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「大丈夫ですの?」
馬車の中、フェリルはさあ、いざ行かん!とばかりに早く早くと自分の屋敷へ辿り着くことに急いていたが、目の前にいるリアロナの顔色の悪さに気付いて声を掛けた。
「フェリル様、や、やっぱり日を改めようかと思います」
白い顔をしているリアロナにフェリルは心配と疑問と焦燥感みたいなものが交じったような気持ちになった。
「何を言ってるんですの?」
「だって、シグルド様もノウル様も私がノウル様を好きだと思われてるんですよね?よくよく考えたら私、最低な女じゃないですか。そんな風に思われていたなんてすごく恥ずかしくて、自分が情けなくて、もう既にシグルド様に嫌われてるかもしれないし」
「だからその誤解を解くために行くのでしょう?」
「でも、きっと呆れられてます!どうしよう、シグルド様にお会いするのが怖い!やっぱり無理です!帰ります!」
「今更何言ってるんですの!行きますわよ!」
「嫌です!降ろして下さい!無理です、会えないです!」
馬車の中、二人でぎゃあぎゃあと口論する様は淑女らしからぬ行動で、御者は何も聞いていないフリをしてヨーゼント邸へと向かった。
ヨーゼント邸へと入ってしまえば、リアロナは諦めたように項垂れている。
フェリルはふう、と一息吐いて馬車を降りた。
「貴方、いつまでそこにいるつもりですの?」
中々馬車から出てこないリアロナにフェリルは呆れたように言う。
「貴方が馬車から出てこないから、御者が困ってますわ。それに馬車が中々動かないからメイド達からの注目も集まってますわよ」
その言葉を聞いて慌てて出てくるリアロナに、フェリルは世話が焼けると二度目の溜め息を吐いた。
降りてしまうと待ってましたと言わんばかりに馬車が走りだす。
リアロナが名残惜しそうにその馬車を目で追っていることに気付いたフェリルはリアロナを無理矢理歩かせる。
「わ、ちょっと待って下さい、フェリル様!」
「充分待ったわよ」
腕を掴まれ歩くリアロナはやはりまだ腹が括りきれていないらしく、大人しく歩きはしない。
「やっぱり帰りたいです。無理なんです」
「ここまで来てまだ言う気ですの?」
「どうしたんだ、こんなところで」
急に聞こえたその声に、リアロナは絶望したような心浮かれるような相反する気持ちが混ざりあって何とも言えない感情を持て余した。
顔を上げれば、驚いた表情のシグルドがおり、咄嗟に逃げの体勢に入るが意外にもか弱そうなフェリルにがっちりと腕を握られていてその場を離れることが出来ない。
「離して!フェリル様、お願いします離して下さい!」
「貴方はここにきて逃げるおつもりですの!?」
「お願いします!離して……」
沈痛に悲鳴はやがて語尾が弱まり、涙を抑え込むのに必死で言葉を紡げなくなっていた。
何をしているのだろう。
こんなところでフェリル様やシグルド様に迷惑をかけて。
勘違いさせるような行動をとって、ヨーゼントの兄妹には嫌な思いをさせてしまい、シグルド様には婚約破棄を言い渡され、何故のこのことここへ来ることが出来たのだろう。
情けなさや惨めさ、そしてまた拒絶されてしまうのではないかという恐怖。
それらが混ざりあってリアロナは本日二度目の涙腺が崩壊した。
「リアロナ嬢!?」
泣いていることに気付いたシグルドがギョッとした声でリアロナを呼ぶが、その声に振り向くことなど到底出来ない。
こんな顔を見せることなど出来るはずがない。
「また貴方泣いてるんですの?」
呆れた声でいうフェリルにシグルドが睨み付ける。
「フェリル!」
「何ですの?そもそもシグルド兄様が悪いんじゃない!ちゃんと話し合わないからこんなことになるのよ!!」
後はシグルド兄様にお任せしますわ、とリアロナの腕を離すとフェリルは屋敷へと引っ込んで行った。
腕を解放されたリアロナは逃げるどころか涙を抑えるのに必死だった。
ハンカチを目にあて、ひっくひっくと泣いている。
そんなリアロナにシグルドは何故こんなことになっているのかもリアロナの涙を止める方法もわからず、こんな状態で放置した妹を恨みたい気持ちになったが、とりあえず場所を移動しようと思った。
先程からメイド達の好奇心の視線が痛い。
「リアロナ嬢、とりあえず場所を変えよう」
何の反応も返ってこないが、シグルドはリアロナの肩を優しく抱き、庭にある休憩に使うテーブルへと連れていった。
そこに着く頃にはリアロナの涙も収まっていて、椅子を引いてもらい座る頃には「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」と頭を下げた。
「いや、それはいいが。どうしたんだ?」
俯いたままシグルドの顔を見ることが出来ない。
それでも先程のフェリルとの会話を思い出して、ちゃんと誤解を解かなければという気持ちにはなっていた。
けれどそれを中々切り出せずにいる。
無言のリアロナにシグルドも無言のまま返事を待ってくれているようだった。
意を決してリアロナはまず、この3日間一番聞きたかった質問をした。