04
この世界には端がある。文字通り世界の端っこで世界の終わりで、人が生きていける限界地点である。解りやすく例えると、世界は野球ボールなどの球体をまっぷたつに切った様な形をしていて、その断面の上で人々は暮らしている。しかしボールじゃない部分、世界の外側については全く分かっていない。ずっと遠くまで行けばここと同じ様な場所があるのかも知れないが調べようもなく、分かるのは地上からは永遠と広がる雲が見えるという事ぐらいである。ただはっきりと言える事は、現状人々はこの場所から外側へ出る術を持たないという事である。
世界の端辺りには小さな島が幾つもあり、人々はその中で小さなコミュニティを作り暮らしている。悠介たちが住んでいるのもその中のひとつである。逆に中心に行くほど大きい島が多くなるため人口は増え、商業、工業、生活などあらゆる面で活気づいている。中でも世界最大級の造船・貿易会社“EVOLVE”が本社を置く島は技術の恩恵を受け発達し、様々なものが集まる諸島の中心のようになっていた。
そして世界の中心には大きな島があり、島の中心には雲にも届きそうなほど高い山がそびえている。その島の海岸は絶壁になっていて、しかも常に激しく荒れる波に囲まれているため、人が足を踏み入れる事のできない無人島となっている。現存する最大級の船でさえ押し返されて近づけないほどの波なので、仮にウォーターバイクなどで近づけば一瞬で転覆してしまうだろう。激しい波は波紋の様に広がり、世界の端へと向かって流れている。中心部では荒れる様な波だが端に行くにつれ威力を弱め、悠介の住む世界の端付近では凪の様に穏やかになる。そういう意味では中心部よりも安全と言えるが、世界の端には大鷲の像などの目印が各地に立てられていて、それを越えた途端流れは外側へと勢いを増し、世界の端へと引き寄せられる。絶対に抜け出せないという訳ではないが、その流れに捕まった者はそのまま世界の向こう側へ放り出され、どこにたどり着くかも分からないまま永遠に落ち続けるだろう。
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俺は波に揺られながら空を見上げていた。しばらく眺めていると後から出発したクラスメイトがやって来るので、二言三言交わしてから彼らが咲岬島へ向かって行くのを見送り、そしてまた空を見上げる。何度か繰り返しているとあまりの退屈さに眠くなってくる。波の揺れが心地いい事もあるのだろう。うつらうつらしているとまたエンジン音が聞こえて来たので、頭をぶんぶんと振り頬をぱちんと叩いて気をひきしめた。音の方を見ると二台のウォーターバイクが近づいてくるのが見える。さらに近づいて来ると、それが出席番号最終組の山本と和田という事が確認できた。二人は徐々にスピードを落とし、やがて俺の側にバイクを停めた。
「よう遅刻君、中間お疲れっ」
「…お前らも長旅ご苦労だったな」
和田は冗談混じりに言ってきたが、相手にせず適当に言葉を返した。
「まだ半分だけどね。それよりだいぶ眠そうだね」
「海の上で一人なのはだいぶ暇だからなぁ。やる事がなくてかなわん」
「中間役でしょ?仕事しようよ…」
俺のやる気のなさに山本は困った様に笑って言った。
「そうだぞ金田。お前はいつもそんなだから彼女の尻に敷かれるんだよ」
和田はやれやれという感じでため息をついているが、何を言っているんだこいつは。
「ちょっと待て、彼女っていったい何の話をしてんだよ」
「高宮だよ。お前ら付き合ってるんだろ?」
さも当然の様に言ってくる和田だったが、あまりの突拍子のなさに俺の思考は一瞬停止した。
「そんなのある訳ないだろ。あいつはただの幼なじみだよ」
「またまたご冗談を。お前らいつも一緒にいるじゃん。それに今日だって二人で昼飯食ってたろ。知ってるぜ、高宮がお前のカバンから弁当持って教室出てくのを見たからな」
和田はどこぞの探偵の様に人差し指を俺に突きつけてきた。鬼の首でも取ったと言わんばかりのドヤ顔が非常に腹立たしかったので、俺は向けられた人差し指をギュッと握り、空へ向かって捻り上げた。
