俺の名は?
「段蔵、今良いか?」
「良いも何もないだろ。何だよ、いったい。」
景虎様から仰せつかった、シノビーランドの建設を指揮していたところに、熊若がやって来た。
見ての通り、仕事に従事しているわけだが、いったい何なんだ。
まあ、話くらいは聞いてやれない事もないか。
こいつも仕事を抱えているはずだ。
いや、乱破衆では副頭領が仕事が無いわけがない。
それでも、わざわざ話をしに来たのだから、熊若にとっては余程の事なんだろうよ。
「ちょっと頼みというか、相談があるんだけどよ。」
「今じゃなけりゃ、いけないのか?」
「そういうわけじゃないんだが、どうにも気になってよ。」
「まあ、いいや。話してみろよ。」
「俺が周りから何て呼ばれているか、知ってるか?いや、乱破衆からじゃないぞ。あくまでも武士の連中からだ。」
武士の連中から?
なんと呼ばれていただろうか?
普通は名字で呼ばれるな。
自分も、確か『加藤殿』と呼ばれるしな。
景虎様は下の名前で呼ばれるが、目上の方であるし、何より自分を引き上げてくださった大恩人。
なんと呼ばれても構いはしない。
「突破殿だぞ、突破殿!」
「そういやそうだったな。それがどうした?異名で呼ばれる事くらい、今に始まった事じゃないだろ?」
「異名と理解した上ならまだいい。だが、どうにも名字と間違えているらしい。」
「ああ、成る程。」
「そこで気付いたんだ。俺は名字が無いってな。」
「いや、遅すぎないか?」
「それまで、そんなもん無くても不自由は無かったし、今も特に不自由は無い。でも、気になっちまったもんは仕方ねぇだろ?」
確かにそうか。
だが、それならそれで、好きに名乗りをすればいいんじゃないか?
景虎様なら、余程の事が無い限り、認めて下さるだろうから。
そりゃ、景虎様と同じ長尾や、上杉なんて名乗るのはダメだろうけどな。
「それで、何で自分のところに?」
「景虎様に決めてもらえないかと思ってな。そうなると、お前に相談するべきだろ?何より上下関係はちゃんとしとかないといけないからな。」
「うーん。こんな事でお手を煩わせるのもな。とはいえ、いらんことを気にして仕事に身が入らないのも困るか。分かった。どうなるかは分からないが、聞くだけ聞いてみるか。ちょっと待ってろ。指示だけは出してくる。」
「そうこなくちゃな。」
嬉しそうな顔をする熊若。
それを横目に、指示を出していく。
ようやく指示が行き渡ると、熊若と二人、景虎様の元に向かった。
◇
「景虎様、よろしいですか?」
「あぁ、段蔵?入ってらっしゃい。」
私がひたすら書類を片付けていると、私を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は段蔵だった。
私は入室の許可を与える。
すると、静かに部屋へと入ってくる。
「ちょっと待っててよ。」
「いえ、突然申し訳ありません。」
「ああ、いいよ・・・っと。これで良しかな?それで、どうしたのよ?」
書類を、キリの良いところまで書き込むと、私は彼らに体を向ける。
「それで、乱破衆のまとめ役の三人で、わざわざ来たのは何のようかしら?」
「三人?って、蔵人いつの間に。」
「いや、熊若。少し気を抜き過ぎだろ。一緒に部屋に入って来たじゃないか。」
「そうだったか?いや、すまねぇ。」
「・・・」
「いや、そう怒るなよ。悪かったって。」
熊若が頭を下げている。
が、私には蔵人が怒っているかどうか、全くわからなかった。
いや、相変わらずの無言なんだけど。
二人は分かるのかしらね。
まあ、意思の疎通が出来ないと不味いものね。
何か秘密があるんでしょう。
「それで?」
「はい。実はですね、熊若の事なんですが、自分に名字が無いことで悩んでいまして。いきなりで申し訳ないのですが、是非とも景虎様に名付けて頂きたいと。」
「ええ、そうなんですわ。よろしく頼みます。」
「ええっ!」
名付けって何よ?
私に名字を決めろって?
別に好きに名乗ればいいじゃない。
いや、そういう訳にはいかないのかしら?
その辺どうなんだろう。
「まあ、いいか。私で良いのね?」
「ええ、お願いします。」
「・・・」
「あ?蔵人もつけて欲しいって?お前は立派な名字があるだろ。」
「それに、二人がつけてもらえるなら、自分だってつけて貰いたいくらいだ。」
「お前はダメだろ。お前は“飛び加藤”だろ。そのお前が加藤じゃないとか、訳分からないだろ。」
えーっと、結局どうなるのかしら?
何か、コントを始めたように見えてしまう。
まあ、仲良き事は美しきかなという事かしらね。
「確かに、加藤という名字は、変えないでいいんじゃないかしら。立派な名字だものね。」
「景虎様が、そうおっしゃるなら。」
「それで、二人は・・・そうね。何でも良いのね?」
「頼みます。」
「・・・」
二人の真剣な表情を見て、私も真剣に考えないといけないわよね。
とはいえ、どうしようかしら。
せっかく、乱破衆の頭領である段蔵の名字が加藤なんだし、それを少しは流用したいわね。
とすると・・・
「そうしたら、蔵人は武藤。熊若は尾藤でどうかしら。」
「・・・」
「そうだな。何故、蔵人は武藤で、俺は尾藤なんで?」
「ええと、蔵人はより武を磨いて貰えるように。熊若は、軍の殿を任せられる位になって貰えるように、っていう願いを込めてみたんだけど。それに、三人とも藤で揃えた方が、何となくだけど美しいしね。」
「成る程。そういうことなら、有り難く。そうか、今日からは尾藤と名乗れば良いのか。」
「・・・」
「蔵人が、とても嬉しいと言っています。」
「そう?なら良かったわ。」
二人とも、どうやら気に入ってくれたようだ。
これは本当の理由は言えないわね。
段蔵が加藤(加糖)だから、無言の蔵人は武藤(無糖)。
熊若は、その二人の間を取って尾藤(微糖)という事にしたんだけど。
熊若に名字が無かったので。
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