74.援軍
――戦い始めて、恐らくそう時間は経過してはいない。
だが、既に勝敗は決し始めていた。
元々簡易鎧姿だったシンは全身にあちこちに流血を伴う傷がある。しかし、彼に対峙する梟熊は未だ2体生存している。シン自身には傷を治す神の奇跡の力があるが、行使する為には攻撃の手を休める必要がある。そこで傷を回復したところで、それ以上の怪我を負う事は想像に難くない。その為、未だに回復へ手を回す事が出来ずにいた。
それでも、シンの身体の傷は動けなくなるようなものではない。――まだ堪える事は出来る。そう心に強く念じ、シンは棍棒を握る両手に力を込めた。その時、シンの背後――エルテナ神殿の持つ畑の方から男性の短い悲鳴が、次いで切羽詰まったような叫び声が上がった。
「大丈夫ですか?!」
え、と肩越しに振り返ると、エルテナ神殿の男性神官が顔を真っ青にして狼狽している姿が目に飛び込んできた。彼はシンの怪我に気付き、慌てて駆け寄ろうとしている。
「来ちゃ駄目だ!!」
ぎょっとして反射的に鋭く叫ぶと、神官は弾かれた様に肩を震わせ、その場で硬直した。その隙を狙って繰り出される攻撃を棍棒で往なしながら、シンは続けて口を開いた。
「それ以上こちらに来ると、梟熊の標的が君へ移る。危ないから」
「し、しかし、お怪我を」
「僕は平気! でも、応援を呼んでもらえると嬉しいかな」
敢えておどけた様な口調で言うと、神官は青い顔をしつつも少し冷静さを取り戻したようだ。素早く頷き「すぐに!」と短く言い残すと踵を返して走り去った。
――とはいえ、この状況はまずい。
1体しか出ないだろう、と高を括っていた過去の己を叱り飛ばしたい。今となってはどうにもならないが……苦笑いをし、シンは再び棍棒を構えた。梟熊の方も、仲間が2匹倒された事で警戒心をむき出しにしている。残り2匹。じりじりと距離を詰めつつ、シンは冷静に状況を観察した。
シンから見て右側の梟熊が左に比べてやや小さく、怪我もより多く蓄積している様に見える。狙うなら右か、と判断し、シンは利き足に力を込めて一気に踏み込んだ。
『ギャ!!!』
振り下ろされた棍棒に対し防御態勢を取った右の梟熊だったが、その勢いと重力を防ぐことは出来なかった。鈍い音と共に肉が弾け、その場に崩れ落ちた。
「……あと1体」
小さく呟き、シンは棍棒を構えて最後の梟熊を見据えた。梟熊は半歩退く。このまま森に逃げ帰ってくれると、シンとしては助かるが――根本解決にはならない。逃してなるものか、とシンも1歩前に出る。その時、梟熊がつんざくような声を上げた。
「!!」
ギクリ、とシンの表情が強張る。人の可聴領域すれすれの音。この音は――梟熊が仲間に救援を送る際に発する鳴き声だ。今から更に増えた梟熊の相手をするなど、流石にいくらシンの身体が丈夫だとしても持ちこたえることは出来ない。早く梟熊の発する音を中断させなくては。棍棒を構えたまま全力で梟熊に向かって突進する。しかし、比較的軽傷の梟熊は軽々とシンの攻撃を避け、更に大きく声を上げた。
「やめろ!!」
空振りした棍棒を続けて水平方向へ振り抜きながらシンは叫んだ。このままでは持たない。シンが倒れれば梟熊はエルテナ神殿の方へ、引いてはクナートの南区の方まで入り込みかねない。大振りのシンの攻撃はやはり大きく空振り、梟熊は素早くシンから距離を取る。対するシンは武器の重さと遠心力で体勢を崩しそうになり、よろけながらも辛うじて堪えた。棍棒を構え直しつつ、梟熊の方へ目を向け――森の茂みが動いている事に気付いた。ついに梟熊の応援が到着したのか、とシンの背筋に緊張が走る。
