杏姫と白百合姫の少しだけ悪い事
夏の暑さが強くなる、制服もすっかり夏服に変わるがレディのマナ―として肌の露出は控えないといけない為、夏でも長袖にロング丈のスカ―トである。汗をダラダラと流すのもはしたない為できるだけ扇子で隠して外に出るのは控えている。
「アン、お姉様と悪い事しない?」
「嫌な予感がするけど一応聞きますね。」
「学園の少し上のところ、人通りの少ない庭の所に天然水が流れていて!さっきロ―ゼと確認しに行ったらとっても冷たかったのよ!」
「嫌な予感は的中ですね、お姉様ダメですよ。」
この後に姉がなにを言い出すのかなんて簡単に想像出来る、珍しく姉が学園の廊下で話しかけてきたかと思えば、姉は昔から変わらずに見た目はお淑やかで天使のように美しい女性だが、性格は箱入り娘故の天然さと無垢で子供心を残した無邪気な人、そこも姉のいい所なのだがそれ故にやる事が少し大胆なのだ。
「あら?少しだけよ少しお水をハンカチで濡らして体を拭くだけ!」
「もしそれを他の生徒に見られたら?公爵家としても1人のレディとしても信頼が落ちてしまいますよ?」
「暑さで溶け死ぬことに比べれば全然平気よ。」
髪を結い上げることもはしたないと言われている為髪は下ろしたままでいる、正直いって今すぐにその湧き水に飛び込んでしまいたい。
冬に比べれば夏の方が好きだが暑すぎるのも迷惑である。
「……仕方ないですね、隠れて…なら大丈夫です。」
「大好きよアン!!さぁ行きましょう!」
姉に手を引かれて連れてこられた場所は確かに学園の奥の方で人通りは全くない、姉の指差す方を見れば大きな石の小さな隙間から水が流れ落ちていて地面の窪みにそれが溜まって池のようになっている。
「意外に大きいんですね、確かに涼しそう。……お姉様達は何故ここを知っているのですか?」
「た、たまたまよ!別に退屈だからお散歩してて見つけたとかじゃ…それよりも!今はお昼休みでしょ?さっさと涼みましょう!」
私はリボンを解くと髪を上の方に結い上げて1つにくくる、首の辺りに爽やかな風が吹いて気持ちがいい、姉は髪を片方に流して足を池につける。池は姉の言った通りにひんやりしていて心地よい冷たさが足の裏から伝わる。公爵令嬢の2人がこんな事をしているなんてバレれば大変な事になるが姉と2人なら不思議とあまり怖くなかった。
「楽しいわねお姉様。」
「それなら誘ったかいがあったわ、またこっそり来ましょうね。」
2人で顔を見合わせて笑う、きっと2人とも悪戯をしている子供のように笑っているのだろう。大きくなって忘れかけていた子供心を思い出したような感じがした。
少し坂を登ったので隣を見ると見晴らしが良くて、学園を少し上から見ることが出来る。
「今年の夏も海に行きましょうね。」
「お父様は遠征ですから2人ですね、今年はどこに行きますか?」
「とある知り合いの方から招待を受けたのよ、海が綺麗な街ですって、楽しみね!あと何回一緒に行けるか分からないもの。」
「ふふっ、おばあちゃんになっても一緒に行けたらいいですね。」
そう言うと姉の黄色の瞳が大きく開かれてキラキラと輝きが増した、目の前に迫る死の可能性に脅えてばかりじゃつまらない、少し先の、未来の事を考えてみるのもいいのかもしれない。きっといい事もある、希望に満ち溢れている未来もきっとどこかにあるのだろう。
「ねぇアン、何か困った事はない?苦しい事は?悩んでいる事は?不安な事も辛い事も全部教えてね、私達は姉妹だもの…支え合って来たんだから簡単に離れられるわけないわ。」
「大丈夫よお姉様。お姉様が居てくれれば私それで満ち足りているの、お姉様だけじゃないわ、お父様もクロエもデイジーもノアもロ―ゼさんもジルも…キティだって、、私とっても幸せよ。」
目を軽く閉じれば鮮明に思い出すのは真っ白な雪と処刑台だけじゃない、私の名前を呼んでくれる人達、家族や友人達に囲まれて私は幸せにここまで大きくなった。
「お姉様に守られるだけの妹じゃないわ、私は我儘だからお姉様を守りたいの。守られているだけじゃ物足りないのです、隣に立っているだけじゃつまらないの、お姉様の少し前に立って守ってみたい…駄目かしら?」
「貴方の我儘を駄目だなんていう人は私自身でも許さないわ、アンが居てくれたから私はお母様の死を乗り越えられたの、みんなは時間が解決してくれると言っていたけど嘘よ、どんなに時間がかかろうと私は忘れられない、顔も声も忘れてしまったけど…もしもう一度会えたなら声を聞いたならすぐにわかるわ、私の、私達のお母様だもの。アンが手を握ってくれていたから私は1人じゃなかったの、だからね?既に貴方は私を守っていてくれたのよ、本当にありがとう。」
少し恥ずかしくなって水につけた足をもぞもぞと動かす、こめかみの少し後ろに触れるといつも付けているリボンが無いことに気づき、ポニ―テ―ルの結び目にある事を確認するように優しく触る。
