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にくゑ【ある世界が終焉を迎えるまでの道程。そして――】終焉の探偵  作者: カクナノゾム
第一部 にくゑ

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根元あゆみ 冷たい鋼

 冷たい鋼が、少女の身体から抜ける音がした。

 白い霧に朱い飛沫が舞い散る。

 梓の体が、ゆっくりと崩れた。

 清一の祈りが途切れ、清音がようやく振り向いた。


 霧がざわめき、凍り付いたような時間が動き出す。


「あゆみっ! 今すぐ――」

「ダメじゃ、やめろ、清音ッ!」


 清音が口を開きかけると、あゆみを引き剥がしながら清一が叫んだ。


 清一の制止に、清音は唇を噛みしめ、口を閉じる。きつく閉じた唇の端から一筋の血が流れ落ちた。清一の肩から、わずかに力が抜けた。清音は明らかに逆上していた。放っておけば、巫女の力を用いてあゆみを殺してしまっていたかもしれない。


「梓ッ!」


 身を翻し、清音が駆け寄る。愛おしい人の元へ。


「しっかりして、梓ッ! 梓ッ!」


 必死の呼びかけ。だが梓の意識は戻らない。


「清音! せ、先生を起こすんじゃ!」


 清一が慌てたように声を上げる。あゆみは清一に取り押さえられ身動きが取れていない。


 清音は地面に倒れていた吉川の体を揺り起こすと、吉川は短くうめき声を上げ、目を開いた。


「……あれ……私は……?」


 吉川の目の焦点が合わない。清音が唇を噛む。


「先生、大変じゃ! 梓がっ! 梓がッ!」


 吉川は額を押さえた。

 頭が重い。記憶をかすめ取られるような、奇妙な痛み。

 だが記憶は保持されている。目をはっきり開けると血相を変えた清音の顔があり、鉄錆の匂いが漂ってくる。


 その方向に目を向けると――


「……梓さん! 一体どうしてっ!」


 梓が血を流して倒れていた。

 吉川は一気に身を起こし、梓のもとへ駆け寄る。

 白衣の袖が霧を切る。


「腹部の刺創、深い。肝臓に届いているかもしれない。脈は速くて弱いが、まだ触れる。……清音さん、包帯か布を。早く!」


 清音は震える手で、巫女服の袖を裂いた。

 吉川がそれを受け取り、手際よく傷を圧迫する。一瞬、清音の腕が吉川の目に入る。腕の皮膚が、何かが下で蠢くように波打っていた。


 吉川はそれをあえて無視すると、梓の傷口に指を這わす。指先が赤く染まる。温かい。


「急げば間に合う。診療所へ運びます!」


 清音は何も言わず、ただ頷いた。

 霧の向こうであゆみの腕をつかんでいる清一が立っていた。

 表情は読めない。

 けれど、その声だけが低く響いた。


「……こんバカ娘はわしと清音が預かりますけぇ、先生は行きんさい。その娘を頼んます!」


 梓の傍らにしゃがみこんでいた清音が顔を吉川に近づける。


「……記憶はあるんね?」


 小さな声で問いかけた。

 吉川は悟る。清音が自分の記憶を残しておいたのだと。


「このままでええ。忘れんで。この夜を、わたしたちを。忘れんでいてくれたら、それでええ」


 吉川はその言葉の意味を胸の奥で反芻し、静かに頷いた。


「……わかりました。彼女を診療所に運びます」


 霧が、少しずつ晴れていく。

 夜明けが近い。

 東の空がわずかに白み始めていた。


 吉川は梓を抱え、足元を確かめながら山道を下りていった。

 血の跡が霧に溶け、誰のものかも分からなくなる。


 清音は立ち尽くしていた。

 梓の血が、自分の指に残っている。

 その手を見つめ、かすかに笑った。


 ――まだ、間に合う。


 洞窟の方でまるで何かが眠りにつくように、風が鳴いた。

 井戸の蓋が音を立てる。

 神は眠り、村はまた均衡を取り戻していく。


 清一が井戸のそばに立ち、静かに言った。


「……これでええ。祭りはもうすぐじゃ」


 神官で、父親である清一の言葉に、清音は小さく頷いた。

 けれど、その瞳の奥には、清一には窺い知れない何か、妖しい光が浮かんでいる。


 霧が完全に晴れたとき、古井戸の周りには誰の姿もなかった。



 § § §



【筆者後書き】


あとが


終わました。

これで、いいんですよね?

やくそく、はたせましたか?

 ここまでのご愛読、ありがとうございます。

 少しでも先が気になるな、と思われましたらお気軽にブックマークしてくださいね!


 そして、面白い! と思われましたら是非☆☆☆☆☆で応援してください!

 ランキングが上がれば、より多くの人に届きます。

 貴方の応援で、どうかこの物語を広げて頂けると!!


 コメント、レビューなども大歓迎です。

 大長編ですが、追いかけて頂いて後悔はさせませんよ!

 全話投稿済みなので、どうか最後までお楽しみ下さいませ。

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