「“雷撃術式展開、速射”」
「シン! 無事か?!」
低い美声と、快活なソプラノ。次の瞬間、森の茂みの中から細い稲妻が幾筋も梟熊へ向かって連射された。命中した梟熊は悲痛な声を上げてよろめく。驚いたシンは声の方向を見て僅かに目を瞠った。
「え……アレク!? それにキャロルさんも……?!」
「こんにちは、シンさん」
「挨拶なら後にしろよ!」
伴侶に突っ込みながら、アレクは身重とは思えない軽やかな足取りでシンの傍まで駆け寄り、彼の傷口に手を充てた。
「“精霊よ、彼の者の生命を言祝ぎ傷を癒せ”!」
驚く間もなく、シンの全身の傷がみるみる内に綺麗に塞がる。高位の精霊使いだけが使う事の出来る、生命の精霊の手を借りた回復魔法だ。神に仕える司祭が使うものとは異なり、生きとし生けるものに宿る生命の精霊を使い対象者本人の身の内の生命の精霊を活性化させるもので、回復力は段違いにこちらの方が高い。ほぼ無傷の状態にまで回復したシンは、素早くキャロルとアレクを庇う様に前に出て棍棒を構えた。
「ありがとう、第二ラウンド行けそうだ」
「いいぞやれやれー! 援護は私に任せとけー!!」
「いやいや、駄目でしょ?!」
身構えるアレクに思わずシンが突っ込みを入れる。そのままちょっとした漫才が始まりかけたが、冷静なキャロルの声が遮った。
「シンさん、サンディ。……あちらにも応援が到着したようですよ」
キャロル、アレクが出てきた地点とは異なる場所から、梟熊4~5体が茂みを掻き分けて出てくるのが見えた。眉を顰めてシンは独り言つ。
「なんであんなに梟熊が……」
「ええ、おかしいですね。……ですが、ひとまずこの場をどうにかするのが先ですね」
微笑んでシンに応えながら、キャロルは梟熊達へ視線を向けた。――その時、
「おらおらおらーーー!! 英雄登場だぜーーー!!!」
「英雄は自称するものではありませんわよ、シアンさん」
え、と声の方へシンとアレクが気を向ける。その隙に一番手前にいた梟熊が爪を振りかぶる。
「“防御術式展開、反射”」
素早くキャロルが指で虚空に文様を描き手で払うと、シン、アレクと、2人へ突進してきた梟熊との間に薄い鱗状の板が忽然と現れ、梟熊はぶつかった途端に弾かれた様に後方へたたらを踏んだ。慌ててシンはキャロルに詫びの言葉をかける。
「! キャロルさん、すみません!」
「いえ。それより、すぐに来ますよ」
「ええ」
短くやりとりする間に、シンの両側に町の方から駆けてきたシアン、ネアが各々の獲物を構えて立つ。
「他の方々もすぐに駆けつけますわ」
使い込まれた大剣を構えて不敵な笑みを浮かべつつ、ネアはシンに視線を送った。シアンは細剣を正眼に構えながら顔を顰めた。
「はぁ? なんじゃありゃ。顔だけ梟とか……なんかの冗談か?」
どうやら梟熊を見たのは初めてのようだ。それはそうだ。普段は人家の近くで出没するような妖魔ではない。熟練冒険者でも知識があるだけで、実際に対峙した事がある者は少ないかもしれない。
「梟熊だよ。爪と嘴で攻撃してくる。目が良いから気を付けて」
「はん! 目が良いなら、逆にそこを攻撃するまで!!」
言いながら、シアンは構えていた細剣を梟熊の左目に向かって狙いすまして繰り出した。嫌な音がして切っ先が目玉を潰し、悍ましい鳴き声が上がる。直後、その梟熊は右手の尖った鉤爪をシアンの脳天へ向かって振りかぶる。
「前に出過ぎですわ!」
言うや否や、シアンの襟首をむんずと掴んで後方へおざなりに投げ飛ばす。想定外だったのか彼は受け身も取れずに「ぐえっ」と潰れた蛙の様な声を上げて地面にキスした。対するネアは、シアンを投げ飛ばした勢いのままに左肩で梟熊の胸に体当たりし飛び退くと、身を翻して両手剣を下段に構えた。
