する女子風紀委員。通り抜けようとする俺などおかまいなしに風紀委員は何かを指摘し、力なく女子生徒が頷く。


 跳ねたようなポニーテールと門番としてのたたずまいは今日もご健在で、見せる背中は三年経っても変わらない。唯一変わったことといえば、目の前のこいつが風紀のトップになったことぐらいだ。


 しかしそうか。今日はハートを送る日だったのかと、わざとらしく心の内で俺は納得した。うすうすわかっていたというか、実は意識していた。男連中は無様なまでに色んなところへ視線を配り、思うところのある女子はなにかを隠す素振りをしている。クリスマスを除けば、こんな白々しい一日は日本において今日しかあり得ないのだ。悲しいかな、そんな男連中と俺は現在形をもってイコールだ。


 チャンスがあるとすれば、この鬼のような風紀委員を迎え撃つ校門前までと思っていた。門をくぐる前に女子から声がかかれば特別な一日は約束され、一方で何事もなく通用門を過ぎた負け組には教卓の上に置かれた義理ボックスが出迎えてくれる。


 ボックスと銘打てば聞こえはいいが、要するに駄菓子屋やコンビニで見るただのプラスチック容器だ。側面にはお一人様一個の但し書き、中には大量のチロルチョコ。


 いつから始まったかこの慰めにならない慰めは、義理すらもらえない大多数の男子生徒の悲しみを減らすべく発案された生徒会の施策らしい。二年もお世話になっていてなんだが、ほんと大きなお世話でしかない。


 「なによ」


 喧嘩腰に睨みつけてきた風紀委員の結った金髪がわずかに揺れる。こんな調子でハナから取りつく島もないんだから、もう鬼でしかない。今年もこいつは何人の浮かれ人を地獄に叩き落としたんだろう。


 朝の挨拶代わりに俺は思ったままの感想を送り届けることにした。


 「お前さ、ほんといつの日も容赦ねえな」

 「もしかしなくても喧嘩売ってる?」

 「ああ、いつ見ても綺麗だ。眉間を寄せる姿がお似合いだ」


 褒め言葉のお礼として目つぶしが両目に食い込んできた。

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