現実なファンタジー
教律大学のサークル棟。相変わらずの荒みぶりで、来る者を選ぶ雰囲気だ。時刻は日没前、地平に傾く太陽がサークル棟を物悲しく演出する。そのサークル棟の一室に向かって歩く者たちがいた。
「おう、松崎。日中にこないして出会うなんて珍しいやんけ」
「へへへー」
キノコ頭の仲本、青白い顔の松崎が渡り廊下で出会す。
「今日は1限から授業があったからねー」
「何な、松崎でも授業に出るんか」
「出るよー、大学生なんだから」
「フリーターかと思たわ」
「ひどいー」
「あっ、仲本だし」
渡り廊下の反対側から、仲本たちに声を掛ける女子二人組がいた。
「おう、詩織。そえに、友里恵センセも」
「私、何の先生なんですか」
「サブカルチャーや。現代表現にも滅多におらへん人材やご」
「シオちゃん、久しぶりー」
「松崎、昨日も会ったし」
「そうだっけー? おれ、バイトを挟むと分かんなくなっちゃうんだよねー」
「24時間ぶりですね、松崎さん」
「友里恵も久しぶりだねー」
4人が揃ったところで、一行は自らの部屋へ歩を進める。
「はいはい。ところで、24時間も経ちますと人間は細胞分裂が進んで、体内の組織も新しくなるんですよ」
「どーゆーことー?」
「日中、起床して日常生活を送ると体内がダメージを受けるんだし」
「えー、生活してるだけでダメージ受けちゃうのー?」
「太陽光やストレスで細胞は傷付くんですよ。日中のダメージを睡眠で回復するんです」
「寝ることって偉大なんだねー」
「そやぞ。松崎、おまんは寝くさっとるさけよ、日中になんぼのダメージ受けとんねや?」
「エリクサーが3本くらいは欲しいところかなー」
「死んどるやんけ、そえ」
「『げんきのかけら』なら1,500円だし」
「欲しいねー、それくらいなら箱でストックしたいねー」
無茶苦茶なアルバイトのシフトを組む割りには、松崎の体力は超人的でないようだ。
「こーして見ると、おれらってRPGのパーティみたいだねー」
「パーティはドラクエ方式ですね」
「4人で一揃いっちゅーのがシリーズのお決まりみたいなもんやな」
「勇者、戦士、魔法使い、僧侶の4人だし」
「で、誰が何な?」
「魔法使いは仲本くんでしょー」
「そやろな。わえは逆立ちしても勇者になられへんわ」
「魔法使い、シオでも良いんじゃね?」
「あかん。おまんが魔法使いやと、大きなお友だちがようけ来よるわ」
「シオ、プリキュアじゃねーし」
「そうですよ。詩織ちゃんはどちらかと言うと、まどマギですよ」
「それ知らねーし!」
「まーた、友里恵が訳分からんこと言いよる」
「まどマギ、知ってるよー」
「何でおまんが知っとんねや?」
「深夜のアニメでしょー? たまに観てた観てたー。何か、女の子たちが黒い悪いやつと戦うんだよねー?」
「ティロ・フィナーレですね。そもそも、まどマギは確か制作がシャフトで、絶望先生と同じような演出で……」
「友里恵、分かんねーし」
「ほんまに死角があらへんねやな、友里恵センセ」
「……………………」
赤面して押し黙る友里恵。友里恵の趣味の領域に踏み込むと深みに嵌まる。彼女をよく知る人間はそれを心得ていた。
「……さ、さて、何の話でしたっけ?」
「友里恵が脱線させようとしたし」
「えーとねー、おれらがRPGみたいって話かなー?」
「そやったわ。友里恵が何な、まどマギとか言うから拗れてん」
「はいはい、詩織ちゃんはプリキュアです、プリキュア!」
「プリキュアじゃねーし!」
「詩織がプリキュアやとして、キュア何やねんな?」
「きっと、キュア……ごめん、プリキュア分かんないやー」
「松崎、無理すなよー」
仲本がサークル部屋のドアノブに手を掛けたときだった。
「あえ? 何な、開いとるわ」
サークル部屋の鍵を挿入して回すも、鍵は既に解錠されていた。
「えー? 誰か先に来てるのー?」
