145/208
断片|井戸のそばで
【メモ帳より】
村に来て三日目。雨が降っていた。
学校の帰り、村の外れの井戸のそばで、清音を見かけた。
制服の白いシャツ。でも足元は泥だらけで、じっと井戸の底を見つめていた。
「何してるの?」
声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
その瞳は、深くて暗い水溜りみたいだった。
「神様を呼んでるの」
彼女は鈴を転がすような声で言った。
「でも、今日は返事がないみたい」
それから、帰り道に井戸のそばで立ち話をするようになった。
清音は時々、不思議な歌を歌ってくれる。
「いちに、にくゑが落とし肉」
「さんし、静かな夜の後」
「ごろく、喜んで次の子を」
数え歌みたい。意味なんて、今はまだわからない。
ただ、そのメロディが心地よくて、私は隣でずっと聴いている。
ある日、清音が私の手を取って言った。
「梓ちゃん、あなたは私を助けてくれる?」
私は訳もわからず「うん」と頷いた。
その時、清音が見せた一瞬の笑顔。
あれが、この村で見た中で一番綺麗なものだと思う。
(欄外に、後から書き足したらしい鉛筆書き)
――あとで気づいた。あの歌は、洞窟の板に彫られていた歌と、同じ節だった。




