75.聯絡
春告鳥の翼亭の酒場の隅の、ひと際大きなテーブルで昼食を済ませた後、シンは一息ついてから少し声を低くして向かい側に座って食後の茶を飲むシュウカに尋ねた。
「シュウカちゃん、……答えにくかったら答えなくて良いから、僕の質問を聞いてほしいんだけど、いい?」
「ああ、さっき南門で言っていた事だな。なんだ?」
頷きつつ、シュウカも同じく声を低くする。彼女の隣に(強制的に座らされて)いるシアン、そしてその隣に座るネア、向かいにアレク、その隣にキャロル、そしてシン――という形で、長机を囲んで座っている。
シンはほんの僅かにキャロルへ視線を向けた後、意を決した様に口を開いた。
「シュウカちゃんがエイクバに来たのは、君自身の足で? それとも――君の意に反する力で?」
その問いに、真っ先に顔を顰めたのは意外にもシアンだった。だが、彼はシュウカがエイクバの人身売買組織のアジトに囚われていた姿を目の当たりにしているのだから、その話題に生理的な嫌悪感を示すのは当然かもしれない。曲がった事が大嫌いで人情に厚い熱血漢――その年若い青年らしい感情の機微に、シンはつい微苦笑を浮かべた。対するシュウカは、少し考えてから一つ大きく首を横に振った。
「私があそこに来たのは、私の意志ではない。だが、故郷から連れて来られたという事でもない。以前にも話した通り、私は婿探しの旅の途中でな。何と言ったかな……砂ばかりの大地で、湧き水のある場所を城壁で覆った町で……」
「テオラドでしょうか」
言い淀むシュウカに、キャロルが助け舟を出した。すると彼女はハッとして「そうだ! そんな名前の町だ」と大きく頷いた。
エイクバからずっと北東へ上った先には広大な砂漠が広がっており、その中心に“城塞都市テオラド”がある。辺り一面が砂漠だというにも関わらず、町の中央には水が昏々と湧き出しており、それを囲む様に放射線状に路地がある町だ。
“城塞都市”というだけあって、町の周囲は高い壁に覆われており、東西南北の街道には頑丈な門扉が設えてある。
シュウカの話しでは、テオラドの路地は入り組んでおり、誤って細い路地に入ってしまった際に囚われの身となり、そのまま手足を拘束され、目隠しと猿轡をされた状態で気付いた時にはエイクバの拠点に拉致されていたとの事だった。
「彼らは、どうしてシュウカちゃんを狙ったんだと思う?」
「そのような事、こちらが聞きたい――と言いたいところだが、恐らく間違いなく、“東国人だから”だろうな」
「どうしてそう思うの?」
「あいつらがそう言っていたんだ。“東の黒は結実”とな」
長い黒髪を指で弄びつつ、シュウカは肩を竦めて面々を見回した。彼女の言う“あいつら”とは、言わずと知れた彼女を捕えていたエイクバの人身売買組織の者達の事だろう。各々考え込んだまま黙り込む様子を見て、シュウカは「そういえば」と思い出したかのように切り出した。
「あいつら、割符を使って商売をしているみたいだったな」
「?」
耳慣れないシュウカの言葉に、シン達はお互いの顔を見合わせた。――その中で、キャロルだけが「成程」と独り言ち、微笑んだ。それからそっと席を立つとシュウカへ軽く礼を取り、口を開いた。
「シュウカさん、私はキャロルと申します。少々お尋ねしてもよろしいですか?」
「ああ、構わないぞ」
「貴女はご自身の割符はご覧になったのですか?」
「はっきりとは見えなかったが、私を引き渡す相手と思われる男と、組織の男が符同士を合わせて確認しているのは目にした。その後、私は非常に危機的状況に陥ったのだが、そこに颯爽と現れたのがシアンなんだ。これで惚れない訳が無いだろう?」
「確かに」
「おおっ なんかかっこいいなそのシチュエーション!」
真顔で言い切るシュウカに、キャロル、アレクが尤もらしく頷き、ネアに至っては両目を三日月型にして明らかに笑いを堪えた顔で「あら素敵ですこと」と口元を片手で覆った。
