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ライカンスロープ  作者: 葉倉千緒
10/15

現実なファンタジー

教律大学のサークル棟。相変わらずの荒みぶりで、来る者を選ぶ雰囲気だ。時刻は日没前、地平に傾く太陽がサークル棟を物悲しく演出する。そのサークル棟の一室に向かって歩く者たちがいた。


「おう、松崎。日中にこないして出会うなんて珍しいやんけ」

「へへへー」

キノコ頭の仲本、青白い顔の松崎が渡り廊下で出会す。


「今日は1限から授業があったからねー」

「何な、松崎でも授業に出るんか」

「出るよー、大学生なんだから」

「フリーターかと思たわ」

「ひどいー」

「あっ、仲本だし」


渡り廊下の反対側から、仲本たちに声を掛ける女子二人組がいた。


「おう、詩織。そえに、友里恵センセも」

「私、何の先生なんですか」

「サブカルチャーや。現代表現にも滅多におらへん人材やご」

「シオちゃん、久しぶりー」

「松崎、昨日も会ったし」

「そうだっけー? おれ、バイトを挟むと分かんなくなっちゃうんだよねー」

「24時間ぶりですね、松崎さん」

「友里恵も久しぶりだねー」

4人が揃ったところで、一行は自らの部屋へ歩を進める。


「はいはい。ところで、24時間も経ちますと人間は細胞分裂が進んで、体内の組織も新しくなるんですよ」

「どーゆーことー?」

「日中、起床して日常生活を送ると体内がダメージを受けるんだし」

「えー、生活してるだけでダメージ受けちゃうのー?」

「太陽光やストレスで細胞は傷付くんですよ。日中のダメージを睡眠で回復するんです」

「寝ることって偉大なんだねー」

「そやぞ。松崎、おまんは寝くさっとるさけよ、日中になんぼのダメージ受けとんねや?」

「エリクサーが3本くらいは欲しいところかなー」

「死んどるやんけ、そえ」

「『げんきのかけら』なら1,500円だし」

「欲しいねー、それくらいなら箱でストックしたいねー」

無茶苦茶なアルバイトのシフトを組む割りには、松崎の体力は超人的でないようだ。


「こーして見ると、おれらってRPGのパーティみたいだねー」

「パーティはドラクエ方式ですね」

「4人で一揃いっちゅーのがシリーズのお決まりみたいなもんやな」

「勇者、戦士、魔法使い、僧侶の4人だし」

「で、誰が何な?」

「魔法使いは仲本くんでしょー」

「そやろな。わえは逆立ちしても勇者になられへんわ」

「魔法使い、シオでも良いんじゃね?」

「あかん。おまんが魔法使いやと、大きなお友だちがようけ来よるわ」

「シオ、プリキュアじゃねーし」

「そうですよ。詩織ちゃんはどちらかと言うと、まどマギですよ」

「それ知らねーし!」

「まーた、友里恵が訳分からんこと言いよる」

「まどマギ、知ってるよー」

「何でおまんが知っとんねや?」

「深夜のアニメでしょー? たまに観てた観てたー。何か、女の子たちが黒い悪いやつと戦うんだよねー?」

「ティロ・フィナーレですね。そもそも、まどマギは確か制作がシャフトで、絶望先生と同じような演出で……」

「友里恵、分かんねーし」

「ほんまに死角があらへんねやな、友里恵センセ」

「……………………」

赤面して押し黙る友里恵。友里恵の趣味の領域に踏み込むと深みに嵌まる。彼女をよく知る人間はそれを心得ていた。


「……さ、さて、何の話でしたっけ?」

「友里恵が脱線させようとしたし」

「えーとねー、おれらがRPGみたいって話かなー?」

「そやったわ。友里恵が何な、まどマギとか言うから拗れてん」

「はいはい、詩織ちゃんはプリキュアです、プリキュア!」

「プリキュアじゃねーし!」

「詩織がプリキュアやとして、キュア何やねんな?」

「きっと、キュア……ごめん、プリキュア分かんないやー」

「松崎、無理すなよー」

仲本がサークル部屋のドアノブに手を掛けたときだった。


「あえ? 何な、開いとるわ」

サークル部屋の鍵を挿入して回すも、鍵は既に解錠されていた。