「きっと、長谷川さんですね」
「そやろな。ハッセーや」
「入会希望の人かもしれないよー?」
「それはねーし。新歓の時期に看板出しても、誰も引っ掛かんなかったし」
「私、頑張ったんですよ?」
「わえかて。まあ、眼鏡外しただけやけど」
「おれはバイトだったー」
「シオ、友里恵、仲本の三人で新歓やったし」
「あのときは本当、誰一人として振り向いてくれませんでしたよね」
「そやったわ。チラ見して、ソッコーで他のサークルに目向けたやいしょ」
「キノコとバニーガールと白衣じゃ警戒するよー」
「やかまし! 出てすらないおまんは言うなよー!」
「まあまあ、長谷川さんがお待ちですよ」
「そやったそやった。ハッセー、入んでー」
ドアを開け、一同は部屋に踏み入った。
「……あれ、ハッセー? おるんか?」
長谷川が部屋にいるにしては照明が点いていない。沈みかけた夕陽に照らされて、室内に闇が訪れている。
「あっ、長谷川、さん?」
友里恵は自身の定位置に何者かが座っているのに気付く。夕闇を背負い、表情は見えない。橙色の残光で、その者がパーカーを目深に被っていることが判った。
「ハッセー、暗がりで何しとんねや?」
「電気点けろし。松崎、スイッチ」
「あいよー」
「あっ、やめ……!」
長谷川と思しき人物が制止するも、松崎は照明のスイッチを押す。天井の白色灯が点り、青白い光が部屋明らかになった。
「ハッセー? どないしてん?」
「ちょ、まだ見るな!」
長谷川、パーカーの人物は己が照らされるのを拒み、パーカーのフードを引っ張って顔を隠した。
「ハッセー、そえ……」
フードを引っ張る手、それが獣のような体毛で覆われていた。爪も鋭く尖り、鋭利な刃物のようになっている。
「なあんな、あがらを脅かすつもりやったんか。確か、ハッセーは狼男担当やごう。衣装を試着して、先に部屋で待ち構えとったんやな」
「ちっ、違う……!」
「ハッセー、良い感じの衣装が手に入ったんだー。おれらも試着するために来たんだよねー。衣装合わせかなー」
「だから……! ま、待って……!」
「長谷川さん、素晴らしいです! 腕だけ見ても、最高級のクオリティだと窺い知れますよ! さあさ、お顔も見せてください!」
友里恵が隙を見て、フードを捲った。
「ばっ、やめっ……!」
虚を突かれた長谷川、抵抗するも友里恵にフードを捲られて、パーカーの下にある顔が蛍光灯に曝される。
「あ、え……ハッセー?」
「ハッセー、すごーい」
「す、すげーし」
「格好いい……!」
長谷川の姿を目の当たりにした四人は息を飲んだ。目の前に、獣の頭を持つ長谷川がいたからだ。
「えらいリアルやなぁ」
「本物みたいじゃーん」
「マスクが生きてるみたいだし」
「目の瞬きや、耳まで動くんですね」
「……ここまで皆が言ったこと、全部本当だよ」
やれやれと頭を振る長谷川。
「はぇ? ハッセー、どういうこっちゃ?」
「本物みたいが本当ってー?」
「マスクが生きてる、って?」
「えっ!? 特殊メイクじゃないんですか?」
「違う。本物」
訝しげに、一行は長谷川の顔を触る。
「確かに、毛並みが本物やわ。近所のわんこ触っとるみたいやご」
「化学繊維じゃないしな、本物だからな」
「目も本物かなー?」
「市販の黄色いカラコンじゃない。あんな原色のカラコンじゃ、こんな色にならない」
「表情もリアルだし」
「だからリアル、本物だっての」
「すごいですよ、長谷川さん! 私のメイクが要らないじゃないですか」
「ああ、要らないな。メイク、する余地がないしな」
「ほお、ハッセー。いっちゃん乗り気やなかったのが、いっちゃんごついのでやってきたやいしょ。ほだら、もう脱いでもかめへんで? そのまんまやと、蒸れて暑いやろ」
「……脱げないんだよ」
落胆の吐息混じりで、長谷川は項垂れる。