「って、ぜってーネアさん笑ってんじゃん?! っていうか、何でそこで俺の話題になるかな?! それ関係なくね?!」
「いや、大事な事だぞ! 見たか、シアン! 皆、私に同意してくれている! お前もそろそろ諦めろ」
「勘弁してくれーっ!!」
抱きつこうとするシュウカの両腕から慌てて逃れつつ、シアンは素早く立ち上がると猛ダッシュでシンの後ろに回ってキャロルへ顔を向けた。
「で、なんすか、“割符”って」
「元々一つの木片に必要な文字を書いて、中央に印を刻む。それを半分に割ってお互いが持ち、いざ商談の際に間違いなくお互いの相手か確認する為に合わせるものですね。代理人を立てる場合の商談や、国を跨ぐ商売を行う商隊が関所で用いる事が多いものですが……“正体を明るみに出したくない”人間を相手に商売を行う場合にも、便利な方法と思われます」
笑みを崩さぬまま、キャロルがゆっくりと説明する。その言葉に、ネアが僅かに眉を寄せ、シンに視線を送る。それを受け止めて、シンは苦い顔で小さく頷いた。――シンとネアが東の村テアレムの近くの丸太小屋で見つけた、袋に入った“特徴の書かれた木片”――それも、つまり、そういう事なのだろう。
否応なしに重苦しい気持ちになり、シンとネアは黙り込んだ。
――そのまま、自然と会話が途切れ、奇妙な沈黙が訪れる。
それを破ったのは、涼やかな低音だった。
「シンさん」
ハッとしてシンがその声の主へ顔を向けると、彼は微笑んで小首を傾げた。その穏やかな彼の微笑みを見て、シンは己の為すべき事を思い出した。
「そうでした。……すみません、色々……自分の迂闊さが身に染みてショックだったというか……でも、そんな事気にしてる場合じゃありませんでしたね」
苦笑いしつつ、シンは席を立った。
「シアン、ネアちゃん、シュウカちゃん。そろそろ僕、失礼するね。キャロルさんとアレクにお願いする事があって」
つられた様に立ち上がりつつ、ネアは目を丸くした。
「あら、そうなんですか? それでは、ここで解散ですわね。わたくしはこれから念のため、こちらの店長に事の次第を報告した後、自警団の詰め所に顔を出しておきますわ」
――確かに、町の近くに梟熊が出たとなると、冒険者の店や自警団に、当事者から委細を伝えておいた方が良いだろう。
「ありがとうネアちゃん。お願いするね」
「お任せ下さいませ。……ああ、あと。例の巾着袋ですが、もしご覧になりたい様でしたら仰って下さいね。わたくしの手元ではなく、“安全なところ”に保管してありますので」
「うん、分かった」
シンの返答に、にっこりと笑顔を浮かべると、ネアは「では、ごめんあそばせ!」と言い残し、店員に声を掛けると店のカウンターの奥へと消えて行った。
彼女を見送ってから、シンはシアンに顔を向けた。
「さて、じゃあシアン、またね」
その言葉に、シアンは不満げな声を上げる。
「えーっ 俺ついてっちゃダメっすか?」
「シアンが行くなら私も行くぞ!!」
語尾に被さる勢いで宣言するシュウカの言葉に、シアンは「げっ」とあからさまに顔を引き攣らせて彼女から離れようと後ずさった。しかし、シュウカも逃してなるものかとじりじりとにじり寄る。机とシンを中心にして、2人はじわりじわりと円を描く様に一定の距離を保ったまま時計回りに移動し始めた。その様子を少しだけ目で追いつつ見守ってから、シンはタイミングを見計らって2人の輪の中から外へ出た。慌ててシアンが情けない声を上げる。
「ちょっ シンさん!!?」
「あはは、ごめんごめん」
「って、全然悪がってない!?」
「シアぁン!!!」
「ごわぁあああ!!」
シアンの注意がシンにそれたほんの一瞬を見計らってシュウカが彼に飛び掛かり、2人はそのままもんどりうって床に転倒した。
「いでっ おいちょっとシュウカ離れ……っちょっ」
「シアンシアンんっ」
