03
ウォーターバイクは海を掻き分け水飛沫を上げながら咲岬島へ向かっている。学校用に調整されているのでスピードは一般用のそれと比べて出ていないが、水で濡れた肌に当たる風はひんやりとして気持ちがいい。
しばらく進んでいると前を走っていた竜兄がスピードを落として隣に並んできた。
「しかしこうしてると最初にお前と海に出た時の事を思い出すな」
「あー、柴田先生が今の俺くらいの時だっけ。懐かしいっすね」
小学生の時、当時高校生だった竜兄にウォーターバイクの後ろに乗せてもらった事があった。その後も度々乗せてもらい、中学の頃には内緒で運転させてもらったりもした。その事が学校にバレて二人して相当怒られたが、おかげでそれなりに運転できる様にはなっていた。
「先生なんて言うなよ、気持ち悪いな」
竜兄は渋い顔でこっちを見て言った。
「さっき美空に先生って呼べって言ったじゃん」
「他の生徒の前ではだよ。お前と二人きりなのに先生とか言われると調子狂っちまう」
「さいですか」
その気持ちはわからなくも無いが、自分中心に考えている所が何とも竜兄らしい。
そう思っていると竜兄は急に思い出した様な表情でこちらを見てきた。
「そういえばお前、今日ロケット打ち上げるんだってな」
「まぁね」
「これで五回目か…今度は成功するといいな」
竜兄はそう言って曇り空を見上げた。
「今回は崎島先輩の設計だから確率は前より格段に上がってるよ」
俺は昼に美空に言ったのと同じ様に話していると、崎島という名前を聞いた竜兄はとたんに視線を空からこっちに向けて来る。
「崎島ってあの崎島 久美香か?」
「そうだけど…何?」
竜兄の勢いに若干気圧されたが当人は気にする事なく、やがて乗り出していた身を戻してからそうかそうかと頷き一人で笑っている。気持ち悪い。
「いやぁ、お前が謎の美少女や可愛い幼なじみと一緒に部活をやってるとはなぁ。ちゃんと青春してる様でお兄さん嬉しいよ」
「ばっ…!別にそんなんじゃねぇよ。だいたい謎の美少女ってなんだよ。それに美空の事そんな風に思ってたのかよ!」
「ふーん」
何だか盛大に勘違いしている様だが、俺の顔が赤くなるのを見てこの男は更ににやにやしている。しかしこの手の話になると好き嫌い関係なく顔が赤くなるのは何故なんだろうか。
「まぁ、お前の恋の話は置いといて…」
「だからっ…」
「崎島だが三年のこんな時期に、ましてこんな田舎に引っ越して来るなんて不思議じゃないか?それにあの丘の上のでかい屋敷に住んでるって言うじゃねえか。これを謎と言わないでどうするよ」
俺の言葉を聞かず竜兄は話をころころ変えて喋り続ける。聞いているだけて疲れてくるが、竜兄の言う事にも少し思い当たる所があった。こんな所へ引っ越してきた理由も気になるが、それ以上に気になったのは崎島先輩のロケットに対する知識や技術だった。頭が良いというのは直ぐにわかったが会話の端々に出てくる言葉はただの学生とは思えないもので、明らかに専門家のそれだった。なんというか、様々な技術を駆使して空にロケットを打ち上げ、ことごとく失敗し、それでも諦めないという執念に取り憑かれた亡者の様だった。
それにあの日された質問は、確かに先輩を“謎”と言わしめるほど俺の心に引っかかり続けていた。
「…それに高宮の事は何とも思ってないから安心しろ。単に幼馴染ってポジションが羨ましいだけだ…って話聞けよ」
ずっと喋り続けていた竜兄だったが、俺が話を聞いていないのに気付くと声を荒らげた。
「要するに俺が言いたいのは、お前はロケットばかり上げてないでもっと青春を打ち上げろって事だ」
「いや、意味分かんないんだけど」
「時間は待っちゃくれないぞ。男子高校生の青春と言ったら女子との交流。一緒に昼飯食べたり放課後遊びにいったり、そしてちょっと大人の階段を上ってみたり…そういう青春を送れっ、俺の用に!」
「…聞いちゃいねぇ」
俺の周りには人の話を聞かない奴が多い様だ。そう思うとこれ以上何か言う気も失せ、深くため息をついた。
「…ロケットだって立派な青春だ…」
「なんか言ったか?」
俺の小さな呟きは風や波の音にさらわれて竜兄には届かなかった。
「なんでもない…」
「いや、なんか言ったろ今」
「なんでもねぇってば!」
「なんだとぉ!」
しばらく二人でぎゃあぎゃあ言いながら進んでいたが、ほどなくして竜兄は騒ぐのを止めた。
「そろそろ中間地点だ。それじゃ金田、ここは頼んだぞ」
竜兄はそう言ってサムズアップすると、アクセルを深く回しさっさと行ってしまった。俺は小さくなる背中にひらひらと手を振った後、ウォーターバイクのエンジンを止めた。日差しは気持ちがよく、海の揺れる音や潮の香りがした。遠くからは最初のクラスメイトが近づいて来ているのかエンジン音が聞こえる。
俺は一息ついて身体を伸ばし空を見上げたが、相変わらずそこは雲に覆われていた。




