ブリッジ
黒の長衣を身にまとった男は小さく呟いた。
「これは、大変な事態だな」
それが、最後の紙片を読み終えたときの、率直な感想だった。
泡の中の世界。その更に小さな事象を読み解くのは大変なことだ。
――だがその価値はあった。
記録は断片的だ。
インクは滲み、行は焼け、いくつもの言葉が欠けている。
——だが。
不思議と、全体像は崩れていない。
むしろ逆だ。
欠けているはずの部分まで、
そこにあるものとして補完されている。
紙は増えていない。
だが、確かに“情報”は増えている。
「……侵蝕、か」
記録そのものが、こちら側へ滲み出している。
あり得ない現象だ。
——だからこそ、価値がある。
黒衣の男は紙片を揃え、机の上に置いた。
これは、すでに終わった出来事。
今更干渉は出来ない。
だが、今もなお、これはどこかで進行している。
ならば、観測しよう。
どこから始まり、どこで歪んだのか。
——その起点を。
今読んだのは、ある少女の記録。
矢野梓。
彼女が村に足を踏み入れた、その日から。
劫火の終焉まで。
そして、もう一つの世界にこれが侵蝕し始めている。
それは確定しつつある終焉世界。
だが、まだ間に合うかも知れない。
「行こう、メイサ!」
「主様、今回は何の役どころですか? 執行者? それとも断罪者?」
男の呼びかけに、どこからともなく透き通った女性の声が響く。
「今回は……」
男はふわりと笑みを浮かべる。
銀の鎖を鳴らし、長衣の裾を翻して男はその場を後にした。
§ § §
第二部 「終焉の探偵」へ続く。




