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ライカンスロープ  作者: 葉倉千緒
9/15

変身

翌朝。空が白みはじめた頃、曇り空から青黒い光がレオパレスの一室を包み込んだ。


「……ん?」

ベッドの上で、長谷川は徐に瞼を開ける。


「朝……」

枕元の時計を見遣る。デジタルの文字が5時17分を示していた。


「まだ早いな……」

昨晩は早く寝入った分、起床も早まったのだろうか。いつもより早い時間だ。


「あれ、クローゼットが開いてる……」

冴えない頭で昨晩の記憶を辿る長谷川。


「ああ、俺ってば、クローゼット開けっぱなしで寝たんだな」

合点が行くと、クローゼットの扉に手を掛けた。ただ、鏡に姿が写ったときだった。


「あれ、あれぇ?」

目の前にあったのは見慣れた顔でなかった。


「……俺、黄色のカラコンなんて入れたかな?」

鏡に顔を寄せ、目を見開く。潤んだ、大きな瞳が写る。アジア系の黒色の瞳でなく、色素が薄い瞳孔がそこにはあった。しかし、変化は瞳だけではなかった。


「……犬?」

鏡の中に、二本足で立つイヌ科と思しき獣がいる。鏡が嘘を吐かなければ、目の前の獣は長谷川自身のはずだ。


「ああ、俺、マスク被って寝たんだ」

自身でも覚えがないが、きっとそうなのだろう。そう思い、頭からマスクを外そうと立ち耳を握ったときだった。


「痛っ」

頭上の耳に痛覚が走る。


「あれ? マスクの耳なのに、何で痛い?」

神経が通っていないから痛覚などあるはずもない。そして、音も顔の横からでなく頭上の耳から聞こえる。しかも、普段よりクリアに。レオパレスから遥か先で囀ずる小鳥の声が頭の中で響き渡るほどだ。


「ちょ、ちょっと、え?」

優しく耳を摘まんで上に引っ張ると、顔の皮膚もつられて動く。手を離し、耳だけを動かしてみても動く。随意筋で耳は繋がっているようだ。


「ま、ま、ま……え?」

目をしばたかせる長谷川。先程は気付かなかったが、瞼も毛に覆われている。


「あ、う、ええ!?」

次の発見は口だった。昨晩の試着では、声はマスクのマズルの中で自らの口が動くだけだった。発した声もマズルの中で籠るだけだったし、無表情なマスクだったはずだ。しかし、今はマスクの顔が長谷川の戸惑いや驚きを克明に表現している。


「え、えっ、ええ!?」

寝起きから次々と起こる事態に、長谷川に焦りが生まれた。耳を摘まみ、力一杯にマスクを脱ごうとした。


「痛っ! 痛い痛い痛い!」

顔中に痛みが走る。マスクに神経が通っているようだ。


「……ぬ、脱げ、ない?」

マスクは引っ張っても長谷川の頭から外れてはくれなかった。


「お、落ち着こう……上から引っ張っても駄目なら、下から」

プロレスのマスクマンがマスクを剥ぐように、長谷川は首に手をやった。


「あ、あれ……?」

しかし、マスクの毛と人間の肌の境目がない。


「ど、どういうことだ!?」

全容を確かめようと、長谷川は身に付けていたジャージとボクサーブリーフを脱ぎ捨てて全裸になった。


「う、嘘……!」

灰色の毛が長谷川の体をくまなく覆っていた。昨晩の試着では、自身の柔肌が所々で露出する場所があったはずだ。しかし、今はそれがない。人間であった肌が獣の毛皮となっている。マスクも獣の体毛と一体化し、指を入れる隙間など無かった。


「えっ、ええ!?」

下半身の変化にも驚きを隠せなかった。亀頭の半分が包皮で覆われた仮性包茎だった長谷川の陰茎が、カリ高の完全露茎の陰茎になっていた。しかも、AV男優の黒人ですら裸足で逃げ出すほどのサイズを誇っている。


「んえっ!?」

内股を擽るものがあった。そして、その正体を知って長谷川は更に驚く。


「尻尾だ……」

毛皮パンツの付属品だった尻尾、それが長谷川の感情に応じて動作している。尾てい骨あたりに感覚もあった。


「……ええええええええ!!!!????」

数々の身体的な変化を目の当たりにして、長谷川は声を上げる。


「んんっ、んんん!!!!」

そして、最後の足掻きとばかりに、マスクと身体中の毛皮を引っ張って脱ごうとする。


「……痛たたた。と、取れない……脱げない……」

一通り、出来る限りの抵抗を試したが、マスクと毛皮は長谷川の体と融合したようで、元の人間の姿に戻ることはなかった。力なく膝を着き、途方に暮れた目で変わり果てた自らを眺める長谷川。


「俺、モンスターになっちまった……」


長谷川は人間でなくなった。一晩のうちに「変身」してしまったのだ。

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