居なかった子供たち 弐
清音は瞳を細め、微笑みを浮かべた。その微笑は哀しみとも慈しみともつかず、ただ梓を見つめるためだけにあった。
「ああ……本当に、貴方は特別。何故なのかしら?」
その囁きは、世界で梓ひとりに向けられたものだった。
「でもね、梓。この村で生きてゆくなら合わせなさい。それが貴方の為でもあるわ」
胸を抉るような言葉。けれど、その声は驚くほど優しく、慰めるように響いた。
梓は泣きじゃくりながら、清音の肩に額を押しつけた。世界から見放された孤独の只中で、清音だけが唯一の拠り所に思えた。
清音の冷たい指先は、梓の手を離さなかった。涙を拭うこともできずに縋り付く梓を、そのまま受け入れている。
教室のざわめきが遠のき、二人だけが切り取られたような静けさに包まれていた。
「なになに、何ヒソヒソ話してるの?」
その時――前の席から、あゆみが振り返った。
二人の間に割り込むように、あゆみは笑顔だった。いつもと変わらぬ、快活で人懐こい笑顔。けれど瞳の奥に、鋭い棘のような光が潜んでいた。
「あゆみちゃん! あゆみちゃんは覚えてるよね? だって二人を出て行くところを見送ったじゃない!」
「なんの話?」
「健太くんと美穂ちゃん!! あんなに仲が良かったのに!」
「梓ちゃん、何言いよるん? そげな子、最初からおらんかったじゃろ」
柔らかな声色に、妙な冷たさが混じっていた。
――嘘を、ついている。梓の胸に奇妙な確信が浮かぶ。
あゆみ、二人のことを覚えている、そんな気がする。
清音に寄り添う梓を見て、その笑顔がほんの少し歪んだのを梓は見逃さなかった。
「そんなはず……」
喉が詰まり、言葉が続かない。
昨日まで一緒に笑っていたはずの友達が、存在ごと消されている。
しかも――それを覚えているはずのあゆみまで、知らぬ顔をしている。
「変な梓ちゃんじゃね。清音、行こう?」
梓に勝ち誇ったような笑みを浮かべると、あゆみは清音を手招きして立ち上がる。
清音は梓に目をやるが、そのままきびすを返し教室を出て行く。
胸の奥がひゅう、と冷たくなる。
――まただ。また一人だ。
過去の孤独が、暗い水の底から甦ってくる。
どれほど友達を得たと思っても、気づけば自分だけが置き去りにされる。
涙で滲む視界の中、梓はただ清音の手のぬくもりだけを思い出していた。
(ああ、やっぱり貴方は特別)
清音のあの言葉が、まだ胸に響いている。
思えば、最初から運命的なものを感じていた。
村長の家で初めて清音を見た時――陶器のように白い肌、氷を秘めた瞳。
母が亡くなってから凍りついていた心が、清音を見た瞬間に動き出したのを覚えている。
あの時の胸の高鳴り。
母の死以来、何を見ても感じなくなっていた感情が、一気に蘇った瞬間。
それから毎日、清音の隣に座り、声を聞き、時折触れ合う指先に震えた。
学校でも、帰り道でも、清音がいるだけで世界に色が戻った。
そして昨夜――
村で出会った、様々な奇妙な出来事や、掟。それに戸惑う私を清音だけが理解してくれる。
孤独の中で、清音だけが光だった。
運命の人だと確信した。
だから、言葉にした。
洞窟の祠で、灯明の炎に照らされながら――
「私、清音のことが――好き」
告白の時、清音の表情が変わるのを見た。驚きではなく、むしろ悲しみに似た何かが、その瞳を曇らせた。
「……応えたい。でも、今はできないの」
優しい拒絶だった。
嫌いだからではない、むしろだからこそ――清音はそう言ってくれた。巫女としての立場、にくゑ様のこと、村の秘密。少しずつ話してくれた。
それでも、結果は変わらない。
想いは受け入れてもらえなかった。
ひとりぼっちになった教室で、梓は思う。
――知らなければいけない。何故、誰も美穂たちのことを覚えていないのか。