「おほほ! 考えなしのシアンさんの太刀を浴びるなど、所詮低能な妖魔! わたくしが直々にお相手して差し上げますから、覚悟がおありでしたらかかっていらっしゃい」
嫣然と微笑んで髪を揺らす――台詞が悪役のそれだが。言葉が通じたのかどうかはさておき、他の梟熊がけたたましい鳴き声を上げながら一気に襲い掛かってくる。1体はネアの大剣が、逆側のもう1体はシンの棍棒が、そして残りの梟熊にはキャロルの防御術、そしてアレクの精霊魔法による足止めがかかり――そこへ風を切って矢が数本撃ち込まれた。
「応援に来たぞー!!」
「うひゃー! あれって梟熊か?! 初めて見たーー!!」
「レア妖魔ゲットだぜー!!!」
クナートの町へと続く南街道から大勢の冒険者達が駆けてくる。
「皆さん、森に逃げ戻られたら後々厄介です! 殲滅しますわよ!!!」
大剣を振り上げてネアが高らかに声を上げると、冒険者達は鬨の声を上げた。
* * * * * * * * * * * * * * *
形勢逆転、一気に勝利を収めたシン達は、息のある梟熊がいないか最終確認をした後、ようやく一息ついた。
「ありがとう、ネアちゃん、シアン。助かったよ」
「いえいえ、こちらこそ。シンさんが持ちこたえて下さったからこそ町に被害が無かったんですから、感謝しますわ」
「梟熊ってつっえーーー ってか、これを1人で4体相手にしてたとか、シンさん怖えぇ」
「あはは、僕は体力だけはあるからねぇ」
シアンの言葉に苦笑して返答してから、シンは2人に改めて礼を述べると、少し離れて立つキャロルとアレクの方へと向かった。
「キャロルさん、アレク、本当にありがとう。……でも、どうして町へ?」
いやにタイミングよく登場した彼らに、首を傾げつつ尋ねると、アレクは笑って軽く空を指し示した。示される方へ視線を向けると、青空に音もなく旋回する梟の影が見えた。――キャロルの使い魔の梟だろう。
「森の様子がおかしくてさ、昨日からルーフォスに警戒してもらってたんだ」
「それにしては、駆け付けるのが早くない?」
「気付いた後、すぐにキャロルの魔法で“飛んで”来たからな」
「ああ、成程」
戦闘に陥ったシンをルーフォスが発見し、主であるキャロルへ思念を飛ばす。その後すぐにキャロルが転移術を使い――本当であればアレクは置いてくるつもりだった様だが、黙って置いて行かれる彼女ではなかった様だ――すぐ近くまで移動、援護したという事だ。広大な森をルーフォス1羽で警戒するわけには行かず、アーレンビー家周辺と街道周辺を巡回していた為に、援護に来るのが遅くなったのだろう。
「それにしても……」
呟く様に何かを言い掛け、キャロルは細い顎に手を充てて思案した。シンと同様、通常、深い森の奥や、山林に生息する梟熊が町の近くで出没した事に違和感があるのだろう。そう思い、シンは彼の近くまで歩み寄り声を掛けた。
「森で他に、あまり見かけない妖魔が出る事はありますか?」
「……」
「キャロルさん?」
「……」
――石になっているかもしれない。
思わずアレクへ視線を向けると、彼女は笑って肩を竦めて見せた。
「立ったまんまだから、多分そんなにかからないで戻ると思うよ」
「あ、そうか。立ちっぱなしだと辛いもんね」
「うん。小一時間くらい経てば足が疲れて来るだろうから」
「小一時間」
「小一時間」