「えー? 誰か先に来てるのー?」

「きっと、長谷川さんですね」

「そやろな。ハッセーや」

「入会希望の人かもしれないよー?」

「それはねーし。新歓の時期に看板出しても、誰も引っ掛かんなかったし」

「私、頑張ったんですよ?」

「わえかて。まあ、眼鏡外しただけやけど」

「おれはバイトだったー」

「シオ、友里恵、仲本の三人で新歓やったし」

「あのときは本当、誰一人として振り向いてくれませんでしたよね」

「そやったわ。チラ見して、ソッコーで他のサークルに目向けたやいしょ」

「キノコとバニーガールと白衣じゃ警戒するよー」

「やかまし! 出てすらないおまんは言うなよー!」

「まあまあ、長谷川さんがお待ちですよ」

「そやったそやった。ハッセー、入んでー」

ドアを開け、一同は部屋に踏み入った。


「……あれ、ハッセー? おるんか?」

長谷川が部屋にいるにしては照明が点いていない。沈みかけた夕陽に照らされて、室内に闇が訪れている。


「あっ、長谷川、さん?」

友里恵は自身の定位置に何者かが座っているのに気付く。夕闇を背負い、表情は見えない。橙色の残光で、その者がパーカーを目深に被っていることが判った。


「ハッセー、暗がりで何しとんねや?」

「電気点けろし。松崎、スイッチ」

「あいよー」

「あっ、やめ……!」

長谷川と思しき人物が制止するも、松崎は照明のスイッチを押す。天井の白色灯が点り、青白い光が部屋明らかになった。


「ハッセー? どないしてん?」

「ちょ、まだ見るな!」

長谷川、パーカーの人物は己が照らされるのを拒み、パーカーのフードを引っ張って顔を隠した。


「ハッセー、そえ……」

フードを引っ張る手、それが獣のような体毛で覆われていた。爪も鋭く尖り、鋭利な刃物のようになっている。


「なあんな、あがらを脅かすつもりやったんか。確か、ハッセーは狼男担当やごう。衣装を試着して、先に部屋で待ち構えとったんやな」

「ちっ、違う……!」

「ハッセー、良い感じの衣装が手に入ったんだー。おれらも試着するために来たんだよねー。衣装合わせかなー」

「だから……! ま、待って……!」

「長谷川さん、素晴らしいです! 腕だけ見ても、最高級のクオリティだと窺い知れますよ! さあさ、お顔も見せてください!」

友里恵が隙を見て、フードを捲った。


「ばっ、やめっ……!」

虚を突かれた長谷川、抵抗するも友里恵にフードを捲られて、パーカーの下にある顔が蛍光灯に曝される。


「あ、え……ハッセー?」

「ハッセー、すごーい」

「す、すげーし」

「格好いい……!」

長谷川の姿を目の当たりにした四人は息を飲んだ。目の前に、獣の頭を持つ長谷川がいたからだ。


「えらいリアルやなぁ」

「本物みたいじゃーん」

「マスクが生きてるみたいだし」

「目の瞬きや、耳まで動くんですね」

「……ここまで皆が言ったこと、全部本当だよ」

やれやれと頭を振る長谷川。


「はぇ? ハッセー、どういうこっちゃ?」

「本物みたいが本当ってー?」

「マスクが生きてる、って?」

「えっ!? 特殊メイクじゃないんですか?」

「違う。本物」

訝しげに、一行は長谷川の顔を触る。


「確かに、毛並みが本物やわ。近所のわんこ触っとるみたいやご」

「化学繊維じゃないしな、本物だからな」

「目も本物かなー?」

「市販の黄色いカラコンじゃない。あんな原色のカラコンじゃ、こんな色にならない」

「表情もリアルだし」

「だからリアル、本物だっての」

「すごいですよ、長谷川さん! 私のメイクが要らないじゃないですか」

「ああ、要らないな。メイク、する余地がないしな」

「ほお、ハッセー。いっちゃん乗り気やなかったのが、いっちゃんごついのでやってきたやいしょ。ほだら、もう脱いでもかめへんで? そのまんまやと、蒸れて暑いやろ」

「……脱げないんだよ」


落胆の吐息混じりで、長谷川は項垂れる。

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