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【にくゑ】ある田舎の村が焼失するまでの全記録。【禁断の因習村百合ホラー】  作者: カクナノゾム


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8/51

 帰り道、清音と二人で学校からの道を歩く。

 舗装されていない道は小さく土埃が舞っていた。


 今日一日、清音はまるで姉のように甲斐甲斐しく梓の世話を焼いてくれた。

 言葉少ない清音だったが、梓には彼女の静かな優しさが心地よかった。


 二人で並んで進み、村の中央、商店がポツポツと立ち並ぶ一番賑やかな通りへ出た。

 通りには学校から帰る子供たちや、買い出しに出ている村人の姿がちらほら見えた。


 と、見覚えのある老婆が梓に笑みをかける。

 胡瓜をくれたあの老婆――お福さんだ。


「おお、弓子さんの娘さん! 村には慣れたかの?」


「はい、いいところですね」


 そして当たり前みたいに続ける。


「夜道は中央を歩きんさい。端に寄ったらいけんよ。挨拶は三度な。それから、笑顔を忘れちゃあいけん」


 その言葉に、近くを歩いていた村人たちも頷きながら同じ調子で繰り返した。

 「夜道は中央」「笑顔は3度」「笑顔を絶やさず」

 声が重なり、調子が揃っていく。まるで事前に示し合わせたかのように。


 そして、最後にひとりの老人が低く付け加えた。


「忘れたら……にくゑ様が目を覚ますけぇな」


 にこやかな顔が一斉にこちらを向いたとき、梓は気づいた。三回の笑みを浮かべる全員の笑顔の角度が、まったく同じだった。


 (みんな同じ……仮面みたいに)


 じっとお福が見つめる。梓は言葉に詰まり声が出ない。清音がそっと一歩前に出た。


「三回微笑まれたら、こちらも三回で返して。それが決まりなの」

「う、うん」


 いわれるがままに梓は三回笑みを浮かべる。


「うむ、清音様が一緒なら、大丈夫じゃ」


 村人たちは、挨拶を交わすと去っていった。


「……ねえ、さっきのにくゑ様って、何?」

「……まだ知らんでいい。知らん方が、楽だから」

「でも、みんな普通に言ってた。村を守ってるものなんでしょ?」

「梓……だめ」


 深呼吸をして言い直した。


「……あなたはまだ、この村の人じゃない。知らん方がいいことがあるの。だからね――他の誰にも聞いちゃだめ」


 梓は頷くしかなく、メモに書き残す。

 スマホをメモ代わりに使ってもいいのだが、梓は紙のメモ帳が好きだったのだ。



 § § §



 少しの違和感はあったが、村での生活は穏やかに過ぎていく。学校の生活も楽しかった。


 放課には皆とおしゃべり。

 美穂が話しかけてくれる。


「梓ちゃん、もう慣れたと? この教室、ぎゅうぎゅうじゃろ」

「うん。でも、東京の学校ももっと狭かったよ。朝の電車なんて、押しつぶされそうになるくらい」

「えっ、電車!? ほんとに押しつぶされるんか!」

「立ったまま動けないくらい。駅員さんが後ろから押して、やっと乗れるの」


 あゆみも身を乗り出して話してくる。

 人懐っこいい子だと思う。


「東京って、原宿ってとこあるんやろ? 雑誌で見たとよ! カラフルな服とか、かわいいカフェとか」

「うん、あるよ。駅前はすごい人だらけ。歩くのも大変なくらい」


 あゆみは頬を赤らめ、夢見るように呟いた。


「行ってみたかねぇ」


 だが次の瞬間、あゆみの表情は変わらないまま、声の調子だけが少し低くなった。


「でも、夜道は中央を歩かんとね」


 美穂が続く。


「笑顔は三度じゃ。忘れちゃいけんとよ」


 健太も頷いた。


「笑顔を絶やさんことが一番大事なんじゃ。まあ迷信のたぐいじゃけどな」


 三人とも同じ表情で、当たり前のように口にする。あゆみが言葉を継いだ。


「そうじゃ、もうすぐお祭りもあるんじゃよ。にくゑ様をたたえるお祭り」

「そうじゃ、そうじゃ、なんもないこの村じゃけんど、祭りはええよ」

「お祭り、あるんだね」

「そうじゃ、成人の祭りで十七の子供が主役じゃ。ちょうど僕らが主役じゃけん」


 美穂が説明を引き取る。


「この祭りが終わると、村の中では一人前ってされるんよ。そしたら外に出て行けるけん」

「それじゃ、皆村の外には出たことないの?」

「じゃから、外から来た梓ちゃんには、色々聞きたいことがいっぱいあるとうよ」


 梓は曖昧に笑い返しながら、ノートの端に書き込んだ。

 ――笑顔は三度。夜道は中央。

 ――にくゑ?


「メモを取ってるのね」


 清音が覗き込んできた。


「うん……忘れないように」


 梓が答えると、清音は微かに微笑んだ。


「几帳面なのね。私は覚えてるだけだから」


 二人のやり取りを、斜め前に座るあゆみがじっと見つめていた。清音が梓にだけ見せる、特別な表情を見逃さずに。

 あゆみは自分のノートを開くと、鉛筆を握った。そして、梓の真似をするように、何かを書き始めた。

 でも、書いているのは覚書ではなかった。


 それは名前。

 あゆみは「清音」という名前を、ただそれだけを何度も何度も繰り返し書いていた。

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