初恋 弐
「氷に眠る水音、かぁ。じゃあうちは……"氷に沈んだ心臓"にしとこかな」
清音は小さく笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。
けれど梓には、その沈黙の奥で何かがきしんでいる気がしてならなかった。
あゆみの鉛筆が走る音がやけに大きく響いた。
わざとらしい言葉遊びに返す言葉が見つからず、梓はただノートを抱きしめるように閉じた。
清音は目を伏せ、静かに机に指を置いている。その横顔は穏やかに見えるのに、どこか遠い。
――沈黙が重くなる。
梓は胸の奥で、さっきまで確かに触れていた清音の指先を思い出していた。冷たいのに熱い、矛盾した感触。それが心にまで残っていて、想いを早めている。
トクン、トクンと心臓が高鳴る。
この気持ちはいったいなんなんだろう?
――これは恋だ、と、梓ははっきり理解した。
(私は清音に恋している)
胸の中で言葉にすると、すっとその意味が心に染みこむ。街で男子に告白された時には、こんな気持ちにはならなかった。
(きっと……これは初恋)
その瞬間、あゆみが顔を上げた。
わざと何でもないような調子で、けれど梓の耳には鋭く響く声で言った。
「そういえば、聞いた? 健太と美穂が、村を出ようとしたんとよ」
鉛筆の先が机にぶつかり、梓の指から転がり落ちた。
あまりに唐突で、意味をつかむのに時間がかかる。
「……村を、出る?」
問い返す声は震えていた。
あゆみは肩をすくめ、すぐに笑顔を作った。
「親に止められたらしいけどね。うちも詳しいことまでは知らんとよ」
軽い口ぶり。それなのに、梓の胸の奥には重く沈むものが残った。
この村から出ようとした――その言葉が、なぜか清音と自分の間に影を落とす。
清音の横顔を見た。彼女は何も言わない。ただ、机の上の光の粒をじっと見つめている。
その沈黙が、梓には返事のように感じられた。
胸の奥で鼓動が乱打する。
甘くて、熱くて、そして不安に染まっていく。