聞き返すと、真面目な顔で頷き返された。どうしたものか、と微苦笑して視線を動かすと、集まった冒険者の面々に数人、見慣れた顔があった。いつの日か囚われたソフィアを助けたディック、エイクバでシアンが救出した女性、シュウカもいる。そこで、シンはキャロルから受けた助言を思い出した。幸い、ここにはネアもいる。まとめて確認できるチャンスではないか。
集まった冒険者達は梟熊の観察や傷ついた者の手当てなど、各々動いている。シンは、キャロルが戻ってきたら教えて欲しい旨をアレクに伝えるとまずはネアの方へと足を運んだ。
「ネアちゃん」
「あら、どうかしました?」
大剣についた汚れを布で拭き取っていたネアはすぐに顔を上げて応じた。
「聞きたい事があるんだけど、今いい?」
「ええ、構いませんけど」
「テアレムで小屋の捜索していた時なんだけど、あそこにこれくらいの巾着袋があった事、覚えてる?」
「ええ、もちろん。わたくしがお預かりしたんですもの」
隠す様子もなく頷くネアに、シンは顔を寄せて小声で言った。
「あの中身って、教えてもらう事って出来ない?」
「中身って……今ですか?」
今更と思ったのか、ネアの声は怪訝そうだ。しかし、シンは力強く頷いて続けた。
「見せてくれなくてもいい。でも、どんなものだったのかだけ、教えて欲しい」
「そうですね。いくらわたくしとて、何でも持ち歩いている訳ではありませんから、今お見せするのは難しいですわ」
汚れた布を清布で包み、ベルトポーチに仕舞いながらネアは肩を竦めた。それから、周囲に声が漏れない様に声を潜めた。
「中にあったのは――簡単に言えば、特徴の書かれた木片ですわ」
「“特徴”……?」
「ええ。例えば“栗毛、茶眼”、“黒髪、小柄”など。――もちろん、“青銀髪、淡青眼”もありました」
「……」
「つまり、あちらの売れ筋、または“客からの指定”なのではないかと」
「……最後だけ、いやに限定的じゃない?」
「そうとも取れますが……“妖精、銀髪青眼”などもありましたわよ」
「……」
「まぁ、……あまりいい気はしませんけどね。恐らく各自木片を持ち、その特徴に合う商品を町で物色していたのでしょう。羊皮紙ではなく木片なのは、持ち運びを考慮してではないかと」
苦笑しながら、ネアは気を取り直して姿勢を正した。しかし、シンは眉を顰めたまま黙り込んだままだ。――もし、人身売買組織に“ソフィアに限定される様な特徴”を指定してくるような客がいたとしたら、それはどういう意図になるのか。彼女を偶々見かけた人物が、大枚をはたいてでも手に入れたいと願った? 可憐な容姿の彼女にならありえる事だが、それでも彼女がこちらへ来てからまだ半年も経っていない。そこまで執着するような人物がいるだろうか。
「シンさん、何か?」
「! あ、うん。ちょっとね……」
「なんすか、2人とも! 俺抜きにして! 混ぜて下さいよ!」
答えようと口を開いた途端、空気を読まない明るい声が飛び込んできた。次いで、シンとネアの間ににゅっとシアンが顔を出す。
「ちょっとシアンさん、近いですわよ」
顔を顰めたネアが身を引くが、気にした風もなくシアンはシンとネアを交互に見た。
「どしたんすか?」
「あ、そういえばシアン、シュウカちゃんも来てくれてたみたいだよね」
「は?! え?! まじですか?!」
シンとしてはおどかすつもりは毛頭無かったのだが、予想以上にシアンは怯えた様に表情を強張らせてシンの影に隠れる様に身を縮こまらせた。そんな彼を呆れ顔で見やりつつ、ネアは小首を傾げた。
「シュウカさん? って、春告鳥の翼亭でよくシアンさんとお見掛けする女性でしたわね」
「よくお見掛けされたくないんですよこっちはー!!」
「あはは」
