いざ邸宅
区内に向けてタイヤを滑らせる、一台の白いハイエース。車体には「四ッ谷三枝病院あんずの林」と書かれている。
「お、お嬢様ぁ……行き先は病院のメディラボで良いんですよね?」
顔色の悪い運転手が後部座席の詩織に訊ねる。歳は40に近いだろうか、実年齢よりは確実に老けて見える男だ。
「そーだし。メディラボ、第一の方な」
「あい、畏まりましたぁ……」
ルームミラーで確認すると、運転手は交差点を左折した。
「塚田、何で老人ホームの送迎車で来たし? 兄貴のヴェルファイアで来いし」
「すみませぇん……お嬢様、お兄様たちは今日、遠方で会議があってお車が無かったんですぅ……」
「パパ、直々で運転? 珍しいし。いつもはタクかハイヤーで都内行くし」
「お館様、新しいお車を買われたじゃないですかぁ……運転したいって、今朝、聞きました……」
「ああ、そういや、昨日が納車だし。緑のカウンタックが庭に停まってたし」
「……詩織、ホンマにお嬢様やってんな」
運転手との会話を耳にし、自らと住む世界が違うことをひしひしと感じる仲本。
「まーね。パパ、医者の6代目だし。兄貴と姉貴も医者だし」
「兄弟も医者なんか?」
「だし。シオは馬鹿だから兄貴たちの大学に入れなかったけどね」
「詩織ちゃん、お兄様たちは因みに?」
「兄貴は医科歯科、姉貴は千葉」
「いっ、医科歯科と千葉……!」
「何な? 和歌山の生まれやさけ、わえには分からんやいしょ」
「関西で言ったら、阪大と神大レベルですよ」
「和大や近大の医学部しか凄いんけ? 詩織の家、がいな賢いんやな」
「……シオは出来損ないだし。運転してる塚田ですら筑波だし」
「いやはぁ……」
「何な、彼も医者なんか?」
「は、はいぃ……」
「昔は医者だったけど、今はシオん家の使用人兼医療事務員だし」
「ほなんか?」
「何やら、複雑な事情がおありのようですね」
「勤務医だったけど、精神やられてドロップアウトしたし。で、パパに拾われたんだし」
「わ、私も……昔は脳神経外科医でしたぁ……」
塚田の声に震えが聞こえる。情緒が不安定なのだろう。
「……詩織」
3人掛けの後部座席の2列目中央、パーカーのフードを目深に被った長谷川が前列の詩織に声を掛ける。運転席に塚田、助手席は空席。後部座席には詩織と仲本が2人で座り、その後ろに長谷川が友里恵と松崎に挟まれるようにして座っている。
「何だし?」
「メディラボとやらにはどれくらいで着く?」
「道の混み次第だけど、もうすぐだし」
「そこで、俺たちは何をする?」
「ウチの病院が誇る医療技術でハッセーを隈無く調べる。そして、治療法を見つけて療養するし」
「……これ、病気なのか? 病気だとしたら、奇病で難病だろ」
「ハッセー、三枝家を舐めちゃダメだし。生きている限り患者を死なせないのがウチのモットー。余命延長、危篤蘇生、臨終撤回が三枝病院だし。だから、安心しろし」
「俺、死ぬのか?」
「みなさぁん……着きましたよぉ……」
ほどなくして、ハイエースは四ッ谷三枝病院の敷地内に着く。
「着きましたぁ……み、皆さん、車はここまでですぅ……歩いてラボにお越しくださいぃ……」
駐車場の端にハイエースを停めると、キーを抜く塚田。
「みんな、着いたし」
「着いたか」
「んゃ……着いたー。ここどこー?」
「詩織の病院や」
「えっ、詩織ちゃん、入院してるのー? どこが悪いのー?」
「……松崎、今日もずっと車で寝くさっとったな。何しにここ来たか分かるか?」
「えー、お見舞い?」
「松崎よぉ、ええ加減にせえや。緊張感持てよ」
苛立ち、仲本か松崎の後頭部を叩く。
「あいてっ!」
「喧嘩すんな」
「ああ、ハッセー。すまん、流石にイラっとしてん」
「気持ちは分かる」
「喧嘩して怪我したら、シオの儲けになるだけだし」
「病院で喧嘩するもんじゃない」
「すまん……」
「ごめーん」
「みんな、こっち」
仲本と松崎のやりとりに冷めた目を遣りながら、詩織は一同を誘導する。目的地は敷地内の離れた場所にあるようで、病院本館の脇を進む。