「いったぁいぃっ指がぁ!!金田てめぇ、なにしやがる!」
「お前が勝手な事ばっか言ってるからだろっ」
「だってみんな言ってるもん」
「うるせぇ!」
「ちょっと二人ともそれくらいで止めときなよ」
俺と和田の言い合いに、堪らず山本が割って入る。
「和田も落ち着いて。本人が違うって言ってるんだからそうなんでしょ」
「けどよぉ…」
「ほら、そろそろ行かないと柴田先生に怒られるよ。和田、また補習受けたいの?」
和田は納得していない様子だったが、補習という言葉を聞くとギクリとして渋々エンジンを掛けた。
山本の話によると、何でも俺と美空が付き合っているという噂がクラスで流れているそうだった。全く身に覚えのない話だったが火の無い所に煙は立たないという事らしく、結果俺と仲の良い山本と和田が真相を確認すべく直接聞きに来たらしい。
「金田も迷惑かけてごめんね。こういうのはあんまりよく無いって言ったんだけど和田が引き受けちゃって…」
申し訳なさそうに山本は言った。まぁこいつの性格じゃ断れなかっただろうし、それを見越して和田も引き受けたんだろう。
「別にいいさ。それよりクラスの奴らにはちゃんと伝えといてくれよな」
「わかったよ。…それじゃあそろそろ行くね」
そう言うと山本もエンジンを掛けて、和田と一緒に咲岬島へと向かって行った。
俺は二人を見送ると深くため息を吐いた。まさか美空とそんな噂が立っているなんて思いもよらなかった。小さな島なので俺たちが幼馴染だという事はみんな知っているだろうから、自分と同じ様にそれ以上の関係は無いと思っていると思い込んでいた。しかし実際それとは真逆で、思春期真っ只中の高校生は何かにつけて色恋沙汰に仕立て上げたい様だ。
山本たちに本当の事を伝えたと言ってもそれでクラスの連中が納得するかと言えばそれはまた別の話で、むしろ余計に怪しまれるかも知れない。かと言って自分で違うと言って周るのも何だか嘘くさい。もうこのままシカトしてやろうとも思ったが、俺一人の問題という訳でも無いので、知ってしまった以上何とかしなければいけないと思もう。
「美空はどう思ってんのかな…」
「私が何だって?」
ぽつりと言った独り言に返事が返ってきた。びっくりして振り返ると、いつの間にか美空がこちらをじっと見ていた。どうやら考え込んでいたせいで近づいてくる音が全く聞こえなかったらしい。
「お前っ!いつからそこに居たんだよ」
「丁度今だよ。さっき山本たちと話してるのが見えたから急いで来たんだけど間に合わなかったみたいだね」
「まじか…全然気がつかなかった。音もなく近づいて来たからかなりびびったぜ」
「何それ?あんた もうちょっとしっかりしてよね」
美空はやれやれという感じで言う。
「そう言えば二人とは何話してたの?」
そう聞かれて、さっきの話を美空に言うかどうか考えた。そもそもこいつはクラスの噂の事は知っていたのだろうか。
俺は美空の顔をじっと見つめた。肩まで伸びた茶色の髪、愛嬌のある大きな瞳は確かに可愛らしいと思える。こんな子と付き合うとなれば大抵の男子は阿呆みたいにはしゃいで喜ぶだろう。しかし俺の場合は幼馴染で、どちらかと言えば家族に近い感覚だったので今までそんな事考えもしなかった。多分美空も同じ様な感じだと思っているだろう。しかし実際に確認した訳じゃないし、あんな噂が立っているという事もある。美空はその辺りをどう思うのだろうか。
「えっ!私の顔何かついてる?」
美空はハッとしてほんのり赤らめた自分の顔をぺたぺたと触りだした。どうやら俺はそうとう見つめていたらしい。
「いや、別に何もついちゃいないよ」
「本当?ならそんなにジロジロ見ないでよね」
「あぁ、悪かったな。それよりさっさと行こうぜ。また竜兄に面倒臭い事言われるぜ」
「何だかなー」
俺は美空に噂の話をするのを止めた。変に騒がれて話がややこしくなるのも面倒なので、とりあえず山本たちが上手く誤解を解いて事態が一通り収まってからでもいいだろう。
そうして俺たちはバイクのエンジンを掛けてクラスメイトの集まる咲岬島へと向かって行った。