悲痛な声を上げるシアンの言葉を、シンは軽く笑って受け流し、ネアに至っては完全に無視で会話を続けた。
「そういえば、“東国の黒髪”もありましたわね。――彼女、東国の方でしょう? 注意した方が良いと教えて差し上げた方が良いかもしれませんわね」
「ああ、ネアちゃん。彼女はシアンが“本拠地”から連れ出した人だから、十分分かっていると思うよ」
「あら、そうですの?」
驚いた様にネアがシアンを見た。その視線を受け、シアンは気まずそうに更に縮こまった。何しろ、行った理由が「女の子達に追いかけられてプレゼント攻撃をされるのが嫌だから」なのだ。知られたら「男らしくありませんわ! 堂々と受け止めたらどうです?!」と雷を落とされるのは目に見えている。
「それにしても、出自に関わる事まで指定するなんて吃驚だね」
「東国の方は男女問わず、切れ長の瞳でスレンダーな体型の方が多くて、わたくし達から見ると神秘的な魅力がありますから」
苦笑いをしつつネアは小さく肩を竦めた。一方シンは、ネアの言葉で以前キャロルが言っていた言葉を思い出した。
――“見つけるのも難しい東国人の彼女が、エイクバの人身売買組織に捕えられていた……何やら少し、引っ掛かりますね”
キャロルが気にしていた通り、やはりシュウカは“指定された商品として”囚われていた可能性が高い。どこで捕らわれたのかは分からないが――東国から連れて来られたのだとしたら、輸送期間を含めると予想以上に人身売買組織の中で拘束されていた事が考えられる。だとしたら、組織について何か情報を持っているかもしれない。
思案した後、シンは辺りを見回した。すぐに真っ直ぐな長い黒髪を持つ、目的の人物を見つける事が出来た。
「シュウカちゃん」
「うん?」
「はぁ?! ちょっ シ、シンさん?!」
シアンが恐れ慄いて遁走しようとするのを、ネアが素早く襟首を捕まえる。
「あら、シアンさん、どちらへ行かれますの?」
「ちょっ ネアさん!! いやマジで俺……ってか力強ぇぇええええ!!?」
「鍛え足りないご自身の事を棚に上げて、女性を馬鹿力扱いしないで頂けます?」
片方の頬に手を充て、困った様に小さく息を吐きながら……もう片手はシアンが全力でジタバタとしても全く揺るがずに捕まえたままだった。
「シアンじゃないか! お前も来ていたんだな! これはもう運命だ!」
「いや、周りにいっぱい人いるだろー?!」
「だが、大勢いる人々の中でこうして巡り合う事が出来るのは……やはりもう、結ばれるべきなんだろう。お前もいい加減に目を覚ませ」
「俺は少なくともお前の前ではいつでも目を覚ましているっつーの!」
「なに? ……そうか。まぁ、私が魅力的過ぎて眠気も吹っ飛ぶというのは分からなくもない。だが、こんな公衆の面前でそんな事……言わなくても」
「ってなんで照れるーーー?!」
頭を掻きむしりながら悲鳴を上げるシアンに、僅かばかり憐みの目を向けつつ、シンはシュウカに向き直った。
「疲れているところ、ごめんね。少し話を聞かせてほしくて」
「構わないが」
「その……」
言いかけて、口ごもる。こんな人の多い場所で、人身売買組織から逃げてきた女性という事を口にしてしまったら、彼女自身が好奇の目にさらされる事が考えられる。それはさすがに出来ない。
「ごめん、場所を移してから話しをしたいんだけど」
「いいぞ」
予想以上にシュウカはアッサリと頷いた。――が、次の言葉を聞いて納得する。
「丁度腹も減ったしな」
「あ、そういえば……今何時くらいなんだろう」
「私がここに向かう頃、中央広場の鐘楼が鳴っていたから、昼過ぎなのは間違いない」
