実行委員決め
小笠原殿が逃げてきたという状況にも関わらず、上洛の準備を進めていく。
本当に戦になれば、それどこじゃ無いんだけれど。
まだ、実害は生じていない。
仮にこれから発生するにしても、それはそれ。
そのときに対応すればいい。
それに、実際のところ戦になったとして、すぐに動けないということは無い。
国防は第一義に考えられている。
いや、そう考える者ばかりがいる。
むしろ、そう考える者しかいやしない。
こんなんだから、かつての越後は貧しかったんじゃない?
さて、上洛を進める為には、それを進める為の中心人物が必要となる。
様々な事を、こなす為の粘り強さが必要になる。
通過する各地の大名との折衝。
朝廷や将軍家との面会となれば、儀礼も理解していなくてはならない。
ただ粗野なだけでは勤まらず、またヤル気が無ければ乗りきれない。
とはいえ、経験の無いことをするとなれば、失敗も有り得る。
その失敗を恐れず、乗りきれる者はいないかしら?
前から探してはいるのだけれど、人選は難航していた。
「もう、いっそのこと兄上が面倒見てくれたらいいのに。」
「それは無理じゃないですか?」
「分かってるわよ、長重。でも今は京にいるんだし、少しくらい面倒見てくれそうじゃない?」
「うーん、どうなんでしょうか?」
実は兄上は、今は越後にはいない。
しばらく前から京に住まいを移していた。
その為、以前から行うようになった親族の集まりにも、兄上は出席してはいない。
電車や車がある時代じゃないから、ホイホイ参加も出来ない以上、それは仕方がない。
少し寂しくもあるけども。
兄上は、隠居したのをいいことに、日々自分の好きな事をしているようだ。
越後でも風流を解するとして、それなりに知られており、長尾家当主としての重圧から解放された今は、それこそ趣味人として生きている。
色々思うところが無い訳じゃないけど、それでもこれまで多大な恩恵を受けてきたのだ。
少しでも、その恩を還せるのならと、私も了承していた。
勿論、狙いが無い訳じゃない。
兄上を京に置くことで、京に住まう貴人の人達との繋がりを持とうと考えたところもある。
関係性を築く為には、長い年月が必要になるのは誰もが知っての通りだし。
となれば、越後においては兄上をおいては他にいないのだと、私は思っていた。
「さて、どうしようかしら。誰かいないのかしらね?我こそはって気概のある人は。」
「うーん、皆戦の事で頭がいっぱいになってそうですから。」
「そうなの、そこなのよ。内政でも功を得られると分かるようにしたんだから、外交でも十分にその功は得られると考えるのが普通じゃない?どうして、戦ばかりに目がいってしまうのかしら。」
「もともと武門の家柄が多いですし、戦場での結果は分かりやすいですから。」
これだから脳筋の連中は!
いや、だからこその戦国時代とも言えるけど。
だとしても、もっと知的な人はいないの?
とはいえ、実乃や実綱らを、今の仕事を放ってこちらにというわけにもいかない。
それじゃ両方?
ただでさえ多く仕事を抱えているのだ。
それこそ過労死してしまう。
「なんにせよ、評定を開きましょう。いい加減決めないと、色々支障が出そうだものね。」
「かしこまりました。直ぐにでも、呼び掛けましょう。」
「よろしく頼むわね。」
そうして、長重に命じて諸将に呼びかけさせ、臨時の評定を開く。
今日は、意地でも実行委員を決めるわよ。
決まるまで、終りはないわ。
「で、どうなの?」
私の問いに、集まった者達はあまり良い表情をしない。
むしろ、誰がやるのかと、なすりつけあっているようにすら思える。
これでは決まるものも決まらない。
様子をじっと黙って見つめる。
消去法で決めていってもいいけれど、対外的に動かなくてはならない。
ヤル気の無い態度を、相手に見せられては堪らない。
多分、ちゃんとこなそうとするとは思うのだけど。
だけれど、相手に気持ちを見透かされる可能性だってある。
様子を見ていると、ワーワーとやり合う中、静かにしている者がいた。
どうすべきか、悩んでいるようだ。
あれは・・・誰だっけ?
いまいち名前が思い出せない。
えーっと・・・
そんな事を考えながら、その将を見ていたら目があった。
それで決意をしたのだろうか?
右手を上げて、声を発する。
「その役目、この大熊朝秀にお任せ頂けませんか!」
そうそう。
大熊朝秀だったわね。
確か、定実様が亡くなってから、正式に配下になったのよね。
あれから、特に何かしていた訳では無いから、ちょっと忘れていたわ。
ダメね。
客商売をしていた私が、人の顔を忘れるような事があるなんて。
その一言に、騒然としていた場が静かになる。
そして、騒いでいた者達の視線が、一斉に向かう。
その視線に、少し驚いていたようだけど、その目は本気であることを語っているようだった。
うん。
男が決意を示す、意志の強い視線って嫌いじゃないわ。
ちょっとゾクッと来ちゃうわね。
「いいわ、あなたに任せます。」
「有り難く。」
「よろしいのですか?実績も何もありませんぞ!」
「うるさいわよ!それなら色部殿がやるって言うの?」
「いやぁ、それは・・・」
「じゃあ、決定でいいわね。」
新参者と侮っているのだろうか?
色部殿を軽くたしなめる。
そんな事を言うのなら、自分がやりますと言えばいいのだ。
それが出来ないなら、言うべきじゃないわよね。
それに、誰しも初めは実績なんて無いわけだし。
実績が無いなら、これから作っていけばいいんだから。
「それじゃ、朝秀。委細お願いしますね。京には兄上がおられるから、よく相談するといいわ。それと、京との行き来なんかは大変だと思うけど、頑張ってちょうだい。」
「ありがとうございます。」
「それから長重をつけるわ。まだまだ経験の浅い子だけれど、一緒に働かせてあげて。」
「かしこまりました。」
恭しげに頭を下げる朝秀。
その姿を見て、思わずうなずく。
慌てた様子を見せるのは長重だ。
わたわたとしている。
いつも努めて冷静にしようとしているのが、慌てるとかなかなか面白いわね。
「長重、これも経験よ。朝秀の働きをよく見て勉強してらっしゃい。」
「えっ、あっ、はい。」
「それじゃ、今日はこれで終わり。皆も二人が困っているようだったら、協力してあげて。」
こうして、上洛実行委員として、委員長に大熊朝秀、副委員長に長重を据える事とした。
何故、大熊朝秀が朝廷との橋渡しをすることになったんだろう?
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