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杏姫と悩み事

「デイジー!まだ休んでほうがいいわ、まだあの噂だってますます酷くなっているのよ?今度はデイジーが私を利用して他の令嬢を黙らせているとか!怪我だってしていたのに!」

「平気よアン!たまに取引に熱が入って喧嘩する時もあったからこういうのには慣れているの!それに絶対に私はアンの傍にいるんだから!!!」


デイジーはあれから数日休んだかと思えばすぐに学園に戻ってきた、デイジーに関する噂だけでなく私にもおかしな噂が流れていて、デイジーを虐めているだとか姉と仲が悪いだとか……私はそれを聞く度に頭が痛くなる。


「おはようアン、今日はとてもいい天気だね。太陽に照らされて君の髪がさらに美しく輝いていたから遠くからでもすぐに分かったよ。」

「おはようございますオスニエル様、それでは失礼します。」


オスニエルは私を見かける度に話しかけてくる、しかも私がどこにいるか分かっているみたいに…前の私に聞いてやりたいコイツの何処が良かったんだよと……恋は盲目とはこの事だなと感心してしまった。

彼は学園生活に望むものは他国に留学して勉強したという実績と穏やかで平和な時間を過ごすことらしい。つまり彼に関しての噂が流れると彼の評価に傷が入るので何としても噂を流している本人を捕まえて止めさせたいと言っていた。


「アンと恋仲じゃないか…?って噂とか俺が色んな女の子を誑かしているとか…まるで俺が不純で軽いみたいに思われたら嫌だろ?別にアンととの噂は大歓迎だけどさ~どうする他国の王妃になる?」

「どれもこれも酷い噂ばかりですね、ご自分の行動を1度見返してみる必要があるかと思います。」

「君ら姉妹ってドライだよね…見た目は箱の中で大切に大切にまるで真綿に包まれていたかのように育てられてそうなのに、女の子が喜ぶ言葉をかけてもニコリとも笑わないんだよ…。」


昔の私と姉ならそれに免疫が無いので、オスニエルの甘い言葉1つで簡単に手のひらで転がされていただろう、実際に私は転がされ姉は彼と両思いになった。私達は一緒に色んな人を見てきた、色んな人と接して人の汚い所も優しい所も沢山学んできた。

醜い嘘も裏切りも騙し合いも……それで苦しむのは前の私だけで十分である。


ノアも護衛はまだ続いているのだから助けてくれればいいのに…きっとどこかで見ているのね。あれから全然話しかけてくれないし…。


教室で次の時間の予習をしている所に申し訳なさそうにアベルが話しかけてきた、彼の水色の瞳が少し潤んでいる。


「この間はごめん、君の友達の事を疑うような事を言ってしまったよね…あの後アンとその子が巻き込まれたって聞いて……。」

「もういいのよアベル、教えてくれてありがとう。貴方は悪くないからそんなに気にする必要なんてないのよ。」


あの後アベルがこっそり私に包装紙に入ったチョコレートをくれた、甘い甘いチョコが口の中で溶けてとても美味しい。


「美味しいわ……」

「僕の領地にある店で売られてるんだよ、とても美味しいよね。」


事件の後からオスニエルに貰った情報を頼りに私も色々と探ってみたりしたが、例の変装のせいで全く分からない。

姉との不仲の噂はどうやら本人の耳にも届いているらしく


「私とアンのどこが不仲なのよ――!!!!」


とてもご立腹だったので早急に解決する必要があるように思えた、来月の生徒会の選挙にも響いてくる。でも、噂よりも気をつけなければならないのはもうタイムリミットが近づいている事だった。まだまだ冬は遠いものの危険は多い。オスニエルとの接触をできるだけ避けているがそれだけでは未来が変わると決めつけることが出来ない。


授業に集中出来ずにぼんやりと窓の外を眺める、大切な親友も守れずにありもしない噂が段々とエスカレートしていく、現状はめちゃくちゃで頭が痛くなりそうなのに腹立たしい程に外は晴天で少しずつ夏が近づいている。今年も海に行けるだろうか?父は夏から冬の間に久しぶりに長期の遠征に行くらしい、勿論それにノアも参加する。

そうなれば姉と2人で行くことになるだろう、父が来れないのは寂しいが姉と2人でゆっくり出来るのは本当に楽しみだ。


冬が怖い、冷たくて寒くて凍え死にそうなあの季節が怖い、冬は誰かが傍にいてくれないと一人で眠れない、私達がまだ幼かった頃に1度だけ冬の夜姉が私の傍を離れてしまったことがある、私は目が覚めて辺りを見渡し姉がいないことに気がつくと恐怖で大泣きしてしまった。

それ以来姉は私の傍をさらに離れなくなった、私も冬が来ると余計に姉にベッタリだった。


どうしても思い出すのは処刑台の前、覚えている事は飛んでくる石が痛かったこと、死ね死ね死ねと今でも耳にこびりついて離れない罵声、死の直前に愛されなかったことを後悔した事、姉とオスニエルの姿―――


「アン!ねぇってばアン!!!」

「………アベル?」


アベルは必死な顔で私の肩を強く揺らしていた、私が呼び掛けに応じると安心したような不安がっているような…色んな感情を混ぜ合わせたような表情だった。


「授業終わってもアンがぼおっとしてるから気になって見てみたら、アン泣いてるよ?大丈夫?」


驚いて頬に手を当てると指先に冷たい水が触れる、泣いていることに私は全く気が付かなかった。頭がまだ少し混乱する。


「ありがとうアベル、また助けられたわ。」

「僕に出来ることがあるならなんでも言って……君は最近特に辛そうだよ。何かあったの?」

「なんでもないわ、なんでもないの。ありがとうアベル、もう平気よ?今度何かお礼をさせてね。」


外は少し赤い、少しずつ太陽は沈もうとしていた。

今日は早めに帰ろうと馬車に向かう、外はジメジメしていて蒸し暑い、暑いのは嫌いだけど冬の寒さよりは好き。夏の暑さが冬の寒さを忘れさせてくれる、額に流れる汗も暑さで火照る頬も、たまに吹く心地よい風も…温もりなんて生温いものじゃなくて、それよりも鬱陶しい程の暑さが私の思考を邪魔してくれる。


前の自分の記憶だなんて無ければいいのにと思ってしまった、無かったなら私は目前に迫る死に気がつくことなく再び彼に恋をして得ることなど出来るはずもない愛を彼に求めただろう。

無知は時に救いでもある、未来を知っているが為に何も持たずして殺された無念に縛られて常に何かに怯えて足掻いて私は惨めに生きてきた。姉の幸せを犠牲にして、今も彼と会わないように合わせないようにと毎日毎日………いっその事死んでしまおうか?死んだら今度はどうなるだろう、また同じようにやり直すのだろうか、それとも1回限りのチャンスだった事に気がついてしまうのだろうか?もう一度お母様に会うかもしれないと思えば案外いいことなのかもしれない。


グルグルと目が回る、何故か私の足は屋上に続く階段の所まで来ていた、嫌だ死にたくない、違う…もう死にたい、愛されたい愛して欲しい最近こんな事ばっかりだ、すぐにネガティブに考えておかしくなって迷惑をかけてしまう。


ふと制服のポケットに硬い何かが触れる、取り出してみると黒い鞘に入った短剣だった。


「ノア………ごめんなさい、ありがとう、約束を破ろうとしていた所だったわ。貴方と杏を見に行かないとね。」


目から涙が溢れて短剣に飾られている大きなアメジストに1粒落ちる、ハンカチを取り出して丁寧に拭き取ると、私は屋上の扉に背を向けた。二度と来ない、私は諦めない、逃げ出さない。


リボンにそっと触れて前を見る、分からないことだらけで、どうしていいかも分からないが取り敢えず生きることからちゃんとしないといけない。生きることから逃げてしまっては駄目だ。


階段を降りている途中で下から話し声が聞こえる、誰かいるのだろうかと気になり覗き込むと緑色の長い髪の女性と男子学生が話し込んでいた。緑色の髪…?デイジーだろうか?


「デイジー…………?」


つい声に出してしまうと驚いたように女性はその場を走って離れていく、揺れた髪の隙間から、首の付け根あたりに火傷があるのが目に入る。


「ごめんなさい邪魔をしてしまったわ、所で彼女は誰ですか?」

「なんか呼び出されてさ、告白かと思えば、優しそうな貴方に相談があるとか言ってきたんだ…あっ!もしかして杏姫!?」

「私はアン・マクレ―ンです。」

「あっ!すみません!!それで内容が…その……」


男子学生は少し言いずらそうに目線をキョロキョロとさせながら


「アン・マクレ―ン公爵令嬢様に殺されるとかなんとか………。」


私はやっぱり飛び降りとけばよかったかなと先程の誓いを忘れるほどの衝撃と後悔に悩まされた。

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