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青空の向こう側へ  作者: 発光ダイオード
雲の向こうへ
2/5

02

俺は今、学校付近の船着場で腕立て伏せをしている。隣では幼馴染の高宮たかみや美空も顔をしかめながら同じように腕立て伏せをしている。


「どうしてっ、私までっ、こんな事っ、してんのかしらっ」

「そりゃっ、お前がっ、遅刻したっ、からだろっ」

「あんたをっ、待ってたからっ、でしょうっ、がっ」


屋上で昼飯を食べていた俺たちは授業の予鈴に気づき急いでここまでやって来たわけだが、着替えだ何だとしている内に時間が過ぎ、結果五分程遅れる事となった。

確かに俺がトイレに行ってなければ間に合ったかもしれないが、何も美空にまで待っててくれと頼んだ覚えはない。そう言い返そうと思ったが、おそらくこいつに一言言えば三倍になって返ってくるだろうし、こっちが折れるまで自分の意見を引かないまである。ただでさえクラスメイトの前で遅刻の代償として腕立て伏せをしているのに、この上更に罵倒を受けるなど考えただけでも気が滅入る。ここは何も言わないでおくのが賢明だと思い、俺はひとつため息をついた。


「金田も高宮も、無駄口垂れてると余計疲れるぞ。ほれ、後十回だ。九…八…七…」


そう言って手を叩きながら俺たちを鼓舞しているのは体育教員の柴田竜雄しばたたつおである。二年前に大学を卒業したばかりの新米教師だが、焼けた肌に短い金髪というのはどう見ても教師には見えない。都会の学校じゃ絶対に就職できそうもない風貌は、いくらここが田舎と言ってもそれを雇ってしまう学校を疑うほどである。しかし、自身がこの学校の卒業生だった事や比較的生徒と近い年齢という事もあり、校内では割と慕われているらしい。かく言う俺も、この人とは家が近所だったので小さい頃は美空と一緒によく遊んでもらっていた。良く言えば世話焼きのお兄さん、悪く言えばその辺のチンピラである。


腕立て伏せを終えた後、更に謝罪の辞を述べさせられ、ようやく授業が始まった。


「先週話したと思うが、今日の授業はウォーターバイクで隣の咲岬さきみさき島まで行ってもらう。お前らずっと学校の周りばかり走っててつまらなかったろ。今日は思い切りエンジン吹かせられるぞ、良かったなっ」


竜兄は自分がバイク好きという事もあってかテンション高く話している。


「この辺りは中心の方の海と違って波が荒れていないから小舟やウォーターバイクでも島を行き来できる。おまけに海も汚染されて無いエリアだから裸で泳ぐ事もできる。島を出た俺が何故そのまま都会で就職しなかったか、それは都会じゃバイクに乗れないからだ。都会の海はここいらの海と違って尋常じゃないくらい…」

「竜兄話逸れてきてるよ。それにそのカッコじゃ都会で就職は無理でしょ」


話が逸れそうになるのを感じて美空は竜兄の言葉を遮った。


「竜兄言うな。お前がそんな呼び方するから他の生徒にもそう呼ばれるようになっちまったじゃねぇか」


竜兄はため息をついたが、美空に竜兄と呼ばれなければこの見た目ゆえ今のように生徒に慕われてはいなかっただろう。


「まぁ要するに、この辺りで暮らすにはウォーターバイクは必要不可欠って事だ。じいさんばあさんだって乗ってるくらいだからお前らもすぐ乗れるようになる」


そう言ってから少し真面目な顔をする。


「ウォーターバイクにしても小舟にしても普通に乗ってる分には安全だ。だがここは世界の果てに近い場所だ。数キロ程南に行けば果てを示す大鷲の像がある。その像を越えると海の流れが一気に変わり、ウォーターバイクじゃ絶対に流れに逆らえなくなる。そして流れの先には海の終わりがあり、あとは“落ちる”だけだ。いいか、大鷲の像には近づくな。そしてそれより奥には絶対に行くなよ」


少しの沈黙が生まれた。大鷲の像を越えるともうこの世には戻って来れない。この辺りに住む子供は小さい頃から親や学校にこう聞かされて育ってきた。中学生までは泳げる範囲でしか海に出なかったのが、いざ行動範囲が広がるとなった途端現実味を帯びたのだった。


「そんな葬式みたいになるなよ。取りあえず頭の隅に入れとけってくらいだ。今回は咲岬島までだから大鷲の像とは方向が違うから安心しろ」


黙りこくる俺たちに対して竜兄は、まぁ落ち着けという様子で話を続ける。


「それじゃあこれから島まで行くが、出席番号順に二人づつ出発してもらう。三十秒後に次の二人だ。それで委員長、お前はスタートの合図を出してくれ」

「りょうかーい。でも竜兄はどうするの?」


呼ばれた美空は元気に返事をする。


「柴田先生な。俺は最初に出発して島で待ってる。あと金田、お前にはここと島の中間地点役を命ずる」

「うげぇ、なんで俺が…てか何中間役って」


いきなり名前を呼ばれたので思わず悪態をついてしまった。


「遅刻した罰だ。何かあったとき中間に人がいた方が色々動きやすいだろ」

「それなら柴田先生が中間やったらいいんじゃ無いですか?」

「それじゃ罰にならんだろ。それにお前は経験者だろ。期待してるぜ」


相変わらずの強引さに負けた俺は心の中でぐぅと唸った。


「ほれ、お前らもさっさとライフジャケット着てバイクに乗れ。早くしないと授業終わっちまうぞ」


それから俺たちはライフジャケットを着て割り当てられたバイクに跨りエンジンを掛けた。辺りはクラス中のエンジン音に包まれる中、出発の準備が整った俺はクラスの先頭に移動した。続いて竜兄も俺の隣にバイクと着け、後ろを振り返り生徒に大声で話しかけた。


「これから出発する。委員長、タイムキーパー頼むな」

「わかりました、いつでもどうぞっ」


エンジン音に負けない様に話す竜兄に対して、美空も負けじと声を大きくした。


「それじゃ行くぞ金田」

「はい」


激しいアクセルの音が響き、俺たちは船着場を離れ咲岬島へと向かって行った。

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