長尾家の危惧
それは唐突にやって来た。
誰がって?
決まっているじゃない。
私の所に、いきなりやってこれる人物は、限られている。
遠慮の無い行動に驚かされてしまうけれど、よくよく考えたら、私の方から求めていたような気もする。
何にせよ、肉親なんだから、そのくらいは当然だと思うのよ。
親しき仲にも礼儀ありとかいうけど、それってあくまでも他人に対する言葉のように思えるのよね。
勿論、だからって何でもいいとはいわないけれど。
「こら、景虎。聞いてるの?」
「あら、ごめんなさい、綾姉様。突然なんだもの。ビックリするのも無理無いじゃない。」
「そうかしら?」
「それはそうよ。いきなり何を言い出すのよ。」
「いきなりじゃないわ。前々から気になっていた事だもの。」
「何だか、心配させてしまっているみたいね。」
「それは心配に決まっているわ。あなたの将来だけじゃない。この越後という国にとっても、重要な話なんだから。」
「でも、だからって皆でやってこなくたっていいじゃない。」
私の目の前には、綾姉様と政景夫婦に加え、景信の三人が座っている。
さらに、父上が無くなってから、仏門に入ったお母様までいるのだ。
主要な親族が集まっている。
「それで、何なの突然。」
「いや、だから、景虎は結婚しないの?」
「考えた事も無いわよ。」
「だから、それじゃ困るのよ。」
そんなことを言われても、ねぇ。
私が結婚?
いったい誰と?
そもそも、私と釣り合いが取れる人がいるのかしら?
仮にいたとしても、それは女性よね。
いやいや、無い無い。
人として好きになることはあっても、恋愛感情がそこに生まれるとは思えない。
こんな時代だから、そんな事も往々にしてあるだろうけど、それじゃ寂しすぎるじゃないか。
綾姉様の言葉も理解は出来る。
ようは、越後という国の盟主である長尾家の、跡取りがいないことを危惧しているのだと。
だからって、そう簡単に割りきれるものじゃない。
私の白馬の王子様が、この先の人生の中で、待っていてくれているかもしれないのだから。
「うーん、どうしたものかしらね。」
「いや、あなたが結婚すればいいだけじゃない。今のあなたなら、繋ぎを取りたい人は大勢いるはずよ?ねぇ、あなた。」
「うむ。それは間違いない。」
「それに、いつまでも後継者がいないとなると、他国の者からも侮られるやもしれん。」
「そうは言ってもね・・・」
ここに集まった皆、私の事を心配してくれているのはありがたい。
でも、理解できても納得できない自分がいるのだ。
どうしようもない程に。
武将として成さねばならない事と言えば、武功を立てる事。
そして、跡取りをキッチリと作って、後顧の憂いを無くす事。
だからって、ねぇ。
喧々囂々としたやり取りは続く。
といっても、私一人対三人といった様相になっているわけだけど。
どこまで言っても話は平行線で、決着がつかない。
そんな私達に、今まで静かに黙っていたお母様が口を開く。
「もうそのくらいにしなさいな。」
「でも母上様。いくらなんでも放っておく訳にはいかないわよ。」
「仕方ないじゃない。毘沙門天の妻帯禁制を堅く守っているのでしょう?となれば、あまり無理はダメよ。」
「でも。」
「それを破って、毘沙門天の加護が無くなってしまっても良いの?私は嫌だわ。そんなことで、大切な景虎が死んでしまうような事になっては。それに、跡取りは何も実子で無くとも良いではないですか。例えば、綾の子を養子に迎えたっていいわ。」
ある種の爆弾発言に、私以外の皆の動きが止まる。
が、すぐに再起動したようだ。
「そういえばそうか。儂の息子を跡取りに据えるのも出来なくもないか?」
「景信殿。虎御前様は、綾の息子を養子にしてはどうかと提案されたのだぞ?」
「何?どういうつもりだ、政景。」
「何だ?」
お母様の言葉から、二人が一触即発のような空気を出し始める。
それこそ、今にも取っ組みあいでも始めそうな雰囲気。
が、それもすぐに霧散した。
おお、どういうこと?
「まあ、それも正論かもしれんか。」
「そのかわりではないが、景信殿の娘を嫁として貰えば良い。そうして、その二人から生まれた子が当主となれば、景信殿もこの政景も二人揃って大御所様です。」
「それも良いか。今さらお前と争う気も起きんからな。」
「親族は仲良くでしたか。」
そう言って二人は笑い合う。
なんだか、思いっきりおいてけぼりを食らっているようになっているのは、気のせいじゃないわよね。
いつの間に、こんなに仲良くなってるのよ。
綾姉様も、なんだか呆れ顔をしてるし。
お母様はしたり顔してるわね。
「フフフ・・・可愛い景虎は誰にも渡さないわ。」
そんな呟きが聞こえたけれど、あえてそこには触れないようにしましょうか。
どこかで一度は触れなければならないお話。
一番腹黒いのは、虎御前(景虎と綾御前の母親)かもしれません。
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