第60話 光が、消えた
戦場に、焦げた土の匂いが漂っていた。
倒れた兵士たちの間で、リオはゆっくりと立ち上がる。
胸の奥で、何かが燃えていた。
エルバの最後の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
目の奥が熱くなるのを感じた。
「……許さない」
その瞬間。
リオの胸元に刻まれた精霊紋が青白く輝いた。
光が脈打つ。
空気が震える。
アストルが驚いた声を上げる。
「リオ……!」
光が渦を巻き、少年の体を包み込んだ。
今までとは比較にならないほどの青白いオーラが、リオの全身を包み込んでいた。
それは、これまでとは明らかに違う力だった。
リオはゆっくりと顔を上げる。
その視線の先に――ディアスが立っていた。
銀の長髪が風に揺れている。
まるで何事もなかったかのように。
「……やる気になったようだな」
ディアスは退屈そうに呟いた。
リオの足が地面を蹴る。
次の瞬間、姿が消えた。
爆発的な加速。
剣が振り抜かれる。
だが――
キィン。
乾いた音が戦場に響いた。
ディアスの剣が、軽く受け止めていた。
「速くはなったな」
リオは息を荒げる。
それでも止まらない。
エルバに倣った動きを、リオは必死に再現する。
斬撃。
踏み込み。
連撃。
教官の剣筋をなぞるように、光を纏った剣が何度も閃く。
リオはダークボールの雨をすり抜け、強引に間合いへ踏み込んだ。
キィン。
激しい火花が散る。
剣と剣がぶつかり合い、つばぜり合いになる。
力比べ。
だが次の瞬間。
ディアスの膝がリオの腹に突き刺さった。
衝撃で体が浮く。
「ぐっ……!」
そのまま蹴り飛ばされる。
リオは地面を滑りながら体勢を立て直す。
ディアスは一歩で距離を詰めた。
低い姿勢。
鋭い突き。
リオは咄嗟に剣を立てる。
ガキィン。
重い衝撃が腕に走った。
突きを受けた反動で、リオの体が後ろへ弾かれる。
その視界の端に――地面に転がる盾が見えた。
ファルトの盾だ。
リオは転がりながらそれを掴み取る。
次の瞬間、盾を構えたまま突撃した。
ダークボールが盾に叩きつけられる。
衝撃が腕に響く。
それでもリオは止まらない。
盾の影に体を隠しながら、一気に距離を詰める。
そして――
リオは盾を思い切り投げつけた。
回転する盾がディアスの視界を塞ぐ。
その瞬間。
リオの体が跳ね上がった。
リオの周囲で渦巻いていた青白いオーラが、一気に剣へと収束する。
「――ホーリー・ブレイク!!」
上空から振り下ろされる一撃。
ディアスは盾に視界を奪われながらも、反射的に剣を構えた。
ガァン。
激突。
凄まじい衝撃が地面へ叩き込まれる。
足元の大地がめり込んだ。
だがディアスは動かない。
振り下ろされた剣を、自らの剣で受け止めていた。
衝撃で地面がめり込み、土が砕け散る。
それでもディアスの足は一歩も下がらない。
リオの渾身の一撃は――止められていた。
「それが、お前の限界か」
その一言が、リオの胸を抉る。
次の瞬間。
ディアスの足元に闇が凝縮した。
「闇精霊魔法――《ダーク・ランス》」
地面から黒い槍が噴き上がる。
リオの体が直撃を受け、弾き飛ばされた。
「ぐあっ……!」
土煙を上げながら、リオの体が戦場を転がる。
一瞬で距離が開いた。
アストルが叫ぶ。
「まだだリオ!!」
リオは顔を上げる。
アストルが何をしようとしているのか、分かった。
「……アストル」
短く息を吸う。
「お願いだ!」
その瞬間、光が再び集まり始める。
戦場の空気が震えた。
精霊の力が収束していく。
リオの周囲で、無数の光粒が渦を巻く。
それは槍の形を取っていく。
「いけるぞ……!」
アストルが叫ぶ。
リオは歯を食いしばる。
体中の魔力を引き絞る。
「終わらせる……!!」
光が一点に収束した。
――《黎明の槍》
閃光が走る。
空間を貫く一撃。
光の槍が一直線にディアスへ向かった。
その威力は、戦場の空気すら裂いていた。
だが。
ディアスは一歩も動かなかった。
ゆっくりと手を上げる。
「……その程度か」
闇精霊エクリプスが、呆れたように声を漏らす。
「はいはい」
エクリプスが軽く羽ばたいた。
黒い魔力が一点に収束する。
ディアスが静かに呟く。
「光は闇に呑まれ」
エクリプスが楽しそうに続けた。
「万象よ虚無へ沈め――《ダーク・ヴォイド》」
闇が広がる。
足元から黒い魔力が立ち上がった。
蝶のような影が舞う。
闇精霊エクリプス。
黒い魔力が球体となり、光を迎え撃つ。
周囲の音が、消えた。
次の瞬間。
光が、消えた。
完全に。
まるで最初から存在しなかったかのように。
リオの目が見開かれる。
時間が一瞬だけ止まったように感じた。
「……え」
アストルも言葉を失う。
