出馬の行方
「なっ、何故じゃ!何故なのじゃ!」
「いえ、どう考えたって攻める利が見えないですもの。それに、こう言ってはなんですけど、そんなことをする義理も無いですし。」
「なんじゃと!儂は関東管領じゃぞ!」
「確かにお偉い方だとは思いますけど、越後って関東じゃないですよ?」
「なっ、ぶっ無礼者がっ!」
ガバッと立ち上がって、私を指差す関東管領様。
もう何なのよ。
今、私が兵を起こす意味があるって言うの?
内政改革で、越後はどんどん良くなってきている。
そんな最中に戦?
馬鹿じゃないの?
計画が、下手すれば全部凍結状態になるかもしれないじゃない。
それに、他国に攻め込む以上、命を落とすリスクも背負わなければならない。
どう考えても、マイナスでしかない。
「景虎様、すぐに答えを出してしまうのは早計というものです。」
「確かに、これほどの大事ならば、諸将を集めて話をするべきかもしれませんな。」
「そう?まあ、二人がそう言うなら、答えを出すのは少し待つわ。でも、そう簡単には私の考えが変わるとは思えないけど。」
「だとしてもです。それから、上杉様はお疲れのご様子ですし、しばらく逗留出来るように、屋敷を用意するべきかと。」
「その辺は任せるわ。」
「かしこまりました。」
今だ怒りが治まらない関東管領様(笑)が、何か吠えている。
が、そんなのは聞こえないとばかりに私は部屋を後にした。
無礼者とか言うのなら、それで構わない。
むしろ無礼なのはどっちなのよ。
いきなり押し掛けてきて、兵を出せ?
出すわけ無いじゃない。
仮に出すとしても、もう少し言い方というものがあるだろう。
◇
「ぐぬう!おのれ景虎め!若造のくせに生意気よ!」
「上杉様。そうお怒りにならずともよろしいでしょう。」
「なんじゃ、中条!貴様もか!」
「何について言われているのかはこの際おいときまして、あれでは、景虎様はどうやっても動くことは無いでしょうな。」
「何?」
「あの方は、義心もあるお方です。が、上からの物言いはあまり感心出来ませんな。我らは景虎様の配下。あまり主君を貶める物言いはご遠慮願いたい。」
全く、この馬鹿・・・じゃない、関東管領様は何を考えているのだろうか?
せっかく、定満殿に話を通して、景虎様にすぐに会えるよう手配したというのに。
このままで物別れになってしまえば、儂の考えた絵図も無駄になるではないか。
もう少し、言い方というか、言葉の使い方があっただろうに。
確かに上杉様は関東管領。
対して景虎様は、幕府に認められたとはいえ、越後守護代でしかない。
地位でいうのなら、上杉様が上なのは疑いようもない。
だが、上杉様は、景虎様に物を頼む立場の人間だ。
物を頼む以上、頼み方というものがある。
それに、上杉様はとくに兵を出すことは無い。
いや、出したくても出せないと言ったところか?
「それで、どうすればよいというのじゃ?」
「まず情に訴える事が一つ。次に利を出すのが一つ。この二つが揃えば、それなりに勝算がありましょうな。」
「情に利か・・・」
「何をもって情に訴えるのか。何をもって利を出すのか。そのあたりはお任せいたします。」
「ふむ・・・」
何やら考えているようだ。
考えたところで、出せるものなど限られているだろうに。
情に訴えるには、戦に破れた事を全面に出すしかない。
幾らかは情報が入ってきている。
さすがは、景虎様の創設した乱破衆といったところか。
上杉憲政の嫡子、龍若丸は北条の手に落ち、命を絶っている。
しかも、その原因を作ったのは、配下であるというから、その悲しみもひとしおといったところだろう。
これらを討ち果たしたいということを説明すれば、景虎様の心を動かせるかもしれない。
次に“利”ではあるが、それも簡単な事だ。
関東管領の名は伊達ではない。
大義名分としては、最上の部類に入る。
そのお墨付きを持って、関東に討ち入る。
それだけでも、十分“利”に値する。
が、そんなことを、この目の前の御仁に伝える必要はあるまい。
景虎様が部屋を出てから、静かに目を閉じて黙っている宇佐美殿に目線をやる。
おし黙っているが、彼はどう考えているだろうか?
戦場において幾つもの功績がある、いわば長尾家の頭脳とも呼べる男なのだから、この程度の事思い付かぬ訳は無いだろう。
儂の視線に気付いたのだろうか。
静かに目を開ける。
「中条殿。情と利だけでは少し弱いかもしれませんな。」
「と言うと?」
「そこに数も加えるべきでは?」
「数?ああ、成る程。」
「ご理解いただけたか。ならば、儂は少し動くとしますか。」
「苦労をかけますな。」
「何、これもひいては越後の為。それに、戦が無くば儂が居る意味は無いですからな。」
この男も、やはり武士か。
頭を使うばかりの軍師だというだけではないということか。
こちらの様子に、先程まで考え事を巡らしていた上杉様がこちらを見ている。
「が、それよりもまずは、上杉様をお屋敷に案内するのが先ですな。」
「それもそうですな。上杉様、城下にある屋敷に案内いたします。旅の疲れをそこで存分に癒して下され。」
儂と宇佐美殿は、上杉様を屋敷へと案内するために部屋を出る。
それに、何やら思案している様子の上杉様。
が、それも無駄と思ったか、素直に儂らの後を付いてくるようだ。
さて、儂も宇佐美殿に負けぬよう、動かねばな。
また、何やら悪巧みを始める二人。
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