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万年筆を拾ったら

 ここはおよそ八百年続いているシーマニア王国の王都、ハボタン。

 多くの家や店が建ち並ぶ大通りに、道行く人を呼び止めては買ってけと勧める商店街。

 老若男女様々な人が行き交うこの街は静寂とはあまりに無縁だった。


「ここが王都……僕が住んでた田舎とは全然違うや」


 そう言って辺りをキョロキョロ見回す少年の名はクリス。

 働くために故郷の田舎を出てきたのだが、王都にコネがあるわけでは無いため雇って貰えそうな場所を探している最中なのである。


ドンッ──


「あ、すいません」

「……」


 人通りが多いため、余所見をしながらフラフラ歩いていると向かい側から歩いてきた人物とぶつかってしまった。

 クリスが咄嗟に謝ると、顔を隠すように黒いフードを被っていた男は会釈だけして足早に立ち去っていった。


 いかにも怪しそうな男の後ろ姿を一瞥し、人混みを歩くペースの速さに驚される。


 慣れれば僕も上手に人混みを抜けられるようになるのか、なんてことを思いながら職探しに戻ろうとした時、足元に万年筆が落ちていたことに気づいた。


 使い込まれているのがわかるほど年季の入ったそれは細かい傷こそあれど、大切にされているのが見て取れた。

 このまま捨て置けば忙しそうに歩く人々に蹴られ、踏まれ、壊れてしまうのではないか。


 もしこれがさっきの人の大切なものだったら……そう思ったクリスはその万年筆を拾い、人混みを掻き分けながらフードの男を追いかけた。

 十八年間も田舎で暮らしてきたクリスにとって「落し物」を本人に届けるのは当たり前のことだったのだ。

そこに見返りを求める気持ちは一切ない。

自分と他人の距離が近い世界で育ったクリスにとって助け合うことが普通なのだ。


 フード男が角を曲がったのを見て同じ路地へと入る。


「えっ?!」


 しかし、そこにあるのは行き止まりだけだった。


「どーなってんの?」


 どこかに抜け道があったわけでも、扉があったわけでもない幅1m、奥行き5m程の狭い路地。

 フードの男はたしかにここに入っていった。

 見失うはずがないのに忽然と姿を消した人物に不信感を抱き、手の中の万年筆を握りしめる。

 途端、眩い光に覆われてクリスは思わず目を閉じた。


 刺さるような光を感じなくなってからそっと目を開けると、目の前に広がっていたのは先程まで立っていた路地裏でも、王都の街並みでもなく、見渡す限りの大草原と大きなツリーハウスがついている一本の大木だった。

 人で賑わっていたはず街の姿は跡形も無く消えていた。


「は?」


 一瞬のうちに見てる景色が変わるという、あまりにも非現実的な出来事に思考が追いつかないが、とりあえずツリーハウスに何かあるかもしれないと一歩前に足を踏み出す。

 その瞬間、木の上から降ってきたナニカに押し潰された。


「うっ、」

「お前、何者だ」


 その正体は人間だった。

 それも茶色の髪を覆う特徴的な赤い頭巾にフリルが多くあしらわれた真っ赤なスカートと白いエプロンという奇妙な恰好をした細身の女性。

 その両手には銃が握られていて、銃口はクリスの眉間に添えられていた。


 押し倒され、地面に体を打ちつけた痛みとあまりの衝撃に目を見開くことしか出来ないクリスに、女は痺れを切らしてもう一度口を開く。


「お前は何者で、なにをしに来た」

「ク、クリスと申します! そちら様の万年筆をお返しに参りました!」


 不機嫌なのが見て取れる表情に加えカチャと撃鉄を鳴らす女に纏まらない思考を総動員して必死に言葉を紡ぐ。

めちゃくちゃな敬語で端的な回答が、妙なことしたら撃たれる!とパニックに陥ってるクリスの精一杯だった。


「はあ? 意味わかんない」


 しかし、事実とはいえ、そんな素っ頓狂な理由を鵜呑みにするはずがない。

そもそもそれで納得するようなら銃を持ち出すほど警戒するはずがない。

 クリスは発砲されるのを覚悟し目をつむった。


「赤ずきん、止めなさい」


 が、草原に突如響いた落ち着いた声に赤ずきんと呼ばれた女は引き金から指を離した。

 警戒が解けたわけではないが、殺伐とした女の空気は少しだけ和らいだ。


 クリスは目だけを動かしそっと声のする方を見た。

 命の恩人と言っても過言ではない人物の姿を一目見ようと思ったのだ。

 そして、そこには例のフード男が立っていたのだ。


「レオン、ほんとに大丈夫なの?」

「ああ」


 クリスの上からおりた赤ずきんの問いにレオンはそう頷くと、左手でフードを外しながらクリス達のいる方へ歩いてきた。


「万年筆を拾ってくれたんだろう。ありがとう」


 そう言ってレオンは未だに倒れているクリスの右手から万年筆を取り懐に入れた。

 万年筆を手に取った時ホッとしたような表情を見せたのでやはり大切なものだったのだろう。


 届けられてよかった。クリスは場違いにも程がある言葉を、心の中でそっと呟いた。


「私の名はレオン。万年筆のお礼にお茶でもどうかな」


 フードの下にあったのは優しそうな雰囲気を醸し出す、目鼻立ちの整った二十代くらいの男の顔。

 優しい微笑みとともに差し出された右手を掴んだクリスは、状況把握もままならないうちに、お茶をいただくため、ツリーハウスに招待された。

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