残ったのは、静かな闇だけだった。
ディアスは退屈そうに息を吐く。
「拍子抜けだな」
その言葉と同時に。
リオの体から力が抜けた。
膝が地面につく。
魔力はもう残っていない。
呼吸が荒い。
視界が揺れる。
ディアスがゆっくりと歩き出す。
処刑人のような足取りだった。
「もう終わりか」
光の導き手――。
子供のころから、悪魔のような存在だと聞かされていた。
だが。
「……この程度か」
ディアスはゆっくりと剣を持ち上げる。
とどめを刺すための、迷いのない動作だった。
その時――
女の声が響いた。
「やめて!!」
叫び声が戦場に響いた。
リオの母、サビアだった。
彼女は必死に駆け寄り、リオの前に立ちはだかる。
「母さん!だめだ!!」
リオが叫ぶ。
ディアスは目を細めた。
わずかに手が止まる。
耳元でエクリプスが小さく囁いた。
「……いいのか?」
ほんの一瞬の沈黙。
だが次の瞬間、ディアスの瞳から迷いが消えた。
「関係ない」
闇の魔力が集まり始める。
ディアスが腕を振り上げた、その瞬間――
「おらぁぁ!!」
何かが戦場に投げ込まれた。
地面に突き刺さったそれは、奇妙な装置だった。
次の瞬間。
バチッ――と音を立て、光の線が地面に走る。
「なっ……?」
ディアスがわずかに眉をひそめ、未知の魔法に警戒するように半歩だけ距離を取った。
円形の魔法陣が展開する。
聖なる光が戦場を覆った。
結界。
ディアスの闇の魔力が、わずかに揺らぐ。
「いちちち……」
土煙の向こうから、男が立ち上がった。
ダリウスだった。
肩を押さえながらも、ニヤリと笑う。
「間に合ったか……」
ダリウスは地面に突き刺さった装置を親指で示す。
「エルヴィンが徹夜で改良してたやつだ」
「名前が長ったらしくて忘れちまったが……まあ、結界装置の改良版だ」
リオの方を見て、親指を立てた。
その姿を見た瞬間。
リオの顔に、信じられないという表情が浮かんだ。
「ダリウス……!?」
予想もしなかった味方の登場に、胸の奥に熱いものが込み上げる。
思わず笑みがこぼれた。
その瞬間。
――パンッ。
乾いた音が響く。
煙玉が弾けた。
黒い煙が戦場を覆う。
一瞬、戦場の気配が消えた。
その瞬間、影たちが動いた。
リオ、サビア、ダリウスの体が、ふわりと後方へ引き寄せられる。
三人は影の部隊に抱えられるようにして、強引に戦線の後ろへ移動させられた。
煙の中で――何かが動いた。
最初は一つの影だった。
だが、違う。
地面に落ちていた“影”そのものが、ゆっくりと立ち上がったのだ。
一つ。
また一つ。
黒煙の中から現れたのは、黒装束の集団だった。
クロキリ率いる――影の部隊。
王国では、存在だけが噂されていた部隊。
王の影。
その者たちが、今――初めて戦場に姿を現した。
影たちは無言のままリオの前に並ぶ。
その中央から、一人の男が歩み出た。
クロキリだった。
煙の向こうで、ディアスを真っ直ぐ見据える。
そして静かに告げた。
「王の安全は確保した」
肩をすくめる。
「陛下に言われたよ」
わずかに笑う。
「私よりリオを助けんか、とな」
後方へ下げられたリオは、きょとんとした顔でその光景を見ていた。
突然現れた影の部隊。
そして、無言のまま立ち並ぶ黒装束の兵たち。
ディアスの視線がゆっくりと戦場をなぞる。
黒い煙の奥から――さらに影が現れた。
一人。
また一人。
まるで地面から滲み出るように、影が増えていく。
エクリプスが楽しそうに笑った。
「おいおい、ぞろぞろ出てくるじゃないか」
小さく羽ばたく。
「そりゃそうか」
ディアスの肩の上でくるりと回る。
「だってここ、相手のホームだぜ?」
ディアスは何も答えない。
ただ静かに剣を構えた。
それに呼応するように、クロキリも一歩前へ出る。
影の部隊が一斉に構えた。
戦場の空気が張りつめる。
その瞬間――
戦場の空気が、不自然に歪んだ。
まるで見えない何かが、この場に割り込んできたかのようだった。
ディアスの耳元に、黒い魔法陣が浮かび上がった。
第60話「光が、消えた」を読んでいただきありがとうございます。
王都戦もついに大きな山場となりました。
エルバの死をきっかけに、リオはこれまでとは比較にならない力を引き出します。
しかし、それでもなお届かない壁――それがディアスでした。
全力の一撃《黎明の槍》。
そして、それを呑み込む闇。
まさにタイトル通り、
「光が、消えた」瞬間だったと思います。
それでも戦場は終わりません。
ダリウスの乱入、そしてついに姿を現した王国の影――クロキリ率いる影の部隊。
王都の戦いは、まだ終わっていません。
そして最後に現れた“通信”。
その内容は、次回で明らかになります。
次回もぜひ読んでいただけると嬉しいです。




