入門の日
顔の腫れがようやく引いて、ほぼ元通りの状態に戻った頃、寺への入門がさっさと決まった。
城下の林泉寺に入門するという。
住職の天室光育は、大層徳の高い僧侶だというが、果たしてどうだろう?
一向宗ではなく曹洞宗というから、変な考えを起こして「一揆だ、一揆だ。」などというような事は無いだろうが、今のところ城の外に出たことの無い私にしたら、不安でいっぱいだ。
新たな門出にはなるのだろうけど、これが皆から祝福されたものならいいが、そういうわけではない。
くそ親父にキレられて、半ば強引に入れられるのだから。
疎まれているのかもしれないな。
元々がどうだったか分からないが、多分にその可能性はあると思う。
そんな悲観的な事を考えてしまう。
ちょっとセンチになってしまったわね。
いけないいけない。
女は度胸。
なんとでもなるはずよ。
つやに手伝ってもらいながら出立の準備を済ませ、両親に挨拶をと思ったが、あのくそ親父は「用があって会えない。」と抜かしやがった。
別に、こっちも会いたいとは思っていなかったから、別に構いやしないんですけどね。
それに、御兄様の顔も見ることが叶わないようだ。
どうにも、あのくそ親父が呼び出して、何やら相談事でもあるようなのだ。
相談事とかこつけて、私と会うことが出来ないようにされてしまった気がする。
というわけで、お母様の元に向かう。
あのくそ親父に殴られた部屋だ。
どちらかと言えば近寄りたいとは思わないが、今日は仕方がない。
障子を開けて中に部屋の中に入ると、綾姉様も共に座っている。
二人の前に正座で座る。
そして深々と頭を下げる。
「それではお母様、行って参ります。今までお世話になりました。」
「立派にお勤めを果たすのですよ。母も、たまには顔を出せると思いますから。」
「そうなのですか?」
「それはそうよ。母上はとっても信心深いんだもの。お寺へお参りくらい、行くに決まってるじゃない。」
「あら、そうなの?そうすると、もしかして綾姉様も来てくださるの?」
「そうね。母上から許しが出れば、付いていくことも有り得るでしょうね。」
自分の予想と違い、二人はたまに顔を出してくれるという。
城下にある寺な訳だし、言ってしまえば目と鼻の先の距離な訳で、そこまでの労力を必要とするわけではない。
今生の別れになるかもと思っていたその考えは、良い意味で裏切られたわけだ。
別れの挨拶が済むと、直ぐに城を出ていく事になった。
親子の会話に入ることなく、静かにしていたつやを伴いながら、城の廊下を歩く。
「つや、これまでありがとうね。」
「もったいない事でございます。」
「そうは言っても私の偽らざる気持ちなのだから、ここは言わせてよ。」
「はい・・・」
歩きながら私が言った一言が、心に刺さったのだろうか。
涙を流し始めるつや。
それほどまでに尽くしてくれていたと思うと、どこか心が温まる思いだ。
「つや、別れに涙は厳禁よ。明るく笑って別れなきゃ。」
「ですが・・・ですが・・・」
「その涙は再び出会った時までとっといて頂戴。悲しくて泣くよりも、数倍その方が価値があると思うの。」
「虎千代様・・・」
「まぁ、それよりも男の前で泣いた方がどれだけ効果があるか。そうよ、好きな男が出来たら、その男の前で泣いた方がいいわ。そうしなさいよ。」
悲しみにくれて涙を流すより、その方がいくらもいい。
涙は、女にとって最大の武器なのだから。
私の言葉を聞いて、つやは泣くのをこらえているようだ。
でも、それでいい。
そうして歩いている内に、城の出入り口についてしまう。
「さぁ、ここまででいいわ。それじゃ、つや。また会いましょう。」
「はい。その日が来ることを心待ちにしています。」
深々と頭を下げるつやの肩を軽く叩き、私は城を出た。
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