佐藤沙織 新生活最初の夜
荷物はまだ片づいていない。段ボールが積み上がる居間に布団を敷き、三人で横になった。
陽一は疲れたのか、横になるとすぐに眠りについた。
小さな寝息が規則正しく響いている。
隣で俊夫が寝返りを打ち、沙織の腰に腕を回した。ごつごつした掌が布団越しに触れ、熱が伝わってくる。振り向くと、どこか少年のように照れた笑みを浮かべていた。東京で擦り切れていた顔ではなく、若いころの面影を宿した表情だった。
布団の中で身体を寄せる。互いの指が絡み、すぐに汗ばむ。ぎこちない触れ方から、やがて力強く抱き合う。長い間すれ違ってきた夫婦の、失われていた時間を取り戻すように。
唇が重なり、息が荒くなる。俊夫の胸板はかつてより厚く、体温は火照った鉄のように熱い。押しつけられたとき、思わず沙織の喉から声が漏れた。
――やっとここまで来られた。
東京では押し潰されそうだった日々。終わりの見えない苦しみの中で、何度心が折れそうになったことか。それを思えば、今こうして家族で横になれることが奇跡のように思える。
ここでなら、この子は元気に育ち、夫も笑顔を取り戻せる。きっとやり直せる。そう信じたかった。
だが、ふと梓の言葉がよぎる。
「掟のこと、もう聞かれましたか?」
「この村は、ちょっとおかしいんです。気をつけた方がいいかもしれません」
あの一瞬の沈黙が、胸の奥で薄い膜のように広がっていく。少女の真剣な瞳。そして、村人たちのあまりにも揃った笑顔。
外から、甘い匂いが流れ込んできた。草いきれのようでいて、どこか重く、生臭い。
田舎の匂いだよと俊夫はいってた。そんなものなのだろうか? 俊夫自体田舎の出ではないはずだが。
愛を交わし合った疲れか、俊夫はすぐに眠りについた。
本当は昔のように終わった後も言葉を交わし、体温を確かめ合いたかったが陽一が隣で寝ていることを考えるとそれも躊躇われる。
二人の寝顔を見ながら、沙織は小さく頭を振った。
「うん、大丈夫。ここでなら、やり直せる」
そうつぶやき、二人の寝顔に微笑みかける。
胸の奥に小さな棘のような違和感を抱えたまま、沙織は目を閉じた。
新しい生活の最初の夜は、静かに更けていった。