「そっか。じゃあ、春告鳥の翼亭で話をしながらご飯でも食べようか。ネアちゃん、シアンはどうする?」
「わたくしも同席してよろしいのでしたら」
「……うぅ、すっげー揺らぐ…………いや、行く! 行きます!!」
渋々とシアンが挙手する。面々を見回すと、シンは一つ頷いてから少し待っていて欲しい旨伝えると、キャロルとアレクの方へと戻った。
「アレク! キャロルさん、どう?」
「んー、さっきと同じ? あー、でも、私も腹減ったなぁ」
「そうですか。では、せっかくですから町で食事でもしましょうか」
「もしよろしければ、お2人も僕と一緒に春告鳥の翼亭にどうですか?」
「おっ 行く行く~! あそこのキッシュ、美味いよね!」
「ふふ、貴女はあそこへ行くといつもキッシュですよね」
「……」
「……」
「あれ?!」
「お?」
ごく自然に会話に加わって来た声に、普通に答えてからシンとアレクは目を丸くしてその人物を見た。
「キャロルさん!」
「なんだキャロル、戻ったのか」
「はい?」
不思議そうに小首を傾げて微笑む妖精の青年に、シンとアレクは顔を見合わせた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……てっきり石k……あの、考え事に集中されているのかな、と思ってたので」
「ああ、そうですね。先ほどの件で」
「先ほど?」
記憶を反芻し、どれがキャロルの言う“先ほど”なのか考え込む。そんなシンを見て、キャロルはにっこりと微笑んだ。
「梟熊が突然複数体、町の近くに出没した事についてです」
「あ、ああ……何か気になる事があったんですか?」
「ええ」
頷いてから、キャロルは少し笑みを収めて思案顔になった。
「少し調べたい事があるのですが……古い文献は、この町では賢者の学院に?」
「あー……ええ、多分?」
曖昧に答えてから、シンはバツが悪そうに頭を掻いた。
「お役に立てずにすみません、普段から、あまり書物などは見ないもので……」
「いえいえ。――では、智慧神殿はどうです?」
「あ、ええ。蔵書量では賢者の学院に足りないかもしれませんが、それなりに古いものがあるはずです」
「そうですか。では、昼食後に案内して頂いてもよろしいでしょうか? 私では賢者の学院はともかく、智慧神殿には入れませんので」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
――キャロルの調べたい事を仮に聞いたところで、シンには理解できない自信があった。そして、キャロルという妖精は信頼に足る事は十分に理解している。だからこそ、細かな事を聞かず、二つ返事で承諾したのだ。
「なぁ、腹減ったってー ホラ、みんなも待ってるしさー」
待ちくたびれたのか、アレクが口を尖らせながら、頭の後ろに両手を組んだ。微笑んだキャロルが彼女の傍らへすぐに寄り添い、瞼に口づけを落としながら詫びの言葉を口にする。シンも「そうだった、ごめん!」と両手を合わせて謝罪した。それから、「あ、そうだ」と小さく漏らす。その声に、アレクはきょとんと眼を丸くした。
「ん? どした?」
「アレク、昼食後で良いんだけど、……ソフィアを診てもらえないかな」
「どういう事だ?」
「僕も分からないんだけど……その、目が覚めなくて。キャロルさんすみません、食事の後、一度孤児院に寄ってから神殿にご案内しても構いませんか?」
「ええ。――目が覚めない、というのは、私も気になりますから」
――こうして、シアン、ネア、シュウカ、キャロル、アレク――そしてシンは、まずは春告鳥の翼亭へと向かったのだった。