「ぎゃーーー!!!」
――どうやら、シアンよりもシュウカの方が物理的にも力が強いらしい。
何とか引きはがそうともがくシアンと、逃さんとばかりにがっしりホールドしているシュウカを見て、シンは僅かばかりシアンが不憫に思えたが、ここで口を出すと無駄な時間がかかる気がした。その為、ほんの少し思案してすぐに辞め、キャロルとアレクに目で促すと、春告鳥の翼亭の外へ速やかに出る事にした。
* * * * * * * * * * * * * * *
春告鳥の翼亭を出た3人は、シンの案内でまず孤児院へと向かった。見慣れぬ美しい客人に子ども達はきゃあきゃあと興奮の声を上げたが、有難い事にセアラを含む年長の子ども達がすぐにやってきて気を逸らしてくれた。
セアラ達に礼を述べた後、シンはキャロルとアレクをまず孤児院の院長であるエルシオンに紹介し、一息つかぬ内にソフィアの眠る自室へと2人を案内した。
念の為、ドアを開く前に控えめにノックしてみたが、室内からは何の反応も無い。――分かってはいても、やはり気落ちせずにはいられなかった。小さく深呼吸をして気を取り直してから、シンはそっとドアを開けた。
部屋の中は、窓から入る柔らかな午後の日の光で満ちていた。孤児院に住み込みで働いていた時にシンが使用していた一人用のベッドに、すっぽりと埋もれる様に彼女は横たわっていた。それはシンが朝、この部屋を出た時と寸分たりとも変化が無い。
「ソフィア……」
ポツリと呟き、シンは無意識に引き寄せられるようにベッドの傍らまで歩み寄ると、そのまま跪いた。彼女の小さな額に掛かる銀糸の髪を指でそっと直し、彼女にだけ聞こえる様に「ただいま」と囁く。それから、背後を振り返り眉を下げた。
「アレク、……来てもらって早々で申し訳ないけど、診てもらってもいい?」
「分かった。ちょっと失礼するぞ」
しっかりと頷いてから、アレクは真っ直ぐにシンとソフィアの傍までやって来た。
「身体の精霊の流れを確認したい。悪いけどシン、少し下がっててくれ」
「えっ……あ、うん…………分かった」
しょんぼりと肩を落とし、すごすごとキャロルの立つ部屋の入口の方へ戻るシンの背中をチラリと見てから、アレクはソフィアの眠るベッドの淵に腰掛けた。
「……“精霊よ、我が言の葉を辿り生命の源へと道を示せ”」
抑揚のある、まるで歌うようなアレクの声が、一言、また一言と言葉を紡ぐと、小さな光の粒がキラキラと踊る様に辺りを舞い始める。シンやキャロルは精霊を見る事の出来る眼を持っている為、それが“生命の精霊”であるとすぐに気付いた。彼らは戯れるようにアレクの周囲にしばし纏わりついた後、ふわり、ふわりとソフィアの身体へ向かって次々に漂い始めた。
一般的に“精霊使い”という職業はあるが、その能力は人によって様々だ。単に己の精神を集中させる事により、お決まりのパターンで精霊を動かし助力を得る者もいれば、精霊と心を通わせ相互によって力を使う者もいる。――アレクは後者、それも、どちらかというと精霊側が積極的に力を貸そうと集まってくる――精霊に愛されていると言っても過言ではない者の様だった。
「すごいですね。アレクは狩人だとソフィアから聞いていたんですが、精霊使いの腕も相当なのでは?」
「ふふ、そうですね」
思わず感嘆の声を漏らすシンに、キャロルは自身の事の様に嬉しそうに表情を綻ばせた。ただ、すぐに表情を平素の微笑みに収めると僅かに視線を動かした。――彼の目線の先には、苦い表情を浮かべたアレクが立っていた。
一瞬、呆けた様にキャロルとアレクを交互に見たシンだったが、すぐに焦ったようにベッドへ駆け寄る。アレクの表情からして結果は明らかだったのだが、それでも僅かな望みにかけてシンはベッドを覗き込んだ。
――果たして、そこには相も変わらず眠ったままのソフィアが横たわっていた。
ベッドに両手を突き項垂れるシンの背中。その姿を痛ましげに見やるアレクの細い肩を労う様にそっと抱きながら、キャロルは静かに問いかけた。
「どのような状況かは分かりましたか?」
「いや、……うーん、」
珍しく歯切れの悪い返答をし、彼女は視線を彷徨わせた。一方、背後で行われるやり取りなど、まるで耳に入っていないかのように、シンは布団の中からソフィアの小さな手を出し、そっと両手で握りしめて幾度も彼女の名を呼びかけた。
「ソフィア……ソフィア、……ねぇ、ソフィア」
だが、閉ざされた瞼が開く事はない。意気消沈した様子で、シンはのろのろとアーレンビー夫妻へ目を向け、力無く不安な胸の内を口にした。
「やっぱり何か……呪いとか、そういうものなのかな」
その言葉に、アレクが目を丸くする。
「呪い? いや、そういうんじゃないと思うぞ。少なくとも、精霊を通して診た限りは、ソフィアは単に眠ってるだけだ」
「私の目から見ても、呪いの類が掛かっている様にも見受けられませんね」
アレクの言葉に、キャロルも同調した。
「じゃあ、一体どうして……」
シンが両手で握りしめているソフィアの小さな手は、ひんやりと冷たかった。――まさか、このまま目覚めないのでは……と、恐ろしい考えがシンの脳裏で頭を擡げる。慌ててその考えを否定しようと、シンは自身の記憶を手当たり次第に引き出して口にした。
「そうだ、古代語魔法で、眠りの魔法……その中でも、強力な魔法がありましたよね」
「そうですね。範囲魔法の“微睡みの霧”とは異なり、対象を単体に絞った“単焦点落睡術”という魔法が確かにあります。ですが、どちらもあくまでも“眠り”ですから、揺さぶったり声を掛ければ普通は目を覚まします」
「じ、じゃあ……あ! 精霊魔法でも眠りの魔法ってあったよね? アレク」
「“悪戯妖精”の事か? まぁ……確かにあいつの力でなら昏睡レベルで意識をなくすだろうけど、それなら精霊使いの呼びかけで何らかの変化はあるはずだよ」
困った様に肩を竦めてから、アレクは目線をソフィアへと向けた。
「さっきも言ったけど、精霊の流れとしては特段おかしな点は無いんだ。普通に眠ってるのとおんなじで」
「でも、ソフィアは普段はすごく眠りが浅いんだ。それに、朝も早起きだし。……こんなに眠り続ける事なんて考えられないよ」
「まぁ……確かに、変なんだけどさ……なぁキャロル、なんか分かんねぇ?」
助けを求める様な妻の言葉に、キャロルは「ふむ」と小さく返し、整った顎に片手を宛がった。
「シンさん」
「はい」
「先ほど、やっぱりと仰ったのは何故でしょう」
「え?」
予想していなかった問いに、シンは思わず間抜けな声で聞き返した。対するキャロルは微笑みを崩さず、補足の言葉を入れて再度聞き直した。
「先ほど、“やっぱり何か、呪いとか、そういうものなのか”と仰いました」
「あっ はい」
「ソフィアさんが今に至るまでの間に、何か、シンさんが“呪いが原因と疑うような事”でもあったのでしょうか」
小首を傾げるキャロルに、漸くシンは己の説明不足に気が付いた。
「そうでした……! あの、ソフィアが倒れたのは、実は――」
――シンが知る限りの状況をキャロルとアレクに話すと、彼らはそれぞれ難しい顔をして黙り込んだ。
「そのレグルスって妖精、メチャクチャ怪しいな!」
キッパリとアレクが断言した。シンもその言葉に同感だが、キャロルは口元に手を当てたままじっと考え込んでいる。すぐにアレクが彼の顔を覗き込んで顔を顰めた。
「おいキャロル、お前この後調べ物があるんだろ?」
「ええ」
「こんなトコで石になってんじゃねーぞ?」
「ええ」
「今日の夕飯はお前の好物の肉団子のスープにしようか」
「ええ」
「……」
明らかに話しを聞き流しているキャロルに、アレクは抗議しようと口を開いた。だが、笑みを収めて考え込んでいる様子を見て、小さく息を吐くと別の言葉を口にした。
「今の話しで、何か気になるトコがあったんならちゃんと教えてくれよ」
「……」
「キャロル!」
「そうですね」
僅かに苦笑し、キャロルは不貞腐れた様な表情の愛妻の頬をほんの少し指で撫でた。それからシンの方へ向き直ると口を開いた。
「――シンさん、その妖精の方の名はレグルスさんと仰いましたか」
「ええ」
「どのような方でしょう」
「え? えーと…………うーん、表現が難しいんですが」
困った様に言い淀むシンに、キャロルとアレクは思わず顔を見合わせた。
「気難しいヤツなのか?」
首を傾げて問うアレクに、シンは即座に「全然!」と答えてから「いや、でも」と苦い顔をする。脳裏に、昨夜遣り込められた記憶が頭を擡げる。
「……分からないんだ。最初は、朗らかで気さくな為人で、……ちょっと空気を読まない感じかな、って思ってたんだけど――いや、でも何と言うか、妙に達観した、というか、感情が見えないというか、そんなところは最初からあった気が」
「??? なんかよく分からんけど、腹の内が見えないヤツって事?」
「そうだね……うん、そうなのかな。……本当によく分からないんだ。でも、何だろう……こんな事、言いたくないんだけど、――僕は何だか、苦手で。……何が、って言われると分からないんだけど、――何となく」
言いながら、しっくりくる言葉を探す。――――気持ちが悪い。漸く出てきた、一番妥当な言葉がこれだ。レグルスは一見して道化だが、シンの本能が“あれは演技だ”と警鐘を鳴らすのだ。
だが、さすがにそれを口に出すのは憚られる。その為、シンは曖昧に言葉を濁した。
逡巡し口を閉ざしたシンにチラリと視線を送ってから、キャロルは小首を傾げて再び尋ねた。
「私の質問の仕方がよろしくなかった様ですね。では、言葉を変えて。――どのような容姿の方でしょう」
「容姿、ですか?」
目を丸くして鸚鵡返しするシンに、キャロルは微笑して頷いた。
「背の高さや、髪の色、光彩の色……見た目の印象などでも結構です」
「え、えーと……背の高さは、僕よりは高いかと……あ、キャロルさんと同じか、少し上かな。――髪の色は黄金色、瞳の色は明るい緑です。容姿端麗でかなり目立つ印象ですね」
「姓やミドルネームはご存じで?」
「姓は聞いた事なかったかな……ミドルネームについては、そこまで親しくは無いので」
シンの言葉に、キャロルは口元に指を当て、難しい顔をして黙り込んだ。
「キャロルさん?」
「……若い頃、似た人物の話しを聞いた事があります」
「若い頃?」
「キャロルの?」
シン、アレク、と続けて驚きの声を上げる。僅かに口元を綻ばせつつ「私にも若い頃はありますよ」と肩を竦めてから、キャロルは目を伏せた。
「――“水底の聖櫃”の守り人である隠遁者」
「?」
耳慣れない言葉に、シンとアレクは顔を見合わせた。
「ヴルズィアでもテイルラットでもない、遠い場所に住まう一族の末裔。美しい金の髪と新緑の瞳を持ち、雲のようなつかみどころのない為人の麗人――しかし、実際は千年、二千年も生きている――などと言う、凡そ作り話の様な噂でしたが……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
慌ててシンは声を上げてキャロルの言葉を遮った。
「“ヴルズィアでもテイルラットでもない遠い場所”、って……それ、前に――!」
「ええ」
短く応じるキャロルの声に、シンは絶句して立ち竦んだ。
――“ヴルズィアでもテイルラットでもない遠い場所”
――“時の流れからも隔離された世界だけに存在するという”
“忘却魔法の伝承”
「そんな、まさか……」
表情を強張らせたまま、シンは声を震わせた。
事情の分かっていないアレクが、訝し気にシンとキャロルを交互に見る。その視線に気づき、キャロルは淡く苦笑した。
「思いがけない部分が繋がりましたね」