「そのリボン…気に入ってくれたのね、ふふっアンは恥ずかしい事があるとリボンに触れる癖があるのよ気づいてた?可愛いわね。」
「もうお姉様ったら揶揄うのはよして……。」
姉が先に立ち上がり外していたボタンや流していた髪を元に戻した、私はまだ少し余韻に浸っていたくて座って鼻歌を歌っていると、姉の小さな悲鳴が聞こえたので慌ててそのまま姉の声の方に向かう。
「なんでお前がここにいるの!?」
姉の視線の先には少し驚いた顔のノアがいた、オスニエルの護衛と言っていたのでもしかしたらここで見張るつもりだったのかもしれない。ここは見晴らしもいいので格好の場所だろう。
「ノア…?」
「ア、ア………!いやすまない…!!」
何故かノアは顔を少し赤らめてそっぽを向いてしまった、何故だろうと考えていれば姉が納得したように頷く。
「アン、私を心配してくれたのは嬉しいけど…その格好はそこの女慣れしていない脳筋騎士には刺激が強いわ。」
よくよく確認すると胸ボタンを1つ開けて、腕まくりをしてスカ―トを少し短くして髪を一つに結い上げている……レディとしては有るまじき姿で私は立っていた…。
「あっ!?ごめんなさいまし!!お目汚しを!」
慌ててボタンを閉めてスカ―トを元に戻す、髪を急いで解こうとすれば姉に手をとめられた。
「駄目よアン、折角の綺麗な髪を痛めちゃうわ!直してあげるからそこに座りなさい。」
「ごめんなさいお姉様……ノアもう大丈夫ですよ?ノア?」
「放って起きなさい。黒騎士様も普通に赤くなるのね、うふふっ!面白いからロ―ゼに教えてあげよっと!」
「姉さんにはやめてくれ…。」
ノアはまだそっぽを向いたまま、困ったように呟いている。本当に申し訳が無いことをした。
「お姉様、ノアを虐めないであげて?ごめんなさいノア、私達の事を黙っていてくれないかしら?少し魔が差したの…。」
「ロ―ゼにちくられたく無かったら黙ってなさい唐変木。」
「騎士道に反するので勿論他言するつもりは無いです。」
姉は少しつまらなさそうに舌打ちをするとあっという間に元の髪型に戻してくれた。リボンに触れる…涼しかったけどリボンが近い所にあると落ち着く。
「私はこれで失礼するわ、そこの男と一緒の空間にいると余計に暑苦しいもの。帰ったら一緒にお茶しましょうねアン。」
姉はそう言うと軽やかに去っていった。姉とノアは何故か少し仲が悪い、あんまり接点も会う機会もなかったはずなのにである。
「ごめんなさいノア、お姉様少し男性に厳しいの…でも優しくて大好きなお姉様だから嫌わないであげてね。」
「気の強い女性なら騎士にもいますし、姉がいますので問題は無いです…慣れていると言った方がいいですかね。」
「ふふっそうだったわね、遠征少し期間が延びるのでしょう?大変ねお父様も忙しそうだから。オスニエル様の護衛はどうかしら?」
「アン様はオスニエル様と仲がよろしいのですか?……いえその、余りこういう事を聞くのは失礼だと思いますが。」
「ちょっと事情があって会話しないといけないのだけどそれ以外で話すことも会う事もなるべく避けているの、、苦手だから。」
そうですかと呟いたノアは何故か驚いたような戸惑っているような表情だった。スカートのポケットに手をやると短剣の宝石の部分に触れる。
「貴方が貸してくれた短剣、毎日持ち歩いてるの。ありがとう襲われることは無いけど、これがあると少し心が強くなれたわ。」
「何か…不安な事でもあるのですか?」
「私だって悩む事くらいあるわ、貴方の例の唐突の告白とかね…ふふっごめんなさいそんなに困ったような顔をしないでくださいまし。」
耐えきれずに手を抑えて笑ってしまう、あの時は戸惑いしかなかったが今となれば笑い話である。
「俺は言葉足らずだとよく言われます、表情が分かりにくいとも何を考えているか分からないとも。」
「そうね…でも私最近貴方が今どんな表情をしているか分かるのよ?さっきお姉様に揶揄われた時は少しムスッとしていたし、ロ―ゼさんにちくられそうになった時は焦っていたし、今は……少し楽しそうね。私、貴方とお喋りするの結構好きなのよ?」
「……そうですか。」
素っ気なく返事をしたかと思えば彼は再び見張りを再開した、耳が少し赤くなっているので照れているのだろう可愛い所がある人だ。大事な護衛があるのに私が話せばちゃんとこちらを見てくれる。
「あっ!ノア手を出して!」
「はい?」
ポケットの中に今日もアベルに貰ったチョコレートがあったので1つ渡す。ノアは甘いものが苦手だった気がしたが今日のは苦めだと言っていたので大丈夫だろう。
「これ食べて頑張って下さいましね、でもちゃんと休まないといけませんよ?」
「…ありがとうございます。」
そう言ったノアの表情は少しだけ柔らかくなった。




