消極的賛成、積極的賛成
本来であれば予定に無かった訳だけど、さすがに関東管領である上杉憲政の願いも無下には出来ない。
全く、とんでもない疫病神である。
どうしたものかと思案する。
私はどちらかというと、出兵に関して言えば、反対側の意見となる。
まだまだ越後という国を、開発を進めるべき段階であり、その他の事にかまけてなどいられない。
とはいえ、他国の様子を全く知らないというわけにもいかないのも、勿論分かってはいる。
他国のゴタゴタなんかも、自分の国の利益となるように、少々悪辣な手を使ってでも、介入するのも一つの手ではある。
今回の事に関して言えば、悪辣な手というものを使わなくても介入出来る良いチャンスと考える事も出来る。
でも、ねぇ。
なんの開発も進んでいないような土地なんて、誰が欲しがるのか。
そんなもの、ただの負債になりかねない。
そう考えていた私が、甘い考えであったと気付くのは、諸将を集めての評定を開いたときにだ。
「それでは、評定を始めましょうか。」
私の言葉に、その場にいる皆が頭を一様に下げる。
人が集まって、一斉に平伏されるというのも、なかなか壮観な絵面に見えるから不思議なものだ。
こうやって見ると、時代劇でよく見るちょん髷をしているものが、以外と少ないのが分かる。
ハゲというか、激しく頭頂部が後退しているものは多い。
また、ハゲていない者は、髪の毛を後ろで結わえるポニーテールのような者が多い。
結わえた紐をほどけば、ロングヘアーになるのは必至であり、ロン毛とハゲしかいないという、この二極化の状況に頭を抱えそうになる。
かく言う私も、ロングヘアーだったりする。
せっかく綺麗に伸ばせるなら、伸ばしたいじゃない。
そのぶん兜を被ると、頭皮が物凄く蒸れるから、アフターケアが凄く大事になる。
ちなみに、長重と貞興は短髪になっている。
スポーツ狩りに近いだろうか。
幼い頃より、私が刈ってきた為、慣れ親しんだ髪型を今さら変えるつもりは無いようだ。
うざったい髪型の集う中、そこだけはさっぱりと若者らしくていいんじゃないかしら。
もう、いっそのこと、もっと広まればいいのに。
「さて、今日は皆に聞きたい事があるわ。」
「上杉様の件ですな?」
「えっ。ええ、そうよ。皆知ってるの?」
「既に、この話題で越後中持ち切りですな。」
「そうなの?」
「ええ、いつ関東に攻め込むのか。皆、景虎様の動向に注視している訳です。」
何と!
いつの間に?
思わず、頭を抱える。
しかし、誰が広めた?
可能性があるのは、この場にいる二人のどちらか。
いや、もしかしたら、二人揃っての行動かもしれないわね。
そんなに、戦がしたいのか?
今や、越後は飢えた国ではない。
そりゃ、飢饉がくれば危険はあるが、少しずつ備蓄も出来てきている。
毎年の作物の収穫高も、右肩上がりになっている。
であるのに、戦を起こしたい?
「そう・・・それなら、話しは早いわ。私が言っておきたいのは、関東に攻め込むつもりは、今のところ無いわ。」
「何と!話が違うではないか!」
私の言葉に、その場に立ち上がり大声を出すのは鮎川殿だ。
その他にも、その意見に賛同しているであろう面々が、口々に文句を言っているようだ。
あ、ほとんど揚北衆ばかりだ。
本当に血の気が多いわね。
「話って何よ、鮎川殿。」
「関東管領上杉憲政様を担ぎ上げて、関東に進出。そこで獲た領土を、我ら家臣に分けて下さるつもりだったのでは無いのですか!」
「そんな話は、言った覚えは無いわよ。いや、領土を獲たなら、それを功に合わせて分配するのは良いと思うけど。」
何処で、そんな話に捻れてしまったのか。
そもそも、私は出馬するつもりは無いって、言っているじゃない。
ちらっと、中条殿と定満を見る。
相変わらずのポーカーフェイスが、逆に腹が立つ。
「それなら、私を納得させられる理由はある?」
「関東に攻めいる事により、領土が増えますぞ!」
「今の越後より肥沃なら考えもするわ。でも、獲得出来たとしても、そう簡単には上手くいかないわよ。それに、一部の土地は、上杉憲政様に返上する形にもなるでしょうし。」
「しかし、厳しい冬でも、活動出来る土地は価値があるのでは?」
「むしろ、冬は越山するのも一苦労じゃない。そんな時に、敵に攻められたら?援護の兵も出せないまま、損害だけ被る事になるわよ。」
「関東管領様の、その威光を示すためにも出馬すべきでは?」
「それは論外ね。そもそも、越後は関東なのかしら?関東管領という幕府の重役なら、幕府が兵を出せば良いじゃない。遠方でそれが叶わないというなら、関東の諸侯が力を貸せば良いだけよ。それも出来ないで威光って、何よ。そんなもの始めから無いと同じよ。」
諸将からの質問を、一つ一つ潰していく。
どちらに利があるか。
プライドでは、ご飯は食べられない。
それを、皆もっと理解すべきよね。
むしろ、北条だっけ?
関東の一大勢力だった上杉家を追い出す実力があったのなら、そっちと手を結ぶ方が余程良い。
敵対してない今なら、結構簡単に話が纏まるような気がする。
そこまで話した辺りで、部屋の襖を勢いよく開けたのだろう。
部屋の中に大きな音が響く。
「さっきから裏で聞いておれば、なんじゃ!武士の面子というものが無いのか!」
「あら、上杉樣。皆、こちらのお方が上杉憲政様その人よ。」
越後では何の力も無いが、それでも関東管領。
役職は上のお方。
面と向かってとなれば、礼儀は大事になる。
一斉に平伏する。
「ええーい!今は其れ処ではないだろうが!」
「と、申しますと?」
「関東への出馬をせい!」
「ですから、以前お答えした通り、それは出来ません。」
「何故じゃ!そうか、ならば上杉の名跡を譲ろうぞ。関東管領にもなるといい。これでどうじゃ!」
「いえ、結構です。そのような重責、私にはとても勤まりません。」
「なんじゃと!名跡を継げば、関東で獲た地も自らの領土とすることも出来ように。」
いや、だからいらないんだって。
ハッキリ言って、越後の事で手一杯なんだから。
私が毅然とした態度でお断りをすると、その場にへたり込み、静かに泣き出した。
いや、男の泣き落しほど、絵にならない物はない。
「これでは、龍若丸の仇も取れんのか・・・」
「仇?」
「嫡男じゃ。北条に捕まっての。即刻打首となりおった。全く親不孝者めが。先に逝くなど・・・」
「そうだったのですね。身中お察しします。」
何とも言えない空気が、辺りを支配していく。
あ、これ駄目な流れのような気がする。
そう気づいた時には、遅かった。
「うおー、弔い合戦じゃー!」
「そうだ!宇佐美殿の言うとおりじゃ!」
「やってやんよ!やってやんよ!」
「ここで手を貸さなけりゃ、男が廃るぞ!」
うわー、思ったとおり。
皆揃って暴走しだしてない?
しかも、それを定満辺りが煽ってるし。
あなたはどちらかといえば、冷静に物事を見てるタイプじゃない。
一頻り騒いだ後、無言でこっちを見るのは止めなさい。
私が断ると思っているんでしょ。
はい、正解。
私が口を開こうとすると、中条殿がこちらに向いて、軽く頭を下げる。
「こうなれば一戦交えるのも、致し方無いでしょう。しかし、それほど、乗り気では無いご様子。まずは、偵察を兼ねた部隊を出すのは如何か?その偵察の報告いかんで、事を決めるというのは。」
「偵察ねぇ。まあ、それくらいなら構わないかしら。」
「はっ、ありがたく。皆の衆、景虎様の許可は下りた!まずは関東を偵察じゃ!」
「「「おおー!」」」
場のボルテージが、再び上がる。
あれ?
これって、騙されてないよね?
なんか、偵察だけでは済まなそうな予感がするんだけど